~挑発~

「もう、チェックとか良いです。邪魔なんで、帰ってください」

「そうしたら、東雲はずっと俺の相手してくれないじゃないか」

「当たり前でしょう!? 今は部活動の時間ですよ。先輩の相手をする時間じゃないんです」

「だって俺は今、ものすごく暇だぞ。東雲だって、毎日毎日一人で基礎練なんて、飽きるだろう」

「飽きませんよ。僕は別に誰かと一緒だから、相撲してるんじゃないです。相撲が好きなだけなんです」

「ふーん」

 本当か? と、問うような視線に思わず腹が立ったが、怒鳴り続けるのも、体力が削られるばかりでつらい。

 ぐっとこらえて、大人の対応を心がける。

「……確かに、いきなり部員なしで、廃部寸前っていうのには驚きましたけどね。でも、まともな練習環境のなかった今までより、よっぽど幸せです」 

「……ふーん」

 今度のふーんには、さっきまでと違うニュアンスがこもっているような気がした。けれど先輩の考えていることなんて、僕にはわからない。

 腰に手を当てて、諦め交じりのため息をつくと、先輩に問いただした。

「だいたい、なんでこうも相撲部に居座るんですか。言っちゃなんですけど、他にもいるでしょう、先輩好みの体型の方々が」

「いや、脂肪という意味では、相撲部が一番純粋なんだ。他のレスリング部だとかでは、どうしても筋肉量とのバランスが悪いのだ」

「違いがわかりません」

「東雲にはまだ早かったか――しかし心配ないぞ。その内理解できるようになる!」

「なりません」

「第一、俺の周りは気付くと、みんなやせていってしまって……不思議だ」

 それは先輩にセクハラされたくないから、みんな必死にやせたんだと思う。

「だから俺にはもう東雲しかいないんだ! 寂しいよ、退屈だよ、遊んでくれ東雲!」

「あんたは小学生ですか!」

 いや、昨今は小学生だって、もっとマシなことを言うぞ!

「まったく。そんなんだから、誰も相手してくれなくなるんですよ。黙ってれば、顔も良いんですし、モテるでしょうに」

 言ってから、しまったと思った。

 先輩の顔色が、みるみる明るくなったからだ。舌打ちしたい気分に駆られる。

「東雲、俺のこと格好良いと思ってくれてたのか!」

「……まあ、顔だけは」

 僕が忌々しげに答えると、先輩はますます嬉しそうに、ほほをだらしなく緩ませた。

「あのな、俺はさ、東雲にモテたいんだ。だから、俺の顔が東雲の好みで嬉しい」

「別に好みとは言ってません」

「ええーっ!」

 さりげなく抱きついてくる先輩の手を叩きながら、引き剥がす。だが、先輩も粘り強い。

 この体力と粘り強さを、もっとマシな方向に役立てれば良いのに。

「そんなツンデレな東雲も悪くない……」

「どさくさにまぎれて、尻をもまないでくださいよ。そんなに、僕の身体が良いんですか」

「最高だな!」

 本気で先輩の頭を殴った。

 もう年上とか、そんなことで遠慮できる段階ではない。

「お願いですから、今すぐ滅んでください。イオンレベルで」

「せめて分子にして!」

 イオンも分子も大差ないと思うけれど。

「あなたが、身体だけが目当てみたいな発言をするからですよ。っていうか、もし僕がやせたらどうするんですか。諦めてくれるんですか」

「え!? やせる気なのか! 駄目だぞ、断固阻止するぞ! 俺の至高のぷにぷにを失ってなるものかー!」

「……やせませんけど」

 もうやだ。今まで辞めた部員たちは、毎日この阿呆な問答を繰り返していたのだろうか。だとしたら、気持ちもわからなくない。

 しかし、こんなしょうもない理由で辞めてたまるか!

「そもそも、僕がなんのために必死になってると思ってるんですか! 先輩がみんなにセクハラして、やめさせちゃったからじゃないですか!」

「あ、愛情表現のつもりだったんだ……」

「逆効果です。完全に」

 というか、今のこの状況は、全部この人のせいじゃないか。

 そこまで考えて、ふと気づく。

 ……そうだ、その通りだ。

 なんで、気付かなかったんだろう。三上先輩さえいなくなれば、部員も戻ってくるし、稽古には集中できるし、万々歳じゃないか。

 しかし、と僕は考え出す。

 追い出すとしたら、力ずくになるだろう。だが自分との先輩の体格差では、かなり難しい。

 たとえできたとしても、しつこい先輩のことだ。すぐに戻ってくるだろう。そうなれば、元の木阿弥だ。

「東雲?」

 首を傾げる先輩を無視して、考え込む。今、この状況を打開するための対策を。

 ものの数秒、口元に手を当てながら、一つ案を思いつく。

「……わかりました」

 これで、本当に効果があるかはわからない。けれど、何もしないよりはマシだ。

 僕は土俵を指差し、先輩に宣言する。

「勝負しましょう、先輩」

「ん?」

「僕と相撲を取って、負けた方は勝った方のいうことをきくんです。悪くない話でしょう」

 おおお、と三上先輩の目が輝く。

「ち、ちなみに東雲が勝った場合は?」

「金輪際、相撲部の周囲に近寄らないこと」

「じゃあ、俺が勝ったら、結婚を前提に交際してくれ!」

 結婚を前提に交際、って、男同士で、正気か。

 希望に満ち溢れた目で言われ、若干たじろぐ。

 しかし、条件は飲むしかない。さすがに素人に負けることはないだろう。僕はうなずいた。

「……良いでしょう」

「よっし!」

 先輩がガッツポーズを取る。

 なんでか、すでに勝った気分でいるようだ。でも、そんな甘い考えは、すぐに捨てさせてやる。

 見ろ、僕の相撲への情熱を!

「いざ、勝負!」

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