ネズミを殺せ<キル・シャルリ>

半年後 メキシコ エル・パソ・デル・ノルテ 死者の日


 照り付けるチワワ砂漠を駆けるのはアノニマのバイクだ。UAE製ネイキッド・バイク『アル=カマル』をオフロード仕様に改装している。排気量は六〇〇。サボテンが太陽の光を求め青空に向かって伸びている。岩陰にはガラガラヘビが身を潜め、茂みの奥ではピューマがラバの死体を食んでいる。…………そして銃声が響く。ナゲキバトが一斉に飛び立つ。砂が舞っている。

「ミーシャの持ち帰った情報の通り、奴らは『赤のインクキャップ』を新種の麻薬として流通させている。例のキノコはTHCやジメチルトリプタミンなどを含む。フランスの潜伏員モールから得た『アーレン・ルージュ』の動向によると、アリス・ヒムカイはアフリカ経由でヨーロッパにその精製された薬物を流している」

「原産地は南米――ブラジルのアマゾン奥地。そして加工は中米のカルテル、そこから流通……北米にも蔓延しているようだな」

アノニマはスマートフォンの地図で方角と現在位置を確認する。テキサス州との国境にほど近い。北には境となるリオ・グランデ河が流れている。

「今回の任務は、そのカルテルの代表者Commissionerの殺害。手段は問わない。派手にやってやれ」

「シナロア・カルテルはISILと対立しているんじゃないのか?」

「いいや、奴らとは別口……組織名は、『犯された女の子供たちLos hijos de la Malinche』。目標の写真VIを送る」

それは黒人の女ムラータだ。垂らした髪を金色ブロンドに脱色している。首飾りに指輪、護衛の銃すら金色で揃え、それは顕示欲と仮初めの永遠性カトリケーとをそのまま身に纏っているようだった。

「女のボスか? …………黒人が多いな。カルテルやロス・セタスとは血縁関係が?」

「いいや、それは薄いだろう。グループは人種というよりも思想のレイヤーで繋がっている。それでもサンボやメスティーソが多いようだが、ゆえに血縁を重んじるカルテルと対立している」

「どんな思想だ?」

「カトリックの変形さ。それと排外主義。分離主義とも言うかな」

「なるほど。という訳だな」

「最大の取引先でもある合衆国が孤立主義的傾向を見せ、国境の警備が厳しくなってから、メキシコのカルテルもそのほかの生きる道を模索し始めたようだ。アリス・ヒムカイの組織――APOAnonymous Peacekeeping Organizationと手を組んだのも、その一環だろう」

 山岳から街を一望する。アノニマは双眼鏡を取り出し覗き込んだ。無人偵察機があちこちを飛び回っている。トライローターだ。それは『死者の日』の祭りの撮影用もあるだろうが、裏通りのそれは、明らかに互いの動向を監視するためのものだ。

 アノニマは視線を裏路地に移す。私服にプレートキャリアを着たそれは、PMCの警備員だ。敵味方識別装置IFFはそれらの中に複数の勢力が存在する事を示している。

軍事警備会社PMCが複数。友達同士には見えないな……」

「カルテルたちが雇ったPMCだ。麻薬戦争は肥大化の一途を辿り、私兵たちの死傷が増えたため、それを補う形でPMCが雇われた。もっとも、カチコミにはカルテルのメンバーが直接赴くようだが…………いずれにしろ、彼らの装備は軍隊並みだ」

「ああ。装甲戦闘車両AFVに迫撃砲、テクニカルにはM2ブローニングが積んである。銃火器は主に、五・四五ミリ口径の『ヤギの角Cuerno de chivo』。ロシア製だな……」

「当局の武装警察も展開している。クズどもを何人殺しても構わないが、彼らや市民の犠牲は避けろ」

「了解」

アノニマはチェコ製九ミリ口径自動拳銃の装填を確認すると、裾の長いミリタリー・ジャケットの下のホルスターに収めた。負い紐で脇の下にスコーピオンEVO短機関銃を吊っており、それらには電子消音器eサイレンサーが装着されている。腰には大振りのマチェットをいつでも抜けるようにしてある。

「よく戻ってくれた、

Cが呟く。アノニマはそれに応えず、再びバイクのスロットルを握り込んだ。

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