忘却ゲーム-1

戦闘体勢アクティバス


京都数連合の屋敷の前。

本条圭介と蓬莱珠世は対峙していた。


「イマジン・ラヴァー、アクティバス」だど?

そんなこと聞いたことないで。

ビッグ・ブラザーからの情報では、本条圭介の数楽者イマジン・ラヴァーは「無意識を操るスキル」。

戦闘向けの能力じゃないはずだで。


「ハッタリなんてオラには効かねえど。」

「大丈夫。ハッタリなんかじゃない。」


本条圭介は生意気な口で言う。


「はっ!後悔しでもしらねえど!」

「早く始めようぜ。」

「んじゃ、早くその石の上に立つで!この算盤そろばんの珠が落ちたら、勝負開始だ。オラから機械カラクリを奪えたらお前の勝ちだで。」


オラは天高く珠を投げた。

この前みたいに、けちょんけちょんにしてやるだにね。

珠が下に落ちた瞬間、オラは道着のポケットに手を入れた。


――倒れろ!本条圭介!


………………あれ?


「どうした蓬莱、かかってこないのか?」


平然と立っている本条。

なぜだで!?なんで効いてないんだで!?

まさか……。

オラは奴の足元を見る。

こいつ、もしかして気づいたのか?


「そっちから来ないなら、俺からいくぜ。」

「じょ、上等だで!」


こうなったらプランBだで。

こっちにはまだ武器があるだでね。

オラは算盤を2つ連結し、長い木刀を作った。


珠算結合チューリング・チューニング!オラの斬撃をくらうがいいだで!」


接近してくる本条圭介。

オラは力の限り思い切り振った。

さあ!受け止めるがいいだで!


「…遅えよ。」


奴はすべてを見透かしたように、オラの太刀を避ける。


「!!?」


反射的に足に力を入れて、奴から距離をとる。


オラの斬撃が読まれた??

京数でも有数の速度スピードを誇るオラの剣が?


本条圭介は不敵に笑う。


「蓬莱、お前のことは全部読めている。お前のあらゆる技は俺に当たらない。だから観念してスマホを渡すんだ。」

「へっ!誰が渡すだね!オラは西門の門番だにね!」


奴の能力は分からねえが、何もオラの力が弱くなったわけでねえ。

これで一泡吹かせてやるだね。

オラは鉢巻をほどいて自分に目隠しをした。


「お前、何を……」

「オラのスキル『珠算結合チューリング・チューニング』は視覚を遮断することで、速度が10倍になるだで。」

「10倍……だと!?」

「まばたきした瞬間に、おめえは切られてるだんね。」


オラは木刀を右手に高く掲げ、本条圭介に向かって走る。

そして、奴が身構えた瞬間、左手から弾を投げた。


爆音とともに強い光が周囲を包み込む。


――閃光弾フラッシュ・ボム


いくらおめえがオラの動きを読んでも、何も見えなきゃ意味がねえだで。


おしまいだで!本条圭介!

オラは木刀を勢いよく振り下ろした。


「はっはっはっ!…………だで?」


しかし、その感触は期待したものではなかった。


「おめえ……なぜ!」


本条圭介はオラの手首を素手で受け止めていた。


「お前の視覚は奪ったはず!動きを読めるわけがねえだで!」

「蓬莱、俺は動きを読んでるんじゃねえ。お前の心を読んでるんだ。」


オラの……心?


「ああ。」


俺は混乱する蓬莱の心に答える。


「だから、お前がその閃光弾で不意をついてきても、お前の斬撃の方向は手に取るように分かった。」

「心を読むだなんて……!そんなことできるはずがねえだで!」


声を荒げ興奮する蓬莱に対し、俺は冷静に返答した。


「いいや、全部お見通しなんだよ。お前が「数楽者イマジン・ラヴァー戦闘体勢アクティバス―」に動揺してたことも。地面の石に仕込んだ電流で俺を倒そうとしてたことも。その算盤がスタンガンになっていることも。指向性スピーカーを使って、あたかも背後に回ったかのように錯覚させてたことも。自身は閃光弾から目を守るために鉢巻を装着したことも。そして、それらの最新技術を隠すために、わざと自分は古風な服装や言葉遣いをしていたことも。お前の計算された数術トリックは、戦術は、全部お見通しなんだよ。」


蓬莱の顔から血の気が引いていく。


「ば、ばけもの……!!こっちに来るんでねええ!!」


腰を抜かし、後退りする蓬莱。

俺はゆっくりと近づいて、蓬莱の前に手を突き出した。


「じゃあ、覚悟はいいか?」

「い、いのちだけはご勘弁を!」


俺は蓬莱の首から、スマートフォンを抜き取った。


「よし、これで門のパスワードを解除すればOKだな。」

「お兄ちゃん!」


少し遠くで見ていた環奈たちが近寄ってくる。


「大丈夫だった?」

「ああ、問題ないよ。」

「よかった……。」


環奈はほっと胸を撫で下ろす。


「まったくひやひやしたぜ。」


群城がやれやれと言った顔で声をかける。


「圭介、新技はうまく決まったみたいだな。」

「ああ、すごい疲れたけど。今のところ発動は5分が限界だな。」

「戦闘経験を積めば発動時間も長くなるさ。」


その時、地に伏していた蓬莱が立ち上がった。


「へっ!オラを倒したところで、機械カラクリに表示される10桁の数の高速暗算ができなきゃ意味ないだでね。」

「残念ながら、それについても解決済みだ。」


俺は奪ったスマホのディスプレイを眺めた。


17513875027111 18389568778466

7547646142636 18391563074690

17555674251512 17555304537100

17555574300726 16679880978202

16679880867090 17474161024804

Seed:21


そこには十数桁の整数が10個表示されていた。

これらの和の合計が、門を開くパスワードになるわけだが、6秒間しか表示されないため、一瞬で暗算しなければならない。


俺はカバンからパソコンを取り出した。


「だが計算機を使えば高速暗算をしなくて済む。」

「はっ!冗談はやめるんだでね。合計100桁を超える数を数秒で入力するなんて不可能だでね。」

「いや、俺が入力するのは2桁だけだ。」

「なぬ?」


俺はスマホの画面の一部分を指差す。


「よく見ると10個の数の下に『Seed:21』というのが書かれている。Seedは日本語で『種』という意味だ。そして、プログラミングでSeedといえば、『擬似乱数の種』を意味する。」

「……乱数だど?」

「ああ、乱数とはランダムな数のことだ。それに対し、擬似乱数は乱数に見えるが、実は規則性を持って作られる数のこと。例えば、数学者のジョン・フォン・ノイマンが考案した『平方採中法』という手法では、n桁の数の2乗し、その真ん中のn桁を取ることで、高々n桁の擬似乱数列を生成する。例として、4桁の数1729から擬似乱数列を作ってみよう。」


俺はパソコンの画面に1729を表示させる。


「1729を2乗すると、2989441となる。 これの十万の桁から百の桁までの数、9894を取り出す。 」


1729^2=2989441→9894


「次に、9894に対しても同じ操作を行う。つまり、9894を2乗すると97891236となる。これの十万の桁から百の桁までの数を取り出すと、8912となる。つまり、」


9894^2=97891236→8912


「となる。同様に8912も2乗してやっていくと、乱数っぽい数列ができあがる。」


俺はいくつか計算を続けてみた。


1729^2=2989441→9894

9894^2=97891236→8912

8912^2=79423744→4237

4237^2=17952169→9521

9521^2=90649441→6494

6494^2=42172036→1720


Seed:1729

擬似乱数列:1729、9894、8912、4237、9521、6494、1720…


「ここで、最初の1729はseedと呼ばれ、いわば擬似乱数を作る『種』の役割を果たす。もし最初の4桁の数を1024にすれば、」


1024^2=1048576→0485

485^2=235225→2352

2352^2=5531904→5319

5319^2=28291761→2917

2917^2=8508889→5088

5088^2=25887744→8877


Seed:1024

擬似乱数列:1024、485、2352、5319、2917、5088、8877…


「と言った感じに、別の擬似乱数列が生成される。つまり、Seedが異なれば違う擬似乱数列を生成できるということだ。逆に、同じSeedを指定すればまったく同じ乱数列を再現することができる。これはシミュレーション実験やデバッグに有用だ。」

「へっ!その擬似乱数が門のパスワードと何の関係があるんだでね!」

「スマホに表示されたSeedが、上の10個の数を生成してるんじゃないかと俺は考えた。」

「なん……だど!?」


17513875027111 18389568778466

7547646142636 18391563074690

17555674251512 17555304537100

17555574300726 16679880978202

16679880867090 17474161024804

Seed:21


「そして、そのSeedにさっきの平方採中法を適用してみた。その結果……」

「おめえ……まさか……!?」


蓬莱の顔に緊張が走る。


「全然合わなかった。」

「そりゃそうだでね。そんなもん使ってねえんだもの。」

「他の代表的な擬似乱数アルゴリズムも考えてみたが、どれもダメだった。」

「ざまあみろだでね。」

「そこで、俺は考えた。これは乱数ではなく『補間』の問題じゃないんかと。」

「…………。」

「補間とは書いて字の通り、間を補うってことだ。与えられたデータから、データにない部分を補う。例えば、(0,0),(1,2),(2,4),(4,8)という2次平面の点のデータが与えられた時に、y=2xという関数で補間することができる。これにより、x=3のとき、y=6となるという予測もできるわけだな。」

「そ、それで、どうやって数字を補間するんだでね!」


俺はパソコンを操作して、昨日、群城が録画していたSeed別の10個の数字群を表示させた。


43309534450633 45278149652934

20798847572142 45281884526030

43395295904984 43394662083408

43395125804232 41426511213650

41426511102538 43227663875136

Seed: 23


34824506845925071 35615972910605186

25555559821782388 35616364135674914

34842103868080664 34842069502953436

34842094972117470 34050628916015626

34050628915904514 34807309558593796

Seed: 45


846949229880161 875180870876166

520008613184486 875210307462670

847860908276152 847857176623040

847859926004576 819628286980802

819628286869690 846067909141504

Seed: 31


13914492061171318607 14086275913778371923

11880319855299992144 14086301469152067391

13916587301656361719 13916586062921916791

13916586986110441106 13744803133596058625

13744803133595947513 13912422684005766739

Seed: 82


17496788319767527 17923539254396003

12507866679229864 17923781444604071

17506954960278719 17506932187346911

17506949049775626 17080198121677825

17080198121566713 17486869505527339

Seed: 42


2482167502723212151 2518669965998553506

2051015219108672956 2518677636147296834

2482696636703754296 2482696195413516460

2482696523883423750 2446194060654759802

2446194060654648690 2481646148490336100

Seed: 69


307167017313773 318543573510579

175930315472042 318558120165265

307573861045309 307571823609653

307573321570172 296196766695425

296196766584313 306775222648861

Seed: 28


1579440828553963 1628798354446274

1006594391682592 1628843758952450

1580937928865384 1580932515566548

1580936508634362 1531578985264450

1531578985153338 1577990469666436

Seed: 33


7423084163014966447 7520756323054637058

6267508347480681684 7520772802171672226

7424352849421224344 7424351999130144156

7424352632553702846 7326680472586200650

7326680472586089538 7421832167035372164

Seed: 77


147389519791195397 150279510375336483

113432130427537634 150280579934441401

147445117497642469 147445036057961981

147445096517995796 144555105949057025

144555105948945913 147335011832692789

Seed: 52


「俺は10個の数が、それぞれ別の規則性で動いていると予想した。つまり、10個の関数f1,...,f10があり、それにSeedの値xを代入すると、f1(x),...,f10(x)という10個の数が生成されるという感じにな。」

「……そんなのただの仮説だでね。仮説は証明されなきゃただの妄想だで!」

「俺の証明はまだ終わってないぜ。試しに多項式で補間することにした俺は、Seed:23から16桁の数が作られてることから、10次の多項式なのではないかと予想した。23の10乗は、23^10=41426511213649で16桁だからな。そして、f1,...,f10をそれぞれ、」


f1=x^10+ a19 x^9 + a18 x^8 + a17 x^7 +...+ a11 x + a10

f2=x^10+ a29 x^9 + a28 x^8 + a27 x^7 +...+ a21 x + a20

f3=x^10+ a39 x^9 + a38 x^8 + a37 x^7 +...+ a31 x + a30

f10=x^10+ a109 x^9 + a108 x^8 + a107 x^7 +...+ a101 x + a100


「というように、100個の未知数a10,...,a109を用いて表現した。つまり、求めたい多項式の係数が分からないので、それらを未知数で置き換えたわけだ。そして、与えられたデータから、このa10,...,a109をこれから求めていく。例えば、Seed:23のとき、f1(23)=43309534450633であるから、f1=x^10+ a19 x^9 + a18 x^8 + a17 x^7 +...+ a11 x + a10 の x に23を代入して、」


23^10+ a19 23^9 + a18 23^8 + a17 23^7 +...+ a11 23 + a10 = 43309534450633


「というa10,...,a19に関する方程式が立つ。同様に、他のデータも入れてみると、」


45^10+ a19 45^9 + a18 45^8 + a17 45^7 +...+ a11 45 + a10 = 43309534450633

31^10+ a19 31^9 + a18 31^8 + a17 31^7 +...+ a11 31 + a10= 846949229880161

82^10+ a19 82^9 + a18 82^8 + a17 82^7 +...+ a11 82 + a10=13914492061171318607

42^10+ a19 42^9 + a18 42^8 + a17 42^7 +...+ a11 42 + a10= 17496788319767527

69^10+ a19 69^9 + a18 69^8 + a17 69^7 +...+ a11 69 + a10= 2482167502723212151

28^10+ a19 28^9 + a18 28^8 + a17 28^7 +...+ a11 28 + a10= 307167017313773

33^10+ a19 33^9 + a18 33^8 + a17 33^7 +...+ a11 33 + a10= 1579440828553963

77^10+ a19 77^9 + a18 77^8 + a17 77^7 +...+ a11 77 + a10= 7423084163014966447

52^10+ a19 52^9 + a18 52^8 + a17 52^7 +...+ a11 52 + a10= 147389519791195397


「となる。すなわち、最初の式を合わせて、」


23^10+ a19 23^9 + a18 23^8 + a17 23^7 +...+ a11 23 + a10 = 43309534450633

45^10+ a19 45^9 + a18 45^8 + a17 45^7 +...+ a11 45 + a10 = 43309534450633

31^10+ a19 31^9 + a18 31^8 + a17 31^7 +...+ a11 31 + a10= 846949229880161

82^10+ a19 82^9 + a18 82^8 + a17 82^7 +...+ a11 82 + a10=13914492061171318607

42^10+ a19 42^9 + a18 42^8 + a17 42^7 +...+ a11 42 + a10= 17496788319767527

69^10+ a19 69^9 + a18 69^8 + a17 69^7 +...+ a11 69 + a10= 2482167502723212151

28^10+ a19 28^9 + a18 28^8 + a17 28^7 +...+ a11 28 + a10= 307167017313773

33^10+ a19 33^9 + a18 33^8 + a17 33^7 +...+ a11 33 + a10= 1579440828553963

77^10+ a19 77^9 + a18 77^8 + a17 77^7 +...+ a11 77 + a10= 7423084163014966447

52^10+ a19 52^9 + a18 52^8 + a17 52^7 +...+ a11 52 + a10= 147389519791195397


「という10変数、10本の連立方程式が立てられたわけだ。そう、連立方程式といえば…」

「グレブナー基底!」


横にいた環奈が元気よく答える。


「そう、その通り。変数a10,...,a19を持つ多項式たち」


23^10+ a19 23^9 + a18 23^8 + a17 23^7 +...+ a11 23 + a10 - 43309534450633,

45^10+ a19 45^9 + a18 45^8 + a17 45^7 +...+ a11 45 + a10 - 43309534450633,

31^10+ a19 31^9 + a18 31^8 + a17 31^7 +...+ a11 31 + a10 - 846949229880161,

82^10+ a19 82^9 + a18 82^8 + a17 82^7 +...+ a11 82 + a10 -13914492061171318607,

42^10+ a19 42^9 + a18 42^8 + a17 42^7 +...+ a11 42 + a10 - 17496788319767527,

69^10+ a19 69^9 + a18 69^8 + a17 69^7 +...+ a11 69 + a10 - 2482167502723212151,

28^10+ a19 28^9 + a18 28^8 + a17 28^7 +...+ a11 28 + a10 - 307167017313773,

33^10+ a19 33^9 + a18 33^8 + a17 33^7 +...+ a11 33 + a10 - 1579440828553963,

77^10+ a19 77^9 + a18 77^8 + a17 77^7 +...+ a11 77 + a10 - 7423084163014966447,

52^10+ a19 52^9 + a18 52^8 + a17 52^7 +...+ a11 52 + a10 - 147389519791195397


「から生成されるイデアルのグレブナー基底を求めればいい。実際、数式処理ソフトでグレブナー基底を計算すると、」


{a10-1,a11-1,a12-1,a13-1,a14-1,a15-1,a16-1,a17-1,a18-1,a19-1}


「グレブナー基底として得られ、つまり、」


a10=1

a11=1

a12=1

a13=1

a14=1

a15=1

a16=1

a17=1

a18=1

a19=1


「という連立方程式の解が得られた。すなわち、」


f_1=x^10+x^9+x^8+x^7+x^6+x^5+x^4+x^3+x^2+x+1


「がスマホの数字データ(一番左上)を補間した多項式になるというわけだ。実際、f_1にSeed:21を代入してみると、f_1(21)=17513875027111となり、今日表示された」


17513875027111 18389568778466

7547646142636 18391563074690

17555674251512 17555304537100

17555574300726 16679880978202

16679880867090 17474161024804

Seed:21


「の一番上の左の数に合致している。いうならば、グレブナー基底を使って数字の法則性を暴いたっていうわけだ。同様に、他の位置の数も多項式で補間してあげれば、」


f_1=x^10+x^9+x^8+x^7+x^6+x^5+x^4+x^3+x^2+x+1

f_2=x^10+2x^9+3x^8+4x^7+5x^6+6x^5+7x^4+8x^3+ 9x^2+10x+11

f_3=x^10-11x^9-10x^8-9x^7-8x^6-7x^5-6x^4-5x^3-4x^2-3x-2

f_4=x^10+2x^9+3x^8+5x^7+7x^6+11x^5+13x^4+17x^3+19x^2+23x+29;

f_5=x^10+x^9+2x^8+3x^7+5x^6+8x^5+13x^4+21x^3+34x^2+55x+89

f_6=x^10+x^9+2x^8+3x^7+x^6+2x^5+3x^4+x^3+2x^2+3x+1

f_7=x^10+x^9+2x^8+3x^7+4x^6+5x^5+4*x^4+3x^3+2x^2+x

f_8=x^10+1

f_9=x^10-111111

f_10=x^10+x^9+x+1


「という10個の多項式が得られる。つまり、Seedから10個の数字を生成する規則性を求められたってことさ。これを利用すれば、高速暗算しなくても、Seedを多項式の和」


f_1+f_2+f_3+f_4+f_5+f_6+f_7+f_8+f_9+f_10


「に代入すれば、10個の数の和を計算できる。こんな感じにな。」


俺はスマホのディスプレイを見る。

そこには新しい数字群が表示されていた。


8354627297959801 8574485911064006

5789610145077406 8574630645109454

8360268504778136 8360253864086320

8360264693422200 8140406085191602

8140406085080490 8349134446350400

Seed:39


Seed:39 の x=39 を、

f_1+f_2+f_3+f_4+f_5+f_6+f_7+f_8+f_9+f_10に代入すると、


f_1+f_2+f_3+f_4+f_5+f_6+f_7+f_8+f_9+f_10=81004087678119815


これが門のパスワードだ。

俺が扉のパネルに音声入力すると、ガチャっと門が開いた。


「ぐぬぬぬぬ。オラのパスワードがああ!!」


蓬莱は絶叫し、膝から崩れる。


「お兄ちゃん!おめでとう!」

「環奈、ありがとう。」

「さすがはグレブナー基底だね!」

「ま、今回の場合、一次連立方程式だから、グレブナー基底を使うまでなかったけどな。行列とかの線形代数の手法が速いだろう。」

「へー、そうなんだ。」

「でも、グレブナー基底を使って規則性を見破るというのは現実でも使われているぞ。例えば、暗号分野においては、『グレブナー基底攻撃』といったグレブナー基底を使った暗号の解読方法も注目されている。」

「グレブナー基底攻撃……なんだか仰々しいね。」

「ともかく、先を急ごう。」


俺たちは門を潜り、屋敷の中に入った。

屋敷は広く、日本庭園のような静かな雰囲気を醸し出していた。

しかし、誰の姿も見えない。


「貴様、本条圭介だな?」


突如聞こえた声に、俺は「誰だ!」と返す。


「くく……蓬莱がやられたようだな。」

「しかし、奴は我ら四門番しもんばんの中でも最弱。」

「四門番の面汚しよ……」


煙幕とともに、3人の女が出現した。


「北門門番、風霧かぜきり濃霧のうむです。風速の濃霧って呼んでくださいね。好きな言葉は『ベクトル解析』です。」

「東門門番、音無おとなし騒音そうおんです。音速の騒音って呼ぶと嬉しい……かも?好きな言葉は『ラプラス変換』だよ。」

「南門門番、光華こうか星晶せいしょうです。光速の星晶って呼んでくれないと殺しちゃうかな。好きな言葉は『波動方程式』だね。」


なんかすごい名前の奴らが出てきたな。

音無騒音ってなんだよ。どっちだよ。


「ということでー、本条圭介さんは今すぐここから出て行ってもらえますー?」


風切濃霧が俺に話しかけてくる。

彼女は手に鎖鎌くさりがまのようなものを持っており非常に物騒だ。


「おいおい、俺はパスワードを解読して入ったんだぜ?正当な権利を持ってるはずだ。」

「そうはいってもですねー。西門担当の蓬莱ちゃんが許しても、私たちが許さないんですよねー。分かりますー?」

「いや、そんなこと言われても…」

「ねえねえ、こいつうるさくない?黙らせない?黙らせよ!」


音無騒音が横槍を入れてくる。

こいつは拡声器を持っていて、それを通して話してくるので非常に耳が痛い。


「まあまあ、2人とも。ここは間をとって処刑でいいでしょ!」


最後に光華星晶。

こいつにいたっては、手にデーモン・コアを持っているので、一番危なそうだ。


「「賛成ー!!」」


結局、賛成なのかよ。

一体なんなんだこいつら。蓬莱珠世が可愛くみえてくる。


「というわけでー、動かないでくださいねー」


風切濃霧が鎖鎌をぶんぶんぶんと回して、こちらに投げようとする。

ちょちょちょちょ。


「ベクトル場:div《発散》」


案の定、鎖鎌が飛んできた。

おいおい領域を展開してくるんじゃないよ。

こちとらまだ術式も展開してないんだよ。

というかこれ、俺死んだんじゃないか?


「日比高山流、一の型、雄牛ブル!!」


瞬間、群城が風切に攻撃して、鎖鎌は彼方に飛んでいった。


「サンクス!群城!」

「ここはアタシに任せて、圭介お前は先に行け!」

「わ、わかった!」


俺は環奈とともに、屋敷の奥へ向かう。


「ちょっと待ってくださいー。簡単には行かせませんよー。」


風切が再び俺の前に現れた。

群城の雄牛ブルが効いてない……だと!?


「病的な微分不能ワイエルシュトラス!!」


その時、彼女を何者かが襲った。


「ワタシも手伝いマショウ。」

「……杉裏!お前、いたのか!?」

「いましたよ!最初カラ!」

「すまん!恩に着る!」


こうして俺と環奈は家屋へと侵入することができた。


「なんか薄暗くて……不気味だね」


環奈は肩をすぼませながらそうつぶやく。


「とりあえず、りんを探してみよう。」

「うん…わかった!」


長い廊下をゆっくりと進んでいく。

しかし、人の気配というものがまったく感じられない。

本当にここにりんがいるんだろうか。


「何かお探しやろか?」


背後からの声に思わず「うわっ」と声を漏らした。

背の高い、和服を来た男がそこに立っている。

細い目はどこか妖のような雰囲気をしている。


「お、お前は誰だ!?」

「うちは、竹内層といいます。あんたは本条圭介はんやなあ?」


竹内層、聞いたことがある。

確か、数連合の高層の第4位だ。

なぜそんな男がここに…?


「あ、あれ?環奈は!?」

「環奈……?お知り合いですか?うちが来た時にはあんたしかおらんかったやで。」

「そ、そんな馬鹿な…」

「屋敷は広いからなぁ。迷ったんですやろ。とりあえずうちの部屋に来てみいや。」

「いや、でも……!」

「そう言わずに、ほら。」


俺は動揺したまま、竹内に誘われて和室の中に入った。

そこは畳が一杯に広がった、何もない部屋だった。


「屋敷の使用人に声かけたんで、直に妹さんも見つかるでしょう。」

「……やっぱり、俺、探してきます!」

「それより、本条はん、誰か人を探しててここへ来たんじゃありまへんか?」

「え?」

「例えば、北条りんという女性を。」

「お前、りんを知ってるのか!?」


俺が声を荒げると、竹内層はにんまりと口角をあげた。


「まあまあ、落ち着いて。環奈ちゃんが見つかるのも、環が見つかるのも、本条はん、あんた次第や。」

「俺次第……だと?」

「今からうちと勝負をして、本条はんが勝ったら、環奈ちゃんと環の身柄を渡すと約束します。」

「お前、やっぱり環奈をさらって……!」

「でももし本条はんが負けたら、2人を返さない上に、本条はんの大事なものをもらわせてもらうで。」

「大事なもの…?」


竹内層は白い指をすっと立てて、俺の頭を指した。


「それは、本条はんの記憶や。」


記憶……?

何をいってるんだこいつは。


「うちのスキル『暴虐関手ブルータル・ファンクター』は、忘却関手のように、対象から特定の記憶を奪うことができるんや。」

「ふざけるな!そんな超能力じみたこと、現実にできるわけねえだろ!」

「ま、追々分かってくると思うで。」


俺の記憶は俺のものだ。

誰にも奪えるものなんかじゃない。

そんなこと当たり前だ。


「そんで、今からやってもらうゲームはこれや。」


そういって竹内は、トランプより一回り大きいカードを、床にばら撒いた。

一枚一枚に鎌を持った悪魔のような絵が描かれている。

俺はそのうちの1つをめくって裏返した。


「白紙……?何も書かれてないぞこれ。」

「そうや。今からうちと本条はんでそこに命題を書き込んでいくんや。」

「命題……?」

「題して、そのゲームの名は……」


その時、カードの絵の悪魔が笑ったような気がした。


「死神同値」

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