* * * * * *

「時間はあまりないぞ」

「ああ。観測手スポッターを頼む」

 ビルの屋上から国境の向こうを一望する。338ラプアマグナム。半自動セミオートのブルパップ式狙撃銃に装着された熱源探知サーマルスコープは人体が発する遠赤外線の波長を映像化し、単なるとして映し出す。シェフは高倍率の測距スコープを覗き、窓越しに目標ターゲットを捉える。

「目標を確認。奴は椅子に座っている。傍に居るのは護衛たちだ」

「了解。距離を確認」

狙撃銃には照準アシストが搭載されている。距離や風速を測定、目標を設定すると、弾道計算の後に電子計算機コンピュータが正しい照準とタイミングを示して射手に引き金を絞らせる。それは半自動セミオートの動作だ。

「照準アシストが付いているとはいえ、この距離だ。確実な殺傷は保証できないぞ」

「それなら、死ぬまで弾を撃ち込むだけだ」

アノニマがぼやいて、Cが答えた。スコープに表示される照準アシストはネガティブを示している。

当たるとは思えないI don't have a clear shot。対象の動きを待つ」

「……リオ・ブラーボの向こうでは、お祭り騒ぎか……」

シェフの呟きは『死者の日』の事ではなく、周辺の銃撃戦の事を指していた。それはどうやら一方的な殺戮だった。

 陽炎が揺れている。それは狙撃の確実性を著しく低くした。

荒くれ者グリンゴが屋内に侵入。目標に接近中。光学迷彩ステルスを装備」

「ステルスだと? 何者だ」

「確認する……」

シェフはスコープの倍率を上げる。侵入者は目標ターゲットを射殺した。

「……目標ターゲットダウン。奴が殺した」

暗殺者ヒットマンか?」

「同業者かもしれん。先を越されたな、アノニマ」

シェフは冗談めかしてそう言ったが、光学迷彩に覆い隠されない暗殺者の顔を捉えると目の色を変えた。それから訊いた。

「アノニマ……――お前には、姉妹が?」

「? 十年以上前に死んだはずだが……それがどうかしたか?」

「……いや、…………」

シェフが言葉に詰まると、Cが割って入る。

「アノニマ。奴を撃て」

「何?」

「奴の素性を知る必要がある。タイミングが良すぎる。死体で構わない。殺れ」

アノニマはすぐさま目標を変更した。距離はおよそ二キロ。シウダー・フアレスは標高が高く、空気の密度が低いため、通常よりも有効射程が伸びる。十字線クロスヘアを標的の上方に合わせ、引き金を絞る。フリーフロートの銃身から弾丸が放たれ、マグナム弾の薬莢が宙を舞う。抑声器サプレッサーによって周囲の住人はそれを銃声と認識しない。

「――やったかGot'em?」

「いや。光学迷彩を破壊しただけだ」

「まさに対物アンチマテリアルライフルだな」

再び引き金を絞る。銃弾が届くおよそ二秒の隙に、相手は窓から飛び出した。そこで、狙撃銃が回転不良を起こしたジャムった

「くそ。これだから自動式オートマチックは」

アノニマが動作不良を解消インスペクションしようとすると、背後のドアが開いた。黒人の男だ。MDMAの人員だろう。

「マニング? 何をしてる――その白人の餓鬼ホワイト・トラッシュは誰だ?」

マニングと呼ばれたシェフは電子消音器eサイレンサーが装着された四五口径を抜くと、躊躇いも無く撃った。胸部に二発。それから脳幹に一発。

 背後に相棒バディ。アノニマは素早く敵の死角に潜り込むと、プッシュダガー・ナイフを抜いて腎臓の辺りに刺した。そいつは倒れると一緒に、最期の力で裸の銃の引き金を絞った。轟音ガンショット。やがて騒ぎが大きくなるだろう。

くそOh, bugger

アノニマは回転式リヴォルバーを抜くと止めを刺した。増援が上がって来るだろう。シェフは死体からライフルを剥ぎ取ると片方をアノニマに渡した。モスバーグ・クルーザー散弾銃『マッド・ドッグ』。銃身は切り詰められ、先台はフォアグリップになっている。

「C、正体がばれたMy cover's blown下水道インフラストラクチャから脱出する」

「了解」

 シェフは敵から奪ったイスラエル製のX95カービンを構えると、屋内に入った。廊下では散発的な銃撃。シェフはセレクターを半自動セミオートに入れて、機械的に、シルエットに向けて二発ずつ引き金を絞った。アノニマはスマートフォンを操作して敵のインカムをハックしハレーションを起こさせると、耳を押さえてのたうち回る敵を散弾銃で撃った。

 光学迷彩。アノニマは見えない敵に羽交い締めにされる。(拘束が目的だったのか? 奴は銃を使わなかった。そもそも、ただのハッカー集団が何故そんな装備を持っていた?)アノニマはサイバネ義手の尋常の握力で掴んだ相手の不明確な部分を握りつぶし、脇腹に右肘を入れ無を投げると斃れたに拳銃を二発撃ち込んだ。

「光学迷彩が見えない」

「待ってろ」

アノニマは建物の構造ストラクチャ侵入ハックすると、スプリンクラーを作動させる。それは人工の雨となって、透明色に偽装カムフラージュした兵隊の輪郭を浮き彫りにする。シェフはその、を狙って銃弾を撃ち込んだ。

「……マニング?」

やがて制圧されサプレスト雨音だけの響く屋内で、アノニマはふと訊ねた。

「デヴィッド・マニング。偽名Aliasだよ」

「それなら私はアラン・スミシーか?」

「いや、外人部隊アノニマ制度の頃から使ってる。気に入ってるんだよ」

「本名が長ったらしいからな。お前の恋人ボーイフレンドといい……」

「仕事中に、よしてくれ!」

二人は階段を降りた。ハッキングによって奪取された屋内構造の随所に設置された監視surveillanceカメラの映像は、二人のIDを含む個人情報をマスクする形で映し出し、レンズは、現実を屈折させ歪めながら人工の雨粒に濡れている汚れている

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