番犬は眠らない
一年前
二〇一九年初頭 フランス
娼婦たちが夜のネオンに照らされている。色とりどりの(それは一部の鳥類の性的アピールに酷似していた)虚栄さを身に纏い、偽りの愛を売る。赤い靴を履いた娼婦がひとり、食パンを踏み付けて深い沼に沈んでいった。明るい夜空には
彼女たちが吸っているのは
アノニマは屋外の喫茶店の席に座って遠くにその様子を眺めながら、
「フランスはいいところだろう、アノニマ。なにせフランス語が通じる。お前の嫌いな
「そうでもない。クルド人は白い目で見られる。
「お前はヤズディだったか? まぁ今さら祈る
「
「私としては、そんな理想の女に襲われたくもあるがな」
レズビアンのジェーン・
今年六月から開催される予定の女子ワールドカップ。イスラム過激派テロ組織『アーレン・ルージュ』は、それに乗じてテロ攻撃を仕掛けると予測されている。
「
アノニマは運ばれてきたカフェ・オ・レを掻き混ぜると、それを一口飲みながら尋ねた。良い質問だ、と言ってクローディアが答える。
「全く無い。とは、言わない。七〇年代に世間を賑わした共産主義革命運動は、無差別テロの走りだったとも言える。世界革命の一環だと言ってな。今の時代、テロの思想すら個人化し、過激派組織はあくまでその援助という形が主流になっている」
「流行りの
降伏の白旗は血に赤く染まり、やがて黒となる。人生に敗北した若者たちは赤い理想の血の闘争を経て、無政府主義に染まる。そして何にも染まらない意志に塗り固められた黒の旗を掲げるのだ。
「アーレン・ルージュの元の母体組織は、東南アジアからの移民であるクメール・ルージュの残党だ。今でもフランスの裏社会は彼らの影響力が強い。娼婦の斡旋、麻薬の密売、武器の流通……そこにイスラム過激派の思想が共鳴した。ISILは異教徒の女子供を奴隷や娼婦として販売しているしな。武器も彼らのネットワークのルートから輸入できる。そして何より、『
「ふん。『真理の名におけるテロル』か……」
「人は自分に都合の良いようにしか言葉を解釈しないのさ」
アノニマは黙ってスマートフォンの画面を見た。それは3Dコンピュータ・グラフィックスによって
アノニマは、ただの一介の
「アポロの構築した
クローディアが言った。アノニマはカフェの隅に座っている男をスマートフォンのカメラで捉えた。やがてソフトウェアは
今回の
『我々;懐中銃教会信徒は、放たれるべき銃弾である。万物の造物主たる
「何を言ってるのか分からんな」
「話してる言語が違うのさ」
『では、標的とは何であるか? 我々は、一八六五年のリンカーン大統領暗殺事件に使用された、
そこで再生が終わった。標的に動きはない。クローディアが続ける。
「
「十字軍か?」
「もっと
「
「管理されない銃口ほど危険なものは無い。今回の任務は――懐中銃教会とアーレン・ルージュ幹部の会合の盗聴、および『司教』の暗殺だ」
「泳がせなくていいのか?」
「もう充分だ。会合を超指向性集音マイクで盗聴・録音の後に、両名を消せ」
「
『司教』は電話を終えて席を立った。目立った武装や警備は無い。身体に爆弾も巻かれていないようだ。「匂い」センサーは反応していない。市民の散歩させている犬が、『司教』に向かって吠えている。アノニマは尾行を悟られない距離まで彼が離れると、カフェ・オ・レを飲み干して立ち上がった。
「動きがあった。位置へ移動する」
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