~愛妻弁当~
ご飯というのは、幸せなものだと僕は思っていた。
美味しいものを食べると、いい気持ちになるし、誰かと一緒にとる食事ならもっと楽しい。
けれど僕は、その考えを改めることとなった。
「ほら、東雲。愛妻弁当を作ってきたぞ。食べるがよろしい!」
「いりません。弁当持ってきてるんで」
「なら、俺が東雲の弁当をもらう!」
「なんで!?」
昼休みのチャイムがなると同時に、先輩が教室に飛び込んできて、僕の前の席を陣取っていた。先輩に席を奪われた同級生は可哀想に、教卓でご飯を食べる羽目になっている。
クラスメイトは、同情と好奇の目を向けながら、僕を置いて、グループを作り始めていた。先輩と二人きりになるのはごめんだったので、なんとか崎田だけは捕まえた。
やはり、持つべきものは友だ。ありがとう、崎田!
崎田はもう半ばあきらめたように、コンビニで買ったタマゴサンドをかじっている。
「ってか、先輩。ここ一応、一年の教室なんすけど」
「む。そういえば、お前は東雲のそばによくいる少年か」
「崎田っす」
「崎田少年よ。ここが一年B組の教室であることは、俺も理解している。だが、それがいったい、なんの問題があるんだ?」
先輩は本気で尋ねているようだった。
この数日で思い知ったのだが、先輩は、本当に脂肪以外のことはどうでもいいらしい。崎田も自分の忠告の空しさを悟って、苦笑する。
「……まあ、たいした問題じゃないですね。忘れてください」
「ん? うむ」
本気でわかってない顔、再び。
これがわざとじゃないから、腹が立つんだ。わざとであっても、腹立たしいんだけど。
どうやらこの場から追い出すのは不可能そうなので、僕はいい加減に、自分の弁当箱を取り出す。
今日のメニューは、のり弁だ。もちろん、のりの下には醤油で味付けした鰹節を入れてある。おかずはから揚げと、ほうれん草とじゃこのおひたし、卵焼きにきんぴらごぼう、彩り用のプチトマトで完成だ。
「う、うまそー」
ふたを開けると、崎田から歓声が上がった。弁当を褒められるのはなんだか嬉しくて、僕はつい頬が緩んでしまう。
「東雲の母ちゃん、優しいな。毎日こんなの作ってくれんのかよ」
「え? 違うよ。これ、僕が作ったんだって」
「マジで!?」
崎田がなぜか驚く。
そんなにおかしなことか? 別に、自分の弁当を自分で作るのなんて、当たり前だと思うけれど。
「僕のわがままで、ずいぶん遠くの高校に行かせてもらってるからね。そんな理由で、母さんに早起きさせるのも酷だろう?」
「し、東雲……お前、良いやつだったんだな。今まで、口も態度も悪いやつだと思ってて、悪かったぜ」
「思ってたんかい!」
ひどい、さりげにひどいぞ、崎田! 褒めたいのか、けなしたいのか、どっちかにしてくれ。
「東雲、やはり嫁に来ないか」
「行きません」
先輩のいつものプロポーズはさらっと流して、両手を合わせる。
「いただきます」
やはり、これを言わないとご飯を食べた気にならない。
すると、僕の様子を見ていた崎田や先輩まで、慌てて言い始める。崎田なんて、もうすでに口をつけてたんだから、言わなくてもいいのに。なんだかんだで、付き合いのいい二人だ。
崎田が先輩の妙にでかい弁当箱を見ながら言う。
「そういや、三上先輩の愛妻弁当はどんなんです? 自分で作ったんすか?」
「もちろんだ! 東雲のことを思って、愛情とカロリーをたっぷり詰め込んだぞ!」
「カロリーがついてる時点で、非常に先輩らしいですね……」
先輩が嬉々として、弁当を開ける。
二段重ねの下のほうには、めいいっぱいのご飯がつまっていた。それはいい。
問題は上段のほうだ。
「うわあ……」
「濃い……」
から揚げ、ハンバーグ、しょうが焼き、コロッケ、ミートボール……そしてなぜかてんぷら。
「何ゆえ、てんぷらが!?」
「美味そうだったからだ!」
「いや、確かにてんぷらは美味しいです。美味しいですが……!」
どうせなら、単品で食べたかった!
「デザートにプリンもあるぞ!」
要らない情報キタコレ!
崎田が、さすがに悲鳴を上げる。
「いくら、育ち盛りの男子高校生でも、これはつらい……俺、胸焼けしそう」
「……先輩、さすがにこれは、肉と油のテロですって」
「お、俺は東雲のためを思って!」
「自分で食べてください」
僕の一蹴に、先輩は肩を落とした。
わざわざ僕のために作ってくれたというのだから、わずかに申し訳ない気持ちにもなるけれど、胃が受け付けないのはしょうがない。
さめざめと泣きながら、先輩が自分で弁当に手をつけ始める。
「先輩。泣きながら弁当、食べないでくださいよ。見てるこっちまで悲しくなるじゃないですか」
「うう、東雲の脂肪になるはずだったお肉たちが……」
まるで聞いていない。
なんだか、こっちが悪いような気までしてきた。決して、僕のせいではないと思うのだけれど。
……いや、でも、うん。ちょっと冷たくしすぎたかな。
崎田も困った様子で、視線を合わせてくる。
「せ、先輩……」
「うう、うう……」
まずい。これでは飯がまずくなる。
仕方がない。僕は一大決心をした。
「そ、そのてんぷら美味しそうですね! 僕のおかずと交換しませんか!」
僕がそう言うと、先輩はぴたっと泣き止んだ。
真っ赤に腫らした目を潤ませて、こちらを見つめてくる。
「交換……?」
「そうです! ほら、好きなの選んでいいですから!」
僕は手付かずの自分の弁当を、先輩に差し出した。どれも僕の好物だったから、失うのは惜しいけれど、この場を収めるには他に方法がない。
先輩は生まれたての小鹿のようにプルプル震える指で、おかずを指差した。
「じゃ、じゃあ、それ」
「卵焼きですか? はい、どうぞ。じゃあ、いも天もらいますね」
そしておのおの、箸でおかずを取り、ふたの上に置く。
僕は早速、衣のついたサツマイモをかじってみる。さすがに揚げたてとまではいかないが、思いのほかカラッとした衣と、適度な塩加減のバランスがいい。
「ん、美味い」
「本当か!」
「これ、もしかして、塩かけてあります? それも、なんか辛さがまろやかだから、天然塩か何かじゃないですか?」
「天然かどうかは知らぬが、てんぷらにあうとかいう塩らしいぞ。ネットで買った」
「はあ、てんぷらにそこまで情熱をかけますか」
「本当は抹茶塩とも迷ったんだがな。東雲が抹茶が苦手だといけないと思って、ノーマルな塩にしたのだ」
先輩は胸を張って、自慢げに言った。
普段なら、イラッとしそうな場面だが、僕は素直にすごいと思った。弁当にてんぷらを入れようとするアホ発想はともかく、その労力は結構なものだったのじゃないか?
揚げ物は油とか、かなり面倒臭いし。
「えへへ、東雲の手作り……食べるのもったいないなあ」
一方、先輩は僕の卵焼きを見つめながら、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
甘い方の卵焼きだ。どちらかといえば、だしまきの方が好みなのだけれど、弁当に入れるのなら、砂糖一択である。
いつまでも、食べずに見つめられても困るので、僕は先輩の発言を訂正した。
「あ、先輩。それ、冷凍食品ですから、早く食べちゃってください」
「……東雲のバカああああっ!」
なぜ僕が怒られなければならないのだろう。
先輩は机に突っ伏した。
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