ドラマ観賞『やすらぎの郷』 感想(ネタバレ)
おそらく『カクヨム』でドラマ『やすらぎの郷』の話をするのは小生だけでは無かろうかと思いますが、自分に興味のあることだけ書くなむスタイルなので問題ナッシング。
さて、『倉本聰』氏のオリジナル脚本である『やすらぎの郷』は当初は評判が良かったのですが、徐々に賛否両論が巻き起こるような内容へと変化し、ネット上でも否定的な意見を多く見かけました。
小生も最初に『最終回』を見たときは意味が分かりませんでした。
『一体この物語は何だったのだろう?』
打ち切りエンドに近い印象を受け、『もう少し手前で終わっていた方が締りが良かったのではないか』という思いすらありました。
ですが、小生はこのドラマを視聴しながら、常に何か『引っ掛かり』を感じていました。物語が終わってもその正体に気付くことは出来ませんでした。
ので、物語を最初からぐるぐると考えてみることにしました。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
最初の引っ掛かりは『やすらぎの郷』という言葉です。
当初『やすらぎの郷』という場所は『秘密の桃源郷』のような描かれ方をしています。資格を持つ人間しか訪れることができない『神秘的な場所』として視聴者に伝えられるわけです。
主人公である『菊村栄』が『やすらぎの郷』を訪れたとき、そこにいたのは自分にとっての憧れの存在や懐かしい人々との再会でした。
小生にはそれがまるで『天国』で死んだ人々と再会したように見えました。
ですが、その幻想はすぐに打ち砕かれます。
『やすらぎの郷』は『桃源郷』でも『天国』でもなく、ちょっと特殊な老人ホームの一つに過ぎなかったのです。
むしろ顔見知りばかりいることによって、余計トラブルが発生しますし、噂話は大好きで他人の不幸だって面白がってぺちゃくちゃ喋ります。秘密なんてほとんど守られません。
『年を取ったって人間なんてこんなものさ』
という現実を叩きつけられるようで、これでは『やすらぎの郷』ではなく『やすらげない郷』ではないかという感想を懐きました。事実、『菊村栄』は『やすらぎの郷』に入る前の方がどこか安らいでいたぐらいです。
妻を亡くし、仕事も忘れ、家族ともどこか他人行儀。
おそらくかつての友人たちとも音信不通だったのでしょう。
人生の終わりに彼は多くのモノを失い、その果てに『安らぎ』を得ていました。
それこそ『このまま死んでもおかしくないぐらいの安らぎ』を。
ですが、だからこそ『やすらぎの郷』という物語が始まったのです。
この物語では『最愛の人間の死を見取り、後を追って死んでいく人々』が描かれています。その死は『どこか美しく、理想的な結末』として視聴者に語られていきます。
小生は当初この物語を『死出の旅』だと思っていました。
『主人公が懐かしい人々と出会い、そこに安らぎを見出し旅立つ物語』だと。
しかし、物語はその逆の展開を迎えます。
『やすらぎの郷』に来た『菊村栄』は安らぐどころかむしろ『精力的』になっていきます。他人の噂話に一喜一憂したり、視聴者から『色ボケ爺』と呼ばれるほど元気になってしまいます。もうめちゃくちゃです。
そのため『視聴者が予想していた物語と違う』という展開が多く、『賛否両論』の意見が出る原因の一つとなりました。
ですが、この展開こそが『物語の中心』だったのだと思います。
最終回で『菊村栄』は『妻が亡くなってしまった現実に悲しみ』を感じます。今まで何度も夢に出てきたというのに、最後の最後まで彼は己の悲しみを理解していなかったのです。
おそらく彼は『妻の死』を本当の意味で理解できていなかったのだと思います。
だからこそ、彼は『妻の後を追わなかった』のです。
最後に『菊村栄』が『妻の死』を理解したとき、彼には二つの道がありました。
『生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ』
です。正確には『辛く苦しいことがあっても、人は生きるべきか死ぬべきか』ということになります。それがこの物語のテーマの一つだと感じました。
作中でも様々な形で登場人物が『生と死』を選びます。
(『選べずに死んでいく人』もいれば、『選ばずに生きている人』もいます)
そして、物語の最後に主人公である『菊村栄』にその選択肢が突き付けられます。
だからこそ、物語の最終回は『あれ』で正しいのです。
最終的に彼は『やすらぎの郷に帰る』ことを選びました。
そこで『生きよう』と。
そのとき初めてあの場所が『菊村栄』にとっての『安らぎの郷』になりました。騒々しくもどこか物悲しい。自分の生きていく場所に。帰りたい場所に。
つまり、この物語は『菊村栄が辛く苦しい現実を乗り越え、生きようと決意するまでの物語』なのです。『やすらぎの郷』でのあの日々が彼に生きる気力を取り戻させたのです。
そして、物語が終わっても、彼らの人生が閉じたわけではありません。ので、わりと中途半端に投げ出された部分も含めて『これからも続いていく』のです。いつか死ぬその日まで。
『視聴者が見たくない部分まで突き付けるドラマ』で、賛否両論になるのは理解できる内容でした。でも、『昔のドラマってそんな感じだったよなー』とも思いました。見ていて辛い部分もたくさんありました。
昔のドラマって何でそんな展開にするんだろうってのはけっこうありましたよね。登場人物が不幸な目に合うのが普通だったような気がします。視聴者の見たくないような展開もずばっと書いちゃうんですよねー。それが必要なら。
全体的に『生々しいドラマ』だったと思います。登場人物の多くが『死』に対してどこか慣れてしまっているというのも、現実的ですね。
『死んだ人間より生きている自分の方が大切だ』みたいな。
『悲しいけどよくあることだよね』みたいな。
人間っていろんなことに『慣れる』んですよねー。
だからこそ『年を取っておかしくなってます』という言葉が突き刺さる。
自分たちでは『強くなった』とか『大人になった』と思っているかもしれないけれど、別の視点から見れば『おかしくなっている』だけなのかもしれない。人間だって生きていればどんどん壊れていくのかもしれません。
ま、いろんな意見があるとは思いますけど、小生は『視聴して良かったドラマ』だと思いました。見ながらずっと『もう二度とこんなドラマは放送されないかもしれない』と考えてました。消え行く時代の最後の抵抗のようにも感じました。
もっとも小生は『今のドラマが酷過ぎる』とは思いませんけど。
いつの時代だって良いモノもあれば悪いモノもある。
その時代にしか咲けない花だってあります。
視聴者の立場から言わせて貰えば『楽しみ方を知ってるかい?』ということです。
ファンタジー小説にはファンタジー小説の楽しみ方。
ミステリー小説にはミステリー小説の楽しみ方。
全てを同じ目線で見ることは『作品の魅力』を見失う楽しみ方です。
遊園地には遊園地で遊ぶルールがあり、
動物園には動物園で遊ぶルールがあります。
多くの作品を楽しみたいならば、『味わう側』が工夫しなければなりません。
自分からドアのノックするわけですヨ。
まあ、『好み』の一言で択んでいる小生の言うことではありませんね(自爆)
でも、小生だっていろんな作品を読んだ中で自分の好みを把握してきたわけなのです。始めから理解できていたわけではありません。
WEB小説を読み始めてからも『いろんな扉』が開きましたし。
『悪役令嬢』とか好き。
開き過ぎて逆に混乱したぐらいです(笑)
未だにちょっと混乱してますけど。
話が逸れてきたので終わり(汗)
ドラマの話はまた近いうちにする予定です。
<別れはいつだって悲しいものですね>
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