* * * * * *
無人機の不可視
「蚊が多いな」
「モスキート音で虫除けはしてある。正確には、超音波による
それは
「目的地に近付いている。……警備の姿だ」
警備員は中東系が多いようだ。現地雇いのパレスチナ系・レバノン系のブラジル人。パレスチナを国家として承認するブラジル政府は、アメリカやイスラエルから強く非難されている。もちろん、大使館が存在するからと言って、それが単純にテロリストの流入を意味するわけではもちろんないが、我々の
穏健なムスリムとイスラム過激派には当然、大きな断絶がある。過激派は八〇年代以降イスラムの統一国家を目論んだが、住民たちは統一国家など望んでいなかった。それから、過激派は主に世俗主義の各国政府や市民をも標的とする
警備員は、感染予防と思われる防護マスクを装着している。アノニマはマスクを取り出して装着した。同時に
「位置についた。まだか、シェフ」
「もう着いている」
シェフは光学迷彩をオフにした。そこにはもう一人の姿。シルクハットに、ペスト医師のマスクを被った男。
「『帽子屋』? お前も来ていたのか」
「
「なぜ分かる?」
「今日は、奴らの動きが多い。ヘリも哨戒している。
一瞬だけ沈黙があって、Cが通信に割って入る。
「シェフ? 説明しろ」
「は。しつこい奴でして……」
「奴は作戦の一部ではない。不確定要素だ。彼は手厚く保護される手筈だろう」
帽子屋は「そこに人間が関わる限り、それらはすべて不確定要素さ」と言って、続けた。
「お堅い事を言いなさんな。『司教』の二の舞は御免だよ、サンダース家の
「家の話はするな。曾爺さんは大戦の英雄だった」
「おや、おや。生まれが良かっただけの世間知らずのくせに。そう思われたくないから、軍に入って嫌いなはずの男どもに媚びを売って、のし上がってきたんだろう? そんな実力主義者の君なら、むしろ僕の能力は必要になると思うがね」
「私はお前を信用していない」
「僕も君の事が嫌いだよ。だから、
Cは制御可能な物語を好んだ。そして、仕事とは本来見積もりから成立するものだ。旧日本軍やナチスは連合国の計算可能性に敗れた。原爆の開発も、戦力の投入も、結局は
「奴らの拠点はここ。原生林の中の、小さな村だ。彼ら村人は奴ら――APOとここ数ヶ月間、交流・接触している。使用言語は不明。恐らくムーラ語か、トゥピ語だろう。そこに発電機やアンテナ、回線などを持ち込んで、本部と通信しているんだろう」
「詳しいじゃないか」
日向有栖の手先となるなら、間違いなく奴だ。Cは疑っていた。
「丹念な
あの
「それは君が知る由もないね。僕がそれを掴んだのは彼女の脳殻が
なるほど。『司教』や『シャルリ』からの
「アノニマ。お前が先頭を切れ。シェフが後方から援護する。接触と交戦は不許可とする。特に村人には死者を出すな。発覚されない場合のみ、敵の排除を許可する」
「
アノニマは
シェフは、狙撃態勢に入る。アノニマは光学迷彩で光に溶ける。雨が降らないと良いが。帽子屋は『沼ウサギ』と呼ぶ無人機を先回りさせ、適宜情報を伝えた。
「橋を渡る」
アノニマが言った。
「充分に警戒しろ」
罠があるならここだ。
「あっ……と。まずいな」
帽子屋がコントローラから手を離して独り言を呟く。それから音声にノイズ。アノニマの信号が極端に弱くなる。
「C? ……答しろ……そ、……妨…………受……てる……」
「アノニマ? どうした、状況を報告しろ」
Cはシェフとの通信を試みる。
「シェフ、聞こえるか?」
「
「何が起きた?」
「奴の使用している周波数帯に向けての
「
「
「その破壊と無力化を優先しろ。こちらは別の周波数帯から奴の
「
「
そしてアノニマからの通信。
「……害…波…………。……のまま前……………る」
シェフは肉眼で確認した状況を報告する。
「アノニマは橋を渡りました。森に入り、村に近付きます。射程から離れる――こちらも移動を開始します」
シェフが帽子屋に言う。
「帽子屋。気付かれず監視ドローンを破壊できるか?」
「任せなよ、」
無人機の操作も奪われた帽子屋は、竹笛を吹くと潜んでいた鷹を呼び寄せた。奴の飼っているものだろうか。やがて彼は訓練の通りに、鷹に無人機を襲わせた。なるほど、
「妨害装置の位置が掴めました。接近し、排除します。アノニマの援護は――」
「僕が行くよ。付いて来ていて、よかったろ?」
Cは許可を出さなかったが、そもそも帽子屋は彼女の指揮下に無かった。だから
「やれやれ。あいつもちょっとした一仕事を作ってくれるものだ」
Cは誰に言うでもなく、独りそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます