* * * * * *

 酷い匂いだ。生活排水は地下のインフラを通って川へ、そして海へと流れていく。顔を隠すためのマスク(簡易的な防塵・防毒機能を備えている)を上げるが、気休めだ。整備用のキャットウォークを忙しそうにネズミどもが走り回っている。

「昔の抵抗運動レジスタンス地下水道インフラに逃げ込んだそうだが」

下部構造・経済基盤インフラストラクチャを経由して結集つながる、か? 今のテロリストも変わらないな。それは金銭リキッドという汚水だが」

「表に出れば軍警察に殺される。……いや、死の恐怖が克服されているのは、大きな違いか」

「克服、ね。上部構造・幻想スーパーストラクチャにどれだけの信頼を寄せているかという事だな。宗教なり、思想なり、希望エスポワールなり……」

「……あるいは、我々が如何に単純ステロタイプにテロリスト像を捉えているか……奴らの行動原理は、もっと複雑なのかもしれない」

「おいおい、あまり感傷的サンチマンタルになるなよ、アノニマ。考えるのは兵隊の仕事じゃない。チェスのポーンが勝手に動いたら、困る場合もある。もっとも俺は、ナイトやルークくらいでありたいもんだが……」

アノニマとシェフが気晴らしディヴェルティスマンに他愛のない会話をしていると、Cから通信が入った。

「奴らはチワワ砂漠に逃亡した。こちらで追跡を続ける」

「空からの監視、鷲の目イーグル・アイか。良い身分だな。こっちは地下アンダーグラウンドの下水を這い回ってるんだ」

「そう腐るな……」

「武装した無人偵察機トライローターも普及した時代だ。そろそろ人的諜報ヒュミントもお役御免じゃないのか?」

機械マシンは間違いを犯さない。それは何の決断デシジヨンも下さないからだ。この非対称アシンメトリの予測不能な時代にあるからこそ、お前たちのような戦略的伍長ストラテジック・コーポラルが不可欠なわけだよ」

「ふん……だったら、もっと待遇を良くしてもらいたいね」

「――なんだ、金の話か? ふむ。それなら、時給五ドルでどうだ」

「いいだろう、」

梯子を昇り、下水道のマンホールを開ける。車通りは少ない。二人は下水から上がった。外では柔らかく雨が降っている。

「追手を撒いたらしい」

了解ダコー。警戒を怠るな……」

 すると、街頭モニタが暗転した。流れていた音楽が止まると、人々は不思議そうにそれを見つめた。調整用カラーパターンの表示、無音。それから虹色の旗レインボー・フラッグに黒い蝶が描かれたデザインに画面が切り替わると、続けて次のような音声が流れ出した。


【Ni Organizo de Anonimaj Pactrupoj. Ni estas kontraŭ tutmonda kapitalismo, kaj ni estas por Altermondialisme. Pardonu nin, ke mi parolas Esperanton. Ĉar ni fariĝis artefarite. Vi meza klaso popolo tro.

Vi ekzistas kiel la griza skalo estanta krampitaj per la starigo kaj la malriĉuloj. Ĉi devus esti malgranda eksperimento. Tiu parolado ne enhavas ian sencon. La kuntekstoj estas pli grava.

Fakte, signifo kaj la kuntekstoj estas nenio pli ol onia interpreto, kiun mi belive la povon de ŝanĝi la mondon. Nenio tia movforto de mislegis kaj iluzio.

Laŭ Mikaelo de Unamuno, "El amor es el hijo de la ilusión y el padre de la desilusión. Es triste no amar, pero es mucho más triste no poder amar."

Parenteze, amo de la dio estas narcisismo. La dio estas ne ekstera estaĵo, sed imaga persono. Tial nia egoismo kaj amo de dio ne kontraŭdiras unu la alian.

Miskompreni esti amata de la dio estas la plej rapida vojo por ami nin. Ke estas ankaŭ kial ni kapablas mortigi homojn por kion ni nomas amo.】


今やほとんどの個人が携帯端末を利用している。ソフトウェアの互換性も高い。バックドアからのハッキングにより、各々の端末がゾンビPCと化し、ボットネットプロクシーを形成、データヘイブンとなって、映像の送信元の特定を難しくした。だがアノニマにはその虹色の蝶に見覚えがあった。

「! ――……アポロ……?」

街頭モニタに限らず、個人の端末からも同じ映像と音声が流されていたようだ。人々は戸惑い、スマートフォンを操作し連絡を試みるが、個々の端末の所有権は既に剥奪されている。

「今のは何だ?」

「分からん。エスペラント語のようだが……」

二人が状況の把握に努めていると、ひとりの男が空に向かって叫び出した。(それは英語だ)

「――我は、懐中銃教会信徒! 我らはそれぞれが標的を見定めた、個々の思想飛翔能力を持つである! 我々は、現政権の孤立主義に屈しない! ――あの閉じられた共同体ゲーテッド・コミュニティを見よ! 奴らこそが諸悪の根源! 彼らは、我々との交流コミュニケーションを断っている! ならば、そこを我らの標的と見定めよう! 我々ことは、標的に到達する事で初めて、その意味を成すものであるのだから!」

もちろん、その言葉銃弾は誰にも通じない到達しない。男は演説に充分に酔いしれると天を仰いで、手元のスイッチを押した。


 周囲の静寂。それから肉体の爆発。それはカミカゼ。

 続けて画面には『幻想解体による愛と平和Amour et Paix par Déconstruction D'illusion』の文字が浮かび上がる。


 場は一気に混沌と化した。恐怖から逃げ出す人々。と同時に、それを追う怒りの表情に見えた人間たち。二人は路地裏に身を隠すと、個々のIDを撮影し送信した。すぐさま、Cから情報が入った。

「彼らの顔からSNSなどを調査オシントし、使用言語を割り出しても、エスペラント語の話者は居ない」

「社会階層は?」

「それは中間層に集中しているようだ。追われている側は、たまたま外に出てきた富裕層か、善良な市民か……」

「英語の演説の方に扇動されたのか……? 『懐中銃教会』とは?」

「アメリカ発足の秘密結社カルトだ。その信徒は個々を銃弾であるとして洗脳、過激派テロの鉄砲玉として利用されている。また、フランスのアーレン・ルージュとの強い関連性が示されている」

「――イスラム過激派の組織か」

「さっきの電波ジャックは、MDMAの技術提供によるものだろう。奴らとも関わりがあったはずだ」

シェフが補足した。Cは、先ほどの演説の翻訳Interpretが完了した。と言って、音声データを二人に送信する。


【僕らは『匿名兵士による平和維持機構APO』。グローバル資本主義に反対し、もう一つの世界主義アルテルモンディアリスムを提唱する。エスペラント語で失礼。なぜなら僕らはこの人工言語と同じように、彼らによって造られた存在だから。君たち中間層もそうだろう? 富裕層と貧困層に挟まれる事で、構造主義的に存在しうるグレースケール……これは、言わば小規模の実験エクスペリオンスである。この演説それ自体の内容コンテンツに意味は無い。重要なのは文脈コンテクストさ。ま、ホントの事を言えば、内容コンテンツ文脈コンテクストも全て、受け手読者でっち上げ解釈なんだけどね。そのにこそ、この世界を変える力があるのだと僕は信じてる。なぜなら、勘違い誤読思い込み妄想以上の原動力は存在しないのだから。ミゲル・デ・ウナムーノ曰く、『愛は幻想の子、幻滅の親。愛されなきは悲しや、されど愛せなきはなほ悲しや』。……ところで、神の愛とは自己愛の事さ。神とは想像上の他者であり、外在的なものでない。ゆえに僕らのエゴイズムとは相反しない。神から愛されていると誤解する事は、自己愛への一番の近道だからね。だって僕らは、愛の為に人を殺せるのだから】


そこで再生が終わった。アノニマは独りごちた。

「何を言ってるのか分からんな」

「話してる言語が違うのさ」

シェフが皮肉気味にそう応えた。Cから指令が下った。

「州兵が暴動の鎮圧に展開し始めている。お前たちは脱出しろ。こちらは調査を続ける」

了解ダコー

周囲の混沌をよそに、二人は闇に消えた。状況の制圧は彼らの任務ではない。それはあくまで情報の収集、監視、そして必要ならば、暴力の行使。主観的な感情に流された者から死に急ぐ。我々はあくまで、傍観者Spectatorでなくてはならない…………それこそが、我々の提唱する平和維持活動Peace Keeping Operationのメソッドなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る