ラットパトロール2019
二〇一九年初頭 ナイジェリア・ニジェール・チャドを越境するボコ・ハラム勢力支配地域
アノニマと帽子屋は、ミーシャの運転するジープに揺られながら、ステップ気候の砂漠地帯を横断している。帽子屋が言う。
「僕は日向有栖の行方を追っている。君から聞いたところによると、有栖は北朝鮮の海底プラントで研究をしていたはずだろう? なぜ、アフリカに?」
「それはアフリカが『人類の産まれた場所』だからだ。有栖は、世界中にいくつもこのような研究・工場施設を持っている。――いや、知られずに制御していると言ったほうが、正しいだろうが」
「なるほど。蝶も
「戦闘員の養成、排出。ISILにエジプトやモロッコ出身の戦闘員が居たこともあったが、その延長だ。ISILとボコ・ハラムは異教徒の女子供を拉致し、奴隷として売買しているが、それは『子宮』の数を確保するためだ。奴らが台頭し始めて、もう十余年経つ。もっとも
二〇一四年のボルノ州女子学校襲撃、女子生徒三〇〇名あたりの拉致。幾名かは脱出ないし救出されたが、その多くが今でも行方不明となっている。ISILもまた、ヤズディ教徒やキリスト教徒の少女や女性たちを同様に性奴隷としており――彼女たちは言わば『産む機械』として男性戦闘員たちに共有されている。
「君も少女兵だったんだろう、アノニマ? アポロ・ヒムカイの『
「ああ…………だが、あくまで戦闘要員だった。炊事や洗濯、事務や経理などの後方任務にも男女差は無かったし、得意な人間が得意な分野でそれぞれの仕事をしていた。イスラム過激派色の色濃く残る戦闘部隊では、『戦闘は男の特権』だと言って、女子供は嫌われていたが……性処理用の女も、外部に頼っていた。アポロのルールでは、『部隊内での暴力の行使は禁止』されていたからな」
「なるほど。あいつらしいや」
「ルールに反する人員は、略式で処刑された。部隊内での強姦や、差別、偏見、メンバー同士の殺し合いなど…………末端になるほど、アポロが理想した『エゴイストの連合』からは外れ、単なるゴロツキの集団と化していたが…………その
サキーネ・ペトロヴィッチ・アル=サァラブ。ユーゴスラヴィア出身のボシュニャク人。九二年から九四年初頭まで続いた集団的大量強姦、民族浄化であるフォチャの虐殺において、殺された臨月の母親から摘出された嬰児。その後アルバニア系イスラム教徒に拾われ、コソボ紛争に
「部隊を
帽子屋が訊ねて、アノニマは目を泳がせて答えた。
「記憶にない。
覚えていない? 帽子屋が訝しんだ。
遥か遠くに、捕鯨船の汽笛が響く。彼らには聞こえるはずもない。アフリカの近海では、今でも捕鯨が続いている。それは原始的な槍を使うものだ。欧米において鯨は、もともと食肉ではなくランプなどの燃料資源として利用されていた。ダイナマイトのニトログリセリンも鯨油が原料だった。
戦争は、資源や利権の奪い合いだ。それは石油であったり、水源であったり、作物であったりする。そして資源とは、土地に結び付けられる。国境を巡る紛争や聖地の奪い合いというのも、そこに関わる経済や人的資源の確保という事にも繋がる。
「ここにはウラン鉱山がある。だが奴らはそこを死守しながらも、イエローケーキを運び出している形跡は見られない」
「
「彼らの共通語はアラビア語。アッラーフの言葉だね。しかし、末端の兵隊たちの間では、旧宗主国の英語やフランス語が使われる場合もあるようだ。もちろん、ボコ・ハラムにとっては、
「だが
ミーシャがジープを止める。ここから先は敵の支配地域だ。
「
「ミーシャは狙撃。僕は
「
「君の能力を信頼しているのさ……」
ミーシャはヴィントレス消音狙撃銃を取り出し、援護の姿勢に入る。帽子屋はラップトップを広げ、駆動する無人機に続いてアノニマは夜の闇に溶ける。空には
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます