~噂の先輩~

「そりゃ、三上みかみ先輩だな」

 一年B組の教室で、僕と机越しに向き合っている崎田さきたがこう言った。

 ちなみに、僕の席は、崎田の席の目の前。席が近いっていうのは、友達になる理由として、結構よくあるものなんじゃないかと思う。

「三上先輩?」

 エスカレーター式の学校で、中学から上がってきた崎田は、情報を集めるのが趣味らしく、したり顔で色んなことを教えてくれる。

 小柄だけど、俊敏性のありそうな体格、猫みたいなつり目に、オレンジに近いような明るい茶髪。

 今まで、あまり付き合ったことのないタイプだけれど、あけすけな性格で、僕らはすぐに意気投合した。若干口が悪いのも、気を置かなくて良い。僕も結構悪い方だし。

「あーまー、確かに東雲って、先輩の好みっぽいもんな」

「好みってなんだよ。というか、いきなりプロポーズされたんだけど」

「気にすんなって。それ、あの人の挨拶みたいなもんだから」

「挨拶?」

「ああ。オレが知ってるだけでも三十人はいるな」

 桁を聞き間違えたのかと思った。

「さ、三十人!? なんでそんなに」

「いやー。ふられては言い、ふられては言い。めげないよな、あの人」

 快活に、崎田が笑う。

 僕だって、他人事なら盛大に笑えただろう。しかし残念ながら、僕にとっては他人事ではない。

「せめて、男相手に言うのは勘弁して欲しいよ。ってか、あの人、ホモなのか?」

「いや。両刀だな。デブ専のバイ」

「……え」

 今、聞き捨てならない情報が聞こえた気がする。

「な、なんだって」

「は? 何が?」

「三上先輩が何専の何だって」

「デブ専のバイ……って、あれ。言ってなかったっけ?」

「言ってない!」

 ちょっと待て!

 ということは、僕はデブだから告白されたというわけか!? なんだろう、地味にショックだ!

「そーそー。だから、あの人と付き合うの、ぽっちゃり、というかメガぽっちゃり? みたいな体型の子ばっかなんだよ。あんなイケメンなんだから、相手なんてよりどりみどりだろうにな」

 カラカラと崎田が笑う。

 イケ、メン……? そうだっけ? なんか出会いのインパクトが強すぎて、正直顔とか覚えてない。

「ふられる理由がこれまたひどいんだよ。一番ケッサクだったのが、あれだな。彼女に『私と脂肪のどっちが大事なの!』って聞かれて『脂肪に決まっている!』なんて即答してさ。瞬間、張り手で壁までぶっ飛ばされてたな。あれは笑った笑った」

「それは笑い事なのか」

 シュールであることには間違いないが。

 しかし……なんだろうな。

 話を聞いただけで、ひどく疲れてしまった。思わずため息がこぼれる。

「つまり、僕はとんでもない人に絡まれているというわけか」

「ま、大丈夫大丈夫。あの人、あれで意外と紳士らしいから」

「僕は初対面の人間の贅肉をもんでくる相手を、紳士とは呼びたくない……!」

 むしろ、それは変態という名の紳士に違いない。

「とにかく、相手する気がないなら、きっぱりと断ればいいんじゃないか? それでも駄目なら、やせればいいし。あの人、本当に脂肪以外の一切に興味がないから」

 崎田が気楽に言ってくる。

 やせれば、確かに先輩からは逃れられるのかもしれない。けれど、僕にはやせたくない理由があった。

「ただでさえ小柄だから、あんまり体重減らしたくないんだよなあ」

「ん。小柄だとなんかあんの?」

「相撲に限らず、スポーツって身長低いと不利な場合って多いだろ。それに、力士になるためには、新弟子検査っていうのをクリアしなくちゃならなくてさ。その基準が身長百六十七センチ、体重六十七キロ以上っての」

「で、東雲は?」

「……百五十八センチ、六十五キロ」

「足りないな」

「足りないんだよ」

 まったく、誰だ、こんな基準作ったのは! 確かにこれでも、昔より基準緩くなったんだけど、そもそもやる気のある人間を、体型を理由に足きりするって、個人的にどうかと思うぞ。

「け、けど、僕はまだ成長期だからな! 試験を受けられる二十三歳までに、ぐんぐん伸びれば良いんだよ!」

「おー、頑張れー」

 崎田がやる気のない応援をする。

 おのれ。他人事だと思って、気楽に言ってくれるぜ。

 すると教室のドアが開いた。あくび交じりに担任が入ってくる。僕はあわてて、正面を向いて着席した。

「よーっす。おし、HR始めるぞ。つーわけで、プリント後ろに回してくれ」

 わら半紙の安いプリントには、四月の予定が記されていた。何の気なしに、今日の予定を見てみる。

「う」

 身体測定の文字に目が留まった。明日だったのか、身体測定。

「伸びてると良いな、背」

 後ろから、崎田が声をかける。からかっているのか、応援しているのか。

 おそらく前者なので、僕は振り向かずに、背後へ消しゴムを投げた。

「いて」

 見事、当たったようだ。人の体型を笑うからである。

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