朱印状 その2
なんでも三年ほど前、鐘巻自斎は徳川家の使者からこの朱印状をあずかった。
「詳しい事情はわかりません。
ですが、自斎は死ぬ前に一刀流の『小野次郎右衛門』先生にお渡しするようにと言い残しました。そこで京都から江戸へと向かう途中だったのです」
小野次郎右衛門忠明は一刀斎の弟子である。
一刀斎の印可を得て、今は徳川家につかえている。
一刀斎は考えた。
この年、1603年は関が原の合戦も終わり、徳川家はついに幕府を開いた。
何か、剣術界にも大きな動きがあるのかもしれぬ。
「朱印状はワシがあずからせてもらえないか?」
「それはかまいませぬが……。自斎も一刀斎先生のお住まいを知っていれば、一刀斎先生に朱印状を託したと思います」
ちょうどそこへ善四郎が帰ってきた。
「お主は八重殿を京都の鐘巻道場まで送りとどけるのじゃ。ワシはこの朱印状を江戸の小野道場に届けるゆえな」
「はい、わかりました」
善四郎は笑って答える。
少々、はやい展開に八重はとまどいながらも善四郎に向かって頭を下げる。
「どうかよろしゅうに」
「こちらこそ」
その時、庵の入り口でなにかが落ちるような音がした。
見ると木こり風の男が立っている。
驚く八重を、一刀斎が手で制す。
「驚かなくてもよい。この者はここの居候でな」
「居候とはひどい」
男は頭を掻く。
一刀斎は男に話しかける。
「『猿』殿。やつらの身元はわかりもうしたか?」
さては、倉木玄番を追っていたムササビのような影はこの男だったのだ。
「男が覆面を脱ぐところまでは見ました。変名でしょうが、名もわかりました。京都に向かっていますな」
一刀斎はいままでの経緯を手短に話すと、
「善四郎を京都の鐘巻道場までやるので、男の正体をつかんで連絡してやってはくれまいか」
「曲者に追いつくのは簡単ですが、一宿一飯の恩義を返すにしては少々、面倒な仕事ですな。しかし、
『猿』とよばれるこの男は忍者のようだ。
文句を言いながらも、楽しそうだ。
一刀斎とは前からの知り合いらしいが、その関係は善四郎には定かではない。
「江戸の忠明に聞いて、この朱印状が何なのかわかるとよいのだが」
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