第四章「東雲、デートをする」

~不本意なお付き合い~

 次の日から、僕の人生は一変することになった。

「三上先輩と付き合ってる!?」

 最後の授業が終わったところで、崎田に昨日の話しをした。椅子からひっくり返りかねない様子で驚いたので、周囲のクラスメイトもぎょっとしてこちらを見る。

 僕は頭を抱えた。

 ああ、これで、クラス全員に知れ渡ったも同然だ。明日には、全校生徒にばれているだろう。

 とはいえ、どうせ先輩のことだ。浮かれまくったあげく、自慢げに嫁宣言をしかねない。そうなれば、関係を隠し続けるのは不可能だっただろう。だったら、先に明かしてしまった方が、気を使わなくていい。

 何より、秘密を持ち続けるのは、僕の性にあわない。

 それにこういうリアクションが返るのは、うすうすわかっていたので、あえて言い逃げできるように、帰り際に話したのだ。覚悟の上である。

「な、何があった。昨日の今日で、どうして」

「まあ、色々事情があって」

 崎田の追及に、言葉をぼかす。

 いくらなんでも、自分から言い出した相撲勝負で負けたなんて言えない。恥ずかしさで死ねる。

「いいだろ、そんなことどうでも」

「けど、あんだけうっとうしがってた先輩と付き合うなんて、青天の霹靂っつーか……まさか、脅されて、とかじゃねえよな」

「それは違う」

「じゃあ、良いけど」

 納得いかない様子で、崎田は僕をにらむ。

 やめてくれ。僕のせい……ではあるのだが、ただでさえ傷ついているところへ、追い討ちかけられるのは、結構きついぞ。

 そこへ、教室のドアを開けて、先輩が飛び込んでくる。

「東雲! 向かえに来たぞ、マイハニー!」

 思い切り、嫌な顔をしてしまった。

 クラス中が、交互に僕と先輩を見比べる。

 好奇心満々の笑みだったり、哀れむような表情だったり、どっちにしても居心地が悪い。

 やっぱり、あんな約束するんじゃなかった。早くこの場を去ろう。

 通学かばんを肩にかけて、席を立つと、先輩をにらんだ。

「みんな見てるじゃないですか、やめてくださいよ」

「むむ。つまり、早く二人きりになりたいな先輩、という意味だな!」

 腰に手を当てて、大威張りする先輩に絶望する。

「……もう、それで良いです」

 諦めきった僕の言葉に、一瞬、先輩の動きが止まった。

 背後では崎田が、『嘘』とつぶやいていた。嘘であってほしいよ、僕だって!

「東雲、お前、なんか変なものでも食ったか」

「どういう意味だよ」

 振り返りながら、不機嫌なオーラ全開で、崎田をにらんだ。

「いや、だって、なあ」

 崎田が周りとうなずき返す。他のやつらもうなずくな!

 だんだん、僕のいらいらも募っていく。

 もうこうなったら、開き直るしかない。

「恋人が抱きついたぐらいで、いちいち騒ぎ立てることないだろ」

「こ、恋人!? し、しし、東雲! 大丈夫か!? どこか調子悪いんだったら、俺病院ついてくぞ!」

「別にどこも悪くないよ。ほら、先輩も言ってくださいよ!」

「恋人……」

 先輩は、顔を真っ赤にして固まっていた。つられて、僕まで固まってしまう。

 な、なんだよ、その顔。予想外すぎる。

 よくわからないけど、ちょっとむかつく。

「……行きますよ! ちゃっちゃと歩く!」

「え? あ、ああ」

 壊れかけのロボットみたいに、反応のおぼつかない先輩の手を引いて、僕は扉へと急ぐ。

「じゃあな、崎田。また明日」

「お、おう」

 捨て台詞のような挨拶に、崎田が手をあげて返したことだけ確認して、僕は教室を出た。後ろ手に扉を閉めると、ついため息がこぼれ落ちる。

 上から、どこか心配げな先輩の声が降ってきた。

「……その、良いのか、東雲」

「何がですか」

 ついつい、先輩への返答も、とげとげしくなる。って、これはいつものことか。

「あー、いや、その……何でもない」

 あさっての方向を向いて、先輩が言いよどんだ。歯切れの悪い先輩なんて、珍しい。

 発言内容はともかく、イエス、オア、ノーのはっきりした人だから。迷ったり、ためらったりなんて状況は、そうそう見かけない。

 そう思ったら、なぜか少しだけ気分が軽くなった。

 きっとあれだろう。空を見て、虹が出てたらもの珍しくて、なんだか嬉しくなるような、あの現象に違いない。

 特に深い理由はないのだ。

「じゃあ、僕、職員室行ってきますから、ちょっと待っててくださいね」

「職員室? なんでだ」

「なんでって……部室の鍵を取りに行くんですよ。部長は塾で、今日も部活来ないそうですし」

「だ、駄目だ!」

「はい?」

「今日はお前と帰り道デートをする日なんだ! 自転車に二人乗りしながら、川辺をサイクリングという――」

「自転車の二人乗りは、道路交通法違反です」

「う、じゃ、じゃあ、お前が乗って、俺が後ろから押す!」

「子供の自転車練習に付き合うお父さんですか。というか、先輩、電車通学じゃないんですか?」

「大丈夫! 今日はチャリで来た!」

 えへん、とマンガならそんな擬音がつきそうなポーズで胸を張る。

「……え、今日は? って、ことはいつもは電車通学なんですよね!? 先輩の家から、ここまで何キロあるんですか!?」

「よくわからんが、朝は五時間かけて来たぞ!」

 バカだ。この人、本当にバカだ。

「ということで、レッツゴー!」

「あ、ちょ、先輩、部活は!」

「ふはははは!」

「人の話、聞いてくださいよ!」

 手を引く強さに引っ張られ、しぶしぶ僕は先輩のあとについていく。

 クソ、今日は部活、諦めるしかないな。帰ったら、筋トレして基礎練しなきゃ。

 ……まあ、どうせ部室に行っても、練習相手もいないし。

 どこでやろうと、同じことか。

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