* * * * * *
その葦原はチャド湖の痕跡だ。農業用の大規模な灌漑や温暖化に伴う砂漠化の影響によって湖の面積は縮小の一途を辿り、ナイジェリア・ニジェール・チャド(そしてカメルーン)の国境線はこの湖を基準としていたが、干上がった陸地のいわば空白地帯にボコ・ハラムの過激派集団が居座っている。
ラムサール条約によって水鳥の生息地として保護されるべき
曳光弾が飛び交っている。フランス外人部隊と周辺五ヶ国軍の共同戦線は、ベトナムやアフガン、イラクのような泥沼の状況と化している。過剰ともいえるその
そしてそこには様々な最新兵器が実験として投入される。人工筋肉をアクチュエータとする静音化を実現した四足歩行兵站機械、無人偵察機、それから西欧製の銃火器、迫撃砲、装甲車、戦車…………。それらの製造・輸送・運用には全て兵器企業や民間軍事警備会社といった軍需産業が関わっており、それらは
帽子屋の
「ミーシャ」
アノニマが呟く。ミーシャが「
殺人の技術だ。アノニマは回折された光の中に消え、外人部隊をやり過ごす。大国側を相手にするのは分が悪い――そう、我々が暴力を行使するのは、弱者を、持たざる者を制圧する為でしかないのだ。非対称戦争の枠組みの中で、大国は小国を、小国は民兵を、民兵は非武装の民間人を標的とする。銃は、
勝った者が正義なのだ。
雨が降り始めた。アノニマは光学迷彩をオフにする。透明になり背景に溶け込んだところで、実際の
「
それはフランス語だ。銃を突き付けられている。規模は分隊だ。
「
アノニマはあくまでゆっくりと態勢を整え、言った。
「悪いが、フランス語は分からないんだ」
光学迷彩を起動。それから
背後からの斬撃。光学迷彩の輪郭は血を浴びて、赤い
血はやがて雨に流れる。周囲の喧騒とは裏腹に、一帯は取り残されてしまったように静かだった。気付かれなければ、何も起きなかったと同じこと。戦争はいつも遠くの出来事だった。
「…………」
初めに沈黙があった。道中に白い花を付けたキリモドキの一群が咲き誇っている。それから言葉。(それは
「ソメイヨシノ? ……いいや、ホワイト・ジャカランダか?」
桜の木は死体の血を吸い上げて紅い花を咲かす。ソメイヨシノは
ウラン鉱山はぽっかりと空に開いている。重力は降りしきる雨を吸い上げる。アノニマは弾倉を叩き込む。なるほど確かにウランを運び出してはいない――そこにあるのは馬鹿でかい電磁誘導の制御装置。アルファ粒子の収集――ヘリウム4の原子核。
「奴らの目的はヘリウムか? だが、何のために……」
ヘリウムの語源はギリシャ語の
民間人が集まってくる。非武装か? いや、非武装に見える。だからアノニマは少しの間油断した。可視光を操れるという事は、透明になれるのみならず外見も全て制御可能であるということ。その実態は【光の部隊】。日向有栖の率いる実行部隊。有栖は被っていた狐面を外すと、光を失くした笑みで言う。
「思い出したかな? 君が何者で、何を為すべきか」
「アリス、ヒムカイ……」
有栖は帽子屋に警告する。手を出すな。こちらからも狙っているぞ。
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