ISISより愛をこめて
ヒジュラ暦一四四〇年
――目が覚める。視界は無い。廊下らしきから足音が響く。護衛が数名。私の前で立ち止まると、被せられていた麻袋が乱暴に脱がされる。両手は吊られて天井に鎖で繋がれている。男は私の頬をぶつと、下卑た笑いを浮かべて言った。
「よお。俺を覚えてるか?
「……
世間的には死んだ事になっているはずだ。やはり空爆による暗殺では精密さを欠くな。机の上に腐ったリンゴが蛆を育てていて、その傍に
「俺を殺さなくて後悔してるか? お前はこれから奴隷になるんだ。聖戦で疲れた俺たちを慰安する肉壺としてな。光栄だろ? ん? てめぇみたいな生意気な餓鬼はマニア受けするんだ。処女じゃねえから値段は精々、五〇ってとこか?」
「……状況を理解していないようだな」
「なんだと?」
私は思わず笑みを浮かべた。再び頬が打たれた。
「お前たちは社会によって作られた『滅ぼされるべき敵』の役割だ。
私は周囲の様子を確認する。右手の護衛は拳銃を胸に提げ、左手のもう一人は
「お前の名前はリストに無かった。
「この餓鬼ッ――」
腹部に一撃。私はしばし嘔吐くが、痛みは無い。この男は全く虚構を生きており、いわば存在していない。それならばどうしてそんなものに痛みを感じる道理があるだろう?
「よくもベラベラと全容を喋ってくれるもんだ。手間が省けるぜ」
「男は嫌いだ。特に銃を持った奴はな」
「予定変更だ。ここで首を落としてやる。ポール、それにジョージ。カメラ回せ」
「それなら、そこに一つ予定を加えさせてもらおう」
ジョンは舌打ちすると踵を返した。もう一人の護衛が
腐ったリンゴから蛆の這う
「次はもっと丈夫な鎖にしておくんだな」
* * * * * *
岡本公三の暗殺は一部で大きな波紋を呼んだ。ベイルートは中東のパリとも呼ばれたこの土地は、隣国シリアから百万近くの避難民が押し寄せ、人口のおよそ三人に一人が難民という状況に陥っている。その難民に紛れレバノンに潜伏するスンニ派の
機械音。アノニマは反射的に拳銃を向ける。
「僕だよ、アノニマ」
「帽子屋?」
それは陸上歩行型小型無人機だ。帽子屋は『
「南米から君を追跡してきたのさ。忘れもんだぜ」
帽子屋は『沼ウサギ』のハッチを遠隔で開いた。中にはS&W社製MP412マグナム・リヴォルバー『スカベンジャー』。アノニマの私物である
「まずは市街を抜けよう。
「ここにある」
アノニマは右目を指した。それはサイバネ義眼だ。ユニット化され脳内機械と直接接続されており、デジタル・ズームやパッシブ暗視機能を追加された視界を確保しながら、その映像情報を送受信することが出来る。人間の目に見えない不可視光も探知可能だ。
「なるほど。それじゃあ、僕が『沼ウサギ』で先んじて偵察する。情報は無線接続で君の脳内機械/義眼のARに逐一表示しよう」
「
「この地域はPFLPやヒズボラといったシーア派武装集団と、スンニ派のISIL、それに新設の中東地域安全保障連合軍――平たく言えば中東版NATOだね――との三つ巴の戦闘になっている。ここに君の味方が?」
「味方は居ない。だがISILの解体は我々の目的の一つであるから、奴らの排除それ自体に問題は無いはずだ」
「オーケイ。新秩序の邪魔立てになる奴ら、という意味だね。君の
「まだ確立していない。
果たしてそうだろうか?
「
「まだ役立てるにしろ
「ああ、
『白いカラス』こと帽子屋はそう答えた。
「お前はどこに?」
「すぐ近くさ。空からは僕の鷹が目を光らせている。電子戦兵器やEMPも普及しだした時分だ、電磁波では撃ち落とせない生き物をバックアップの
「ああ……それは、私も同じ事だ」
機能と価値。優生学と新自由主義。経済格差と恋愛結婚。かつて
悪平等。選ばれた者のみが入場できる――天国や楽園とは、閉じられたサヂズムである。アポロはそう選んだ。
【エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。もし、生木でさえもそうされるなら、枯木はどうされることであろう】
日向アポロは
【私が植え、アポロが水を注ぎました。だが成長させたのは神です】
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