アディショナル・ゲーム(終編-2)

『敗着』


「この水量、いよいよダムの放流が始まったようデスねえ……」


杉裏解析が、眼鏡についた血を拭きながらつぶやく。

群城すずは、相変わらず膝を屈しているままだ。

ごおおおおという水の轟音が二人の間を流れる。


「こちらもそろそろオワリにしマスか。」


杉裏解析は、群城の頭に目がけて足を振り下ろした。

ズンという鈍い音が森の中に響く。


「フッ。何かすると思ったら大したことなかったデスねえ。しかし、あなたも不運デス。あの本条圭介とかいう無能バカに関わらなけレバ、命を落とすこともなかったノニ……」


微笑を浮かべながら群城の方を見る杉裏解析。

しかし、そこには予期していない光景があった。


「そろそろ、か……」


群城すずは、左腕で攻撃をガードしながら、ぽつりとつぶやいた。

その表情に杉裏解析は、この日初めて恐怖というものを感じた。


「ナッ!一度ワタシの微分を防いだからってナンデスかっ!?アナタの敗北はスデに決まっているのデス!ここからアナタが勝つ状況など矛盾でしかないのデスからっ!」

「…………矛盾?」


エエ!と杉裏解析は、態勢を立て直しながら続ける。


「よく日本のマンガなどでは、最後の最後で主人公が思わぬ必殺技を発動して、逆転!なんてものがありマスが、ハッキリいって矛盾でショウ!そんな必殺技あるのなら最初から使えばいいダケデス!命を賭けた戦いで全力を出さないなんてアリエナイでショウ!」


大げさな身振りをしながら、杉裏解析はさらにヒートアップする。


「マア、『土壇場ですごい力を身につけた』という言い訳もありマス。うんうん。あるある。って、そんなご都合主義あるわけないでショウ!ピンチの時に必ず逆転できるナラ、悪役側も逆転シテますよ!ホワイジャパニーズヒーロー!?アリエナイ!!…………そして、今のアナタの状況で言うのなら!」


・群城すずが、すごい必殺技を隠し持っていて逆転

→最初から使えばいいので矛盾。

・群城すずが、奇跡的にすごい能力を会得して逆転

→そんな都合のいい状況は現実的に起きない矛盾。

・群城すずは、痛めつけられるほど強くなるスキルの持ち主

→普通痛めつけられるほど弱くなるので矛盾。

・群城のピンチに誰かが助けに来る

→本条圭介、南條体、本条環奈の他に仲間はいないことは確認済みなので矛盾。

・隕石が落ちて助かる

→気象衛星の情報的に落ちるわけないので矛盾。


「というようにあらゆる可能性を考慮しても矛盾しか出てこないのデス!」


演説が終わり満足する杉裏解析。

しかし、期待とは裏腹に、群城すずは笑っていた。


「おいおい。『証明できないから間違い』ってのは、数学の証明としては0点だぜ?」


群城の右腕が赤く熱を帯び始める。

Tシャツの袖が肩まで捲られ、服に付いた水分はどんどん蒸発していく。


「All or Nothing. この技は0か100かしか調整できないんだ。だから、相手を殺さないために、予め自身が必要がある。」


群城はブン、ブンと腕を大きく回す。

空気が震える音が、流れる川の轟音よりも大きく聞こえる。

杉裏解析は、その姿よりも測定された数値に驚きを感じていた。


「ナンですか……この数力は……!?いいえ数力眼鏡スーラカウンターの故障に決まってマス……!!だって、53万なんて高層レベルなんデスから……!!アリエナイ……!!アリエナイ……!!」


杉裏解析は震える手で眼鏡を掛け直す。

そうして深呼吸をして、体を構えた。


「いいでショウ……!!全力で相手をシテあげマス……!!ワタシの必殺数撃クードグラースで……!!」


杉裏解析の黒い革靴の先から2本のナイフが出現する。

瞬間、ブレイクダンスのように杉裏解析は上逆さまになる。

長い足が鋭利な関数のように、群城の顔を目掛けて伸びた。


病的な微分不能ワイエルシュトラス!!」


……群城がこの技を習得したのは、13歳の時だった。

自らを鍛えたいと近所の道場に入門し、最初に学んだものがこれだった。

何百も何千も何万も正拳突きを繰り返し、それは完成された。


「日比高山流、一の型、」


「技」という観点でみるならば、杉裏解析の「病的な微分不能ワイエルシュトラス」の方が、はるかに技巧を凝らした良い技と言えるだろう。

上方からの攻撃「微分フレッシェ」を警戒している相手に対し、あえて下方から刺すようにして動揺を与える。さらに、ナイフにより伸びたリーチは、避ける暇も与えず、首を一突きする。この他にも色々なことが病的なまでに計算されている「病的な微分不能ワイエルシュトラス」は、杉裏解析のまさに最高傑作と言える。


ただ、群城の「ただ殴る」だけの型の前では、それはあまりに複雑すぎたかもしれない。

ナイフの切っ先を破壊した群城の右腕に、すべての力が集約される。


雄牛ブルッッ!!」


その拳は、杉裏解析のみぞおちに直撃する。


「ひでぶっ!!!!」


よだれ、涙、汗。顔からありとあらゆる体液を出した杉裏解析は、そのまま滝壺の方に落ちていった。

割れた眼鏡の破片だけが、群城の前に残される。

乱れた髪を直して群城は言った。


本条圭介どうていを馬鹿にする背理法どうていは、アタシが死んでも許さない。」


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群城すず vs 杉裏解析

勝者:群城すず。

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***


「ただいまダム上流からの放流が開始されました。10分ほどで、この場所は水没していることでしょう。お二方は冷静に、平静に、早急にゲームを遂行くださいませ。」


平等院命題は、まるで大したことではないかのように、淡々と状況を説明する。

場には、俺が先ほど出した11が置かれている。

現在は、導来の番だ。


本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,3,4,5,5,6,7,7,8,8,9,12,13

場:11

手番:導来


導来が場に出せる選択肢としては、11より大きい素数13しかない。

しかし、導来の手は動かない。

当たり前だ。

今、導来の頭の中は、嘘と真実が混在しているからだ。


思考というものは、1つ1つの判断の積み重ねだ。

数学だって、小さい命題や補題を積み重ねて大きな定理を証明する。

しかし、数学をしていると、絶対に成り立たない定理が得られてしまうことがある。

それは、今まで証明してきた命題のどこかが間違っていて、矛盾を生んでしまっているケースだ。

これまで仲間だと信じてきた命題が、一変して疑惑の塊になる。


導来は、「俺には6桁の素数は出せない」という主張が真であると信じてきた。

それゆえ、358769を出して勝利を確信した。

だが、俺が素数524287を出したことで、信じてきた仮定が一気に崩れ去った。

俺が先行決めで出した1213、最初に間違えて出した57、大量の12枚の偽素数、そして、358769。

導来は、俺の今までの行動すべてを疑い始めているだろう。

いやそれだけに止まらず、自身が524287にした「ダウト」ですら、正しい選択だったのか疑っているはずだ。


疑念という毒は、思考を麻痺させる。

考えれば考えるほど、時間は消費されていく。

この素数大富豪において、時間の浪費は致命的だ。


もうすぐ、50秒になる。

導来の手はまだ動かない。

57、58、59………


13


1分ギリギリのところで、カードがテーブルに置かれた。

カードは13。

パスではなく、出すを選択したというわけだ。


「それでは、本条さま、出す、パス、ダウトの内から1分以内に1つ選択してください!」


俺は迷わずパスを選択した。

導来の思考時間を削る。

それが今俺のできる最善の選択だ。


本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,3,4,5,5,6,7,7,8,8,9,12

場:なし

手番:導来


手番は導来の番に移る。

疑心暗鬼。

導来には、俺が524287を出せたトリックは分からない。

ゆえに、出せる素数があったとしても、また返りうちにされるのではないかという不安でいっぱいなはずだ。

そして、さっき13を出したことで、既存の素数、358769、524287を両方出すことはもう出来ない。

仮にそれを出してしまうと、手札に12だけが残ってしまい敗北が決定するからだ。

そもそも俺が11を出したのは、これを目的に13を出させるためだった。


導来は相変わらず動かない。

迷え!もっと迷え!

今、ゲームの流れは間違いなく俺に来ているはずだ。

この素数大富豪は、数学的能力だけで決まるものではない。

相手をいかに揺さぶることができるか、つまり、心理戦のような面が大きい。

そして、現在、相手をうまく動揺させているのは間違いなく俺だ。


パタン。


導来の1分が終わる1秒前、1枚のカードが場に置かれた。

奴の手札から落ちるように出された数字は、俺の予想していたどの数字とも違った。


12


素数でも大きな偽素数でもない、単なる12だ。

攻撃に使うこともハッタリに使うこともできない小さな偽素数だ。

何が目的なんだ?


俺は、迷わずダウトする。

12はそのまま導来の手札に戻る。


……この12には、なんというか意志が感じられなかった。

まるで、機械的に出したような……。


「同時に処理する副作用『並列処理パラレルプロセス』」


導来はぽつりぽつりと話し始めた。


「何回も繰り返す副作用『再帰関数リカーシブ』、集中状態になる副作用『雑音消去(ノイズキャンセリング)』、暗算で計算する副作用『作業記憶ワーキングメモリ』、自動で推論する副作用『自動証明オートマティック』……」


まるで命令を受けたマシンのように、スラスラと能力を読み上げていく。

その表情は固く、冷たい。


「これらの能力を組み合わせることで、計算は完遂した。」


導来はゆっくりと、持っていた手札をすべてテーブルに置いた。

その異様なまでの冷静さに、俺は背筋を凍らせた。


「計算?何の計算だy」


そう言いかけた次の瞬間、俺は、すべてを悟り絶望した。


「2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73,79,83,89,97,101,103,107,109,113,127,131,137,139,149,151,157,163,167,173,179,181,191,193,197,199,211,223,227,229,233,239,241,251,257,263,269,271,277,281,283,293,307,311,313,317,331,337,347,349,353,359,367,373,379,383,389,397,401,409,419,421,431,433,439,443,449,457,461,463,467,479,487,491,499,503,509,521,523,541,547,557,563,569,571,577,587,593,599,601,607,613,617,619,631,641,643,647,653,659,661,673,677,683,691,701,709,719,727,733,739,743,751,757,761,769,773,787,797,809,811,821,823,827,829,839,853,857,859,863,877,881,883,887,907,911,919,929,937,941,947,953,967,971,977,983,991,997,1009,1013,1019,1021,1031,1033,1039,1049,1051,1061,1063,1069,1087,1091,1093,1097,1103,1109,1117,1123,1129,1151,1153,1163,1171,1181,1187,1193,1201,1213,1217,1223,1229,1231,1237,1249,1259,1277,1279,1283,1289,1291,1297,1301,1303,1307,1319,1321,1327,1361,1367,1373,1381,1399,1409,1423,1427,1429,1433,1439,1447,1451,1453,1459,1471,1481,1483,1487,1489,1493,1499,1511,1523,1531,1543,1549,1553,1559,1567,1571,1579,1583,1597,1601,1607,1609,1613,1619,1621,1627,1637,1657,1663,1667,1669,1693,1697,1699,1709,1721,1723,1733,1741,1747,1753,1759,1777,1783,1787,1789,1801,1811,1823,1831,1847,1861,1867,1871,1873,1877,1879,1889,1901,1907,1913,1931,1933,1949,1951,1973,1979,1987,1993,1997,1999,2003,2011,2017,2027,2029,2039,2053,2063,2069,2081,2083,2087,2089,2099,2111,2113,2129,2131,2137,2141,2143,2153,2161,2179,2203,2207,2213,2221,2237,2239,2243,2251,2267,2269,2273,2281,2287,2293,2297,2309,2311,2333,2339,2341,2347,2351,2357,2371,2377,2381,2383,2389,2393,2399,2411,2417,2423,2437,2441,2447,2459,2467,2473,2477,2503,2521,2531,2539,2543,2549,2551,2557,2579,2591,2593,2609,2617,2621,2633,2647,2657,2659,2663,2671,2677,2683,2687,2689,2693,2699,2707,2711,2713,2719,2729,2731,2741,2749,2753,2767,2777,2789,2791,2797,2801,2803,2819,2833,2837,2843,2851,2857,2861,2879,2887,2897,2903,2909,2917,2927,2939,2953,2957,2963,2969,2971,2999,3001,3011,3019,3023,3037,3041,3049,3061,3067,3079,3083,3089,3109,3119,3121,3137,3163,3167,3169,3181,3187,3191,3203,3209,3217,3221,3229,3251,3253,3257,3259,3271,3299,3301,3307,3313,3319,3323,3329,3331,3343,3347,3359,3361,3371,3373,3389,3391,3407,3413,3433,3449,3457,3461,3463,3467,3469,3491,3499,3511,3517,3527,3529,3533,3539,3541,3547,3557,3559,3571,3581,3583,3593,3607,3613,3617,3623,3631,3637,3643,3659,3671,3673,3677,3691,3697,3701,3709,3719,3727,3733,3739,3761,3767,3769,3779,3793,3797,3803,3821,3823,3833,3847,3851,3853,3863,3877,3881,3889,3907,3911,3917,3919,3923,3929,3931,3943,3947,3967,3989,4001,4003,4007,4013,4019,4021,4027,4049,4051,4057,4073,4079,4091,4093,4099,4111,4127,4129,4133,4139,4153,4157,4159,4177,4201,4211,4217,4219,4229,4231,4241,4243,4253,4259,4261,4271,4273,4283,4289,4297,4327,4337,4339,4349,4357,4363,4373,4391,4397,4409,4421,4423,4441,4447,4451,4457,4463,4481,4483,4493,4507,4513,4517,4519,4523,4547,4549,4561,4567,4583,4591,4597,4603,4621,4637,4639,4643,4649,4651,4657,4663,4673,4679,4691,4703,4721,4723,4729,4733,4751,4759,4783,4787,4789,4793,4799,4801,4813,4817,4831,4861,4871,4877,4889,4903,4909,4919,4931,4933,4937,4943,4951,4957,4967,4969,4973,4987,4993,4999,5003,5009,5011,5021,5023,5039,5051,5059,5077,5081,5087,5099,5101,5107,5113,5119,5147,5153,5167,5171,5179,5189,5197,5209,5227,5231,5233,5237,5261,5273,5279,5281,5297,5303,5309,5323,5333,5347,5351,5381,5387,5393,5399,5407,5413,5417,5419,5431,5437,5441,5443,5449,5471,5477,5479,5483,5501,5503,5507,5519,5521,5527,5531,5557,5563,5569,5573,5581,5591,5623,5639,5641,5647,5651,5653,5657,5659,5669,5683,5689,5693,5701,5711,5717,5737,5741,5743,5749,5779,5783,5791,5801,5807,5813,5821,5827,5839,5843,5849,5851,5857,5861,5867,5869,5879,5881,5897,5903,5923,5927,5939,5953,5981,5987,6007,6011,6029,6037,6043,6047,6053,6067,6073,6079,6089,6091,6101,6113,6121,6131,6133,6143,6151,6163,6173,6197,6199,6203,6211,6217,6221,6229,6247,6257,6263,6269,6271,6277,6287,6299,6301,6311,6317,6323,6329,6337,6343,6353,6359,6361,6367,6373,6379,6389,6397,6421,6427,6449,6451,6469,6473,6481,6491,6521,6529,6547,6551,6553,6563,6569,6571,6577,6581,6599,6607,6619,6637,6653,6659,6661,6673,6679,6689,6691,6701,6703,6709,6719,6733,6737,6761,6763,6779,6781,6791,6793,6803,6823,6827,6829,6833,6841,6857,6863,6869,6871,6883,6899,6907,6911,6917,6947,6949,6959,6961,6967,6971,6977,6983,6991,6997,7001,7013,7019,7027,7039,7043,7057,7069,7079,7103,7109,7121,7127,7129,7151,7159,7177,7187,7193,7207,7211,7213,7219,7229,7237,7243,7247,7253,7283,7297,7307,7309,7321,7331,7333,7349,7351,7369,7393,7411,7417,7433,7451,7457,7459,7477,7481,7487,7489,7499,7507,7517,7523,7529,7537,7541,7547,7549,7559,7561,7573,7577,7583,7589,7591,7603,7607,7621,7639,7643,7649,7669,7673,7681,7687,7691,7699,7703,7717,7723,7727,7741,7753,7757,7759,7789,7793,7817,7823,7829,7841,7853,7867,7873,7877,7879,7883,7901,7907,7919,7927,7933,7937,7949,7951,7963,7993,8009,8011,8017,8039,8053,8059,8069,8081,8087,8089,8093,8101,8111,8117,8123,8147,8161,8167,8171,8179,8191,8209,8219,8221,8231,8233,8237,8243,8263,8269,8273,8287,8291,8293,8297,8311,8317,8329,8353,8363,8369,8377,8387,8389,8419,8423,8429,8431,8443,8447,8461,8467,8501,8513,8521,8527,8537,8539,8543,8563,8573,8581,8597,8599,8609,8623,8627,8629,8641,8647,8663,8669,8677,8681,8689,8693,8699,8707,8713,8719,8731,8737,8741,8747,8753,8761,8779,8783,8803,8807,8819,8821,8831,8837,8839,8849,8861,8863,8867,8887,8893,8923,8929,8933,8941,8951,8963,8969,8971,8999,9001,9007,9011,9013,9029,9041,9043,9049,9059,9067,9091,9103,9109,9127,9133,9137,9151,9157,9161,9173,9181,9187,9199,9203,9209,9221,9227,9239,9241,9257,9277,9281,9283,9293,9311,9319,9323,9337,9341,9343,9349,9371,9377,9391,9397,9403,9413,9419,9421,9431,9433,9437,9439,9461,9463,9467,9473,9479,9491,9497,9511,9521,9533,9539,9547,9551,9587,9601,9613,9619,9623,9629,9631,9643,9649,9661,9677,9679,9689,9697,9719,9721,9733,9739,9743,9749,9767,9769,9781,9787,9791,9803,9811,9817,9829,9833,9839,9851,9857,9859,9871,9883,9887,9901,9907,9923,9929,9931,9941,9949,9967,9973,………9999999999999999999999999990007,9999999999999999999999999990089,9999999999999999999999999990241,9999999999999999999999999990317,9999999999999999999999999990469,9999999999999999999999999990713,9999999999999999999999999990919,9999999999999999999999999990971,9999999999999999999999999990991,9999999999999999999999999991159,9999999999999999999999999991357,9999999999999999999999999991391,9999999999999999999999999991477,9999999999999999999999999991511,9999999999999999999999999991523,9999999999999999999999999991687,9999999999999999999999999991693,9999999999999999999999999991771,9999999999999999999999999991843,9999999999999999999999999991871,9999999999999999999999999991937,9999999999999999999999999992201,9999999999999999999999999992377,9999999999999999999999999992471,9999999999999999999999999992561,9999999999999999999999999992603,9999999999999999999999999992611,9999999999999999999999999992623,9999999999999999999999999992777,9999999999999999999999999992887,9999999999999999999999999993059,9999999999999999999999999993131,9999999999999999999999999993349,9999999999999999999999999993463,9999999999999999999999999993469,9999999999999999999999999993521,9999999999999999999999999993559,9999999999999999999999999993569,9999999999999999999999999993677,9999999999999999999999999993779,9999999999999999999999999993847,9999999999999999999999999993853,9999999999999999999999999993857,9999999999999999999999999993889,9999999999999999999999999993911,9999999999999999999999999993941,9999999999999999999999999994091,9999999999999999999999999994339,9999999999999999999999999994471,9999999999999999999999999994547,9999999999999999999999999994577,9999999999999999999999999994583,9999999999999999999999999994807,9999999999999999999999999995023,9999999999999999999999999995059,9999999999999999999999999995107,9999999999999999999999999995243,9999999999999999999999999995267,9999999999999999999999999995459,9999999999999999999999999995473,9999999999999999999999999995507,9999999999999999999999999995639,9999999999999999999999999995719,9999999999999999999999999995759,9999999999999999999999999995779,9999999999999999999999999995873,9999999999999999999999999996083,9999999999999999999999999996101,9999999999999999999999999996157,9999999999999999999999999996313,9999999999999999999999999996379,9999999999999999999999999996409,9999999999999999999999999996473,9999999999999999999999999996557,9999999999999999999999999996631,9999999999999999999999999996659,9999999999999999999999999996793,9999999999999999999999999996803,9999999999999999999999999996817,9999999999999999999999999996851,9999999999999999999999999996901,9999999999999999999999999996923,9999999999999999999999999996949,9999999999999999999999999997037,9999999999999999999999999997063,9999999999999999999999999997087,9999999999999999999999999997133,9999999999999999999999999997199,9999999999999999999999999997279,9999999999999999999999999997333,9999999999999999999999999997469,9999999999999999999999999997499,9999999999999999999999999997597,9999999999999999999999999997613,9999999999999999999999999997619,9999999999999999999999999997697,9999999999999999999999999997699,9999999999999999999999999997901,9999999999999999999999999997903,9999999999999999999999999998017,9999999999999999999999999998041,9999999999999999999999999998143,9999999999999999999999999998173,9999999999999999999999999998267,9999999999999999999999999998383,9999999999999999999999999998437,9999999999999999999999999998497,9999999999999999999999999998629,9999999999999999999999999998647,9999999999999999999999999998693,9999999999999999999999999998701,9999999999999999999999999998707,9999999999999999999999999998753,9999999999999999999999999998839,9999999999999999999999999998887,9999999999999999999999999998893,9999999999999999999999999998929,9999999999999999999999999999089,9999999999999999999999999999107,9999999999999999999999999999383,9999999999999999999999999999389,9999999999999999999999999999421,9999999999999999999999999999469,9999999999999999999999999999511,9999999999999999999999999999571,9999999999999999999999999999601,9999999999999999999999999999677,9999999999999999999999999999751,9999999999999999999999999999823,9999999999999999999999999999887,9999999999999999999999999999919,9999999999999999999999999999973」


想定し得る想定外の最悪の事態が起きた。


過剰性能オーバースペック、タイプ:『超過性能オーバーフロー』。自身のスペックを最大限に上げ、俺自身の演算能力を極限まで高めた。その結果、」


導来の背後に暗く巨大な影が見える。


「素数大富豪で出る可能性のある31桁以下の素数、2から9999999999999999999999999999973までをすべて計算した。これにより、現在のオレの手札から出し得る素数はすべて網羅した。」


膨大な数の素数が、動き回りながら黒い影を形成している。

その姿は……巨人。


導来圏は、素数の怪物となった。


***


「お姉さまああ〜??早く出てきてくださいなああー?」


森林。

内打位相こと、白百合桃は、太枝切鋏を片手に、日傘を差しながら南條体を捜索していた。

彼女が両手にしている厚手のロンググローブには、赤い血痕が染み付いている。


「すぐに治療いたしませんと、お顔に傷が残ってしまいますわよー?」


乱れる息を押し殺しながら、木々の間を縫うように歩く南條。

そのこめかみには、切り傷が1本走り、そこから血が流れていた。

南條は、この傷が付いた時のことを振り返る――


白百合桃が発狂し、切鋏を取り出した直後。

戦闘体制に入った南條に、思いもよらぬものが降りかかった。


「世界にトポロジーの光を!!!」


そう叫んだ白百合桃の懐から、強い光が放射される。

白い光に包まれた南條は、近づく鋏の対応に遅れた。

鋭利な刃は、首を外れ、眼鏡の縁に当たった。

眼鏡は2つに割れ、そのまま地面に落下した。


幸い顔には大した傷にはならなかったが、白百合桃のその機動力に、南條は逃げ回る他なかった。


「わたしのお姉さま〜〜!!どこにいらっしゃるの〜〜??」


強力懐中電灯を首にかけながら、白百合桃はそう叫ぶ。


位相空間マイ・スペース


白百合桃は、自身の周りの空間を正確に認識することができる。


(右方15.5度13m先に直径40cmの木、その背後に、全長10cmほどの小動物……)


その空間把握を可能にしているのが、彼女の視力と聴力である。

昔から立体視が得意だった白百合桃は、物体を一目見ただけで、それとの距離や物体の長さなどが数値で頭の中に表示される。

さらに、類まれなる聴力により、自らの発した声の反響を聞き分けることで、見えないものの存在まで掌握することを可能にしていた。


しかし、この2つの超越した能力を持ってすら、彼女は満足しなかった。


(自らの能力を過信し、努力を怠るのは、三流ですわ。空間を把握するには、そもそも死角を作らないことが大事。それが、このレーザー網ですの。)


白百合桃は、予め自らが設置しておいた無数のレーザーの光を見渡す。

装置は、森の至るところに設置され、木の後ろなど隠れられそうな箇所には、赤い光が通っている。

仮に木の背後に隠れると、レーザーが途切れるため、そこに潜んでいることが離れた場所から分かるという算段だ。


(これで、わたしの位相空間マイ・スペースが届かない範囲でも、大体どこにいるか知れるというわけですわ。)


一方、南條は、人の長さほどの木の棒を集め、1つにまとめていた。


(自らの能力を過信するのは、三流。でも、努力をするのも二流ですわ。一流は、毒を操りますの。)


南條は、まとめた木々を大きなケヤキの背後に置いた。


(お姉さまは頭がいいですから、すぐレーザーの仕掛けに気がつくでしょう。そして、それを逆に利用しようとする。例えば、木の棒などでレーザーを遮り、まるでそこにいるかのように偽装をする。)


南條は、木々を置いたケヤキとは別の木の裏に隠れた。


(ふふっ。そこまではわたしも計算済みですわ。だから、さらにその裏をかいた。)


隠れている南條の背中にレーザーが当たっている。


(実は仕掛けられているレーザーは一種類ではなく、中には普通のものより色が薄いものが混じってますの。わたしの視力でもやっと見えるレベルの。まして赤く濃いレーザーを警戒しているならば、この薄いレーザーが見えるはずがない。心理的な盲点ですわね。)


南條は息を潜めて、白百合桃が偽の木の方に誘導されるのを待っている。


(そして、わざと濃いレーザーがない隠れやすい場所を作っておいて、そこにお姉さまを誘導する。でも、そこには、薄いレーザーが張ってあって、そこにお姉さまがいるのは、わたしからは丸わかり♡)


徐々に近づいてくる足音に、南條の心臓は一層高まる。


(これがわたしの毒ですわ。さて、ここからは、音を立てず慎重に行きませんと。お姉さまを襲うその瞬間まで、お姉さまには上手く隠れられていると錯覚してもらいますわ。偽装の木で騙していると思いきや、逆に騙されているとも知らずに……。ふふっ。ああっ!!今からゾクゾクしますわっ!!)


森には、レーザーが遮られた場所が二箇所あった。

濃いレーザーの木の裏と、薄いレーザーの木の裏。

白百合桃は、薄いレーザーの方の木の前に立った。

ゆっくりと日傘を閉じる。


(この後ろにお姉さまが隠れていますわ。まずは、首を一撃。それから、×××の方は処理しましょう。)


南條は息を止めた。

木に背中をぴったりとつけ、白百合桃に察せられないように自らの存在を消した。

木の裏に隠れる南條体。

木の前に立つ白百合桃。


白百合桃は、一瞬で木の裏に周り、切鋏で首の高さを刺した。


グサっっっっっっ!!!!


大きなケヤキの裏には、人並みの大きさの木々が置かれてあった。

白百合桃の鋏は、その中の太い木の棒に刺さっている。


(???????なにが起こったんですの??????)


白百合桃は、急いで周囲の状況を確認する。


(おそらくお姉さまが置いたダミーの木には、間違いなく薄いレーザーが当たってますわ。では、お姉さまが薄いレーザーの存在に気がついて……わざとここにダミーを……?いや、並みの視力ではこのレーザーは視認できませんわ……!!ましてや眼鏡を外した裸眼では………………ハッ!眼鏡!?)


白百合桃は、薄いレーザーが出ている装置を確認する。

そこには濃いレーザー装置の前に、壊れた眼鏡のレンズが置いてあった。


(まさか…!!)


「ご明答。君の考えている通りだ。」


白百合桃のすぐ背後で、南條体の声がした。


「偽装。普通のレーザーの前に眼鏡を置いて、薄いレーザーに偽装した。私が隠れていたのは、薄いレーザーの方ではなく濃いレーザーの方だったんだ。」


(しかし……どうやって薄いレーザーの存在に気づいて……)


「不可。私には最後まで薄いレーザーの確認することはできなかった。だが、君の比類ない視力と聴力、レーザーの当たっていない場所があることなどから、薄いレーザーのトリックは容易に推測することはできた。」


(…………。)


白百合桃は、右手の切鋏を強く握りしめた。


(……ふっ。所詮は背後を取られただけ。お姉さまの戦闘力を考えれば、まだわたしに分がありますわ。)


「さて。ここからは私の仮説だ。君の視覚と聴覚は、他の感覚器官に比べ、特段優れているわけではない。」


南條は、小さな枝を右手で持って、白百合桃の首の高さまで持ってきた。


「ふふっ。何をおっしゃっているのかしら?ご存知の通り、私の『位相空間(マイ・スペース)』は、視覚と聴覚、その両方を駆使することで空間を把握するスキルですの。」


白百合桃は、喋りながら、その声の反響で南條の身につけているものを把握する。


「否。正確には、他の感覚器官も、視覚・聴覚と同様に鋭敏であると言った方がいいだろう。つまり、君は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、五感のすべてが人よりも敏感なんだ。」

「や、やめてくださいましっ!!」


白百合桃は、何かに気づいたように怯え始めた。


「根拠。私がこのように思う根拠は3つある。1つ目、最初、私に拒絶された時、男くさいと言った点。あれは比喩ではなく、その嗅覚から本当に男くささを感じていたのだろう。いくら女の子のような私でも、体臭は正真正銘の男だ。」

「お姉さまっ!?落ち着いてくださいませっ!!」


白百合桃は、自分の首の近くにある存在に、ひどく動揺する。


「2つ目、わざわざ死角の多い森林の中を戦う場所として選んだ点だ。これは、熱にも敏感なゆえに、涼しい日陰ではないと、熱い外では戦えないからだろう。日傘も直射日光を防ぐためだ。」

「は、話し合いましょう??わたしとお姉さまなら、きっと仲良くなれますわっ!」


南條は、右手に持っている枝の先を、より一層、白百合桃の首に近づけた。


「3つ目、普段、球体の中に入り行動している点だ。これは触覚が過敏であるため、なるべく人との接触を避けるためではないだろうか。夏だというのに、厚手の手袋や肌を隠すゴスロリ服を着ていることも、肌の接触を最小限まで抑えるためだろう。……では、この点を踏まえ、白百合桃に対し、最も効果的な攻撃とはなんだろうか。」

「ああ……ああ……」


白百合桃は、接触する恐怖から、わずかにも動くことができずにいた。


「結論。私の出した答えは、これだった。」


南條は、枝の先に付いた10cmほどの毛虫を、白百合桃の首筋に這わせる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


白百合桃は、そのまま泡を吹き気絶した。

南條は、倒れている白百合桃の懐から、スマートフォンを取り出す。

白百合桃のまぶたを無理やり開け、虹彩認証で、ロックを解除した。


「さて。君たちの本当の黒幕が誰なのか、教えてもらおうか。」


南條が、通信の履歴を確認しようとした瞬間、そのスマートフォンは鳴り出した。

そこに表示された名前に、驚きながらも受話器ボタンを押した。

不気味な声が、電話口から聞こえる。


「やあ、南條くん。久しぶりだね。『僕』だよ。」


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内打位相(白百合桃) vs 南條体

勝者:南條体

************************************************/


***


「うごおおおおお!!!!!!」


素数モンスター。

巨大な素数の怪物が、まるですべてを破壊したい暴君のように、重い唸り声をあげている。

俺はそいつの動きに警戒しながら、周囲の様子を確認していた。


……当たり前だが、この巨人は、俺にしか見えていない。

平等院命題や黒子は、平然とゲームの行く末も見守っている。

となるとこれは……


数楽者イマジン・ラヴァー」の強制発動だ。


本来、危機的な状況の現実逃避として罹患した「数楽者イマジン・ラヴァー」は、俺に強いストレスがかかると勝手に発動する。

この場合、導来から発せられる異様な雰囲気が発動の引き金となったわけだ。


「カッ。カッ。カッ。」


導来がパチパチパチと拍手をしながら話し始める。


「お見事だったぜ。本条圭介。12枚のカードとホワイトボードを利用し、メルセンヌ素数を計算した。しかも、出したのは、524287。これは、2が2枚あるから通常出せない数だ。だが、オレにとって2は禁止素数。単独では出せない死神の数。それを見越して、オレが序盤に2を消費すると考えていたとしたら、大したもんだ。いやあ、感服だよ。」


導来は、矢継ぎ早に俺を褒め始めた。

その様子に俺は、嫌な不気味さを感じていた。


「カッ。凡人ってのは、そうやって愚劣な能力でも、仲間と知恵を振り絞って巨悪に立ち向かったりするんだ。だが、そういう美しい努力も、微笑ましい友情も、かけがえのない勝利も、圧倒的な権力スペックはすべて踏み潰すんだ。いいか、本条圭介……」


導来は、親指を下に向け、舌を出して言った。


「ここからは、ブラフも駆け引きもない、ただの公開処刑だ。」


導来が16桁以下の素数をすべて計算したことにより、戦況は大きく変わった。

追い詰めていると思っていた俺は、今では逆に追い詰められている。


相手は、自分の手札から構成し得るあらゆる素数を知っている。

ダウトされたり、より大きい素数で返された時点で、俺の負けは確定する。

手番を奪われ、巨大な素数を出されてジ・エンドだからだ。

文字通り、というわけだ。


言うならば、これは「詰め素数大富豪」

俺は、これから先、常に最善の一手を指し続けなければならない。

一度でもミスをした瞬間、巨人の足で一蹴される。


「それでは、本条さま!1分以内に、出すカードを選択してください!」


俺は、自分の手札を慎重に確認する。


本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,12,13


一番手っ取り早い手は、手札すべてのカードを使って、素数を1つ作ることだ。

そうすれば、俺の勝利が確定する。

だが、そんなことができれば、すでにやっている。

今までなら、適当に大きな数を出して、ブラフで揺さぶることもできたが、もう不可能だ。

素数を把握されている以上、すぐダウトされて終わりだから。


となると、小さくても、導来の手札から返すことができない素数を出すべきだ。


本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,3,4,5,5,6,7,7,8,8,9,12


例えば、11を出せば、導来は13を持っていないから、パスをせざる負えない。

こんな感じで、小さな素数を少しずつ出していくのが、最善の一手かもしれない。


手札の数字を見ながら熟考していた時、すぐ上から視線を感じた。


「うぼおおおおおおお!!!!!!!!!!」


巨人が急激に接近している。

大丈夫。落ち着け。落ち着け。

巨人は、右足を高く上に揚げ、振り下ろす構えをする。


「残り、10秒でございます!」


こいつ、制限時間直後に、俺を潰すつもりか――


どうする……

考えて、考えて、考えろっ!!

この状況を乗り切る手はなんだ!!!


俺は、手札から、4と3を選び、場に出した。


本条手札:1,1,6,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,3,4,5,5,6,7,7,8,8,9,12

場:43

手番:導来


間一発、巨人の足は、脇に逸れ、水柱が立った。

爆風のような風が俺を襲う。

かすめただけで、なんて圧力だ。

こんな馬鹿でかいものに勝てるものなんて、それこそ同じ巨人しかいない。

エレンみたいに俺も巨人化できるといいのだが。


「本条さまは、43を出されました。導来さま、出す、パス、ダウトから選択してください!」


1秒も立たないうちに、導来は53を出した。


「ほらよ。」


本条手札:1,1,6,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,4,5,6,7,7,8,8,9,12

場:43←53

手番:本条


53は明らかに素数だ。

俺にパスの選択肢はなく、53を超える素数を出すしかない。

巨人は、体制を立て直し、今度は右腕を大きく揚げ始めた。


「本条さまは1分以内に選択してください!」


手札は、残り9枚。

俺の計算力から作れるのは、せいぜい2枚のカードからなる素数。

さっきはとりあえず、43を出したが、このまま2枚出しで乗り切れるのだろうか。


俺は、再び手札の構成を眺める。


1,1,6,9,10,10,11,12,13


全9枚のうち、偶数は 6,10,10,12 の4枚、奇数は 1,1,9,11,13 の5枚。


この素数大富豪では、偶数は注意すべき数だ。

偶数だけでは絶対に素数は作れない。2で割り切れてしまう体。

よって、最後に偶数だけが手札に残った場合、自明に詰むことになる。

つまり、バランスよく奇数と組み合わせて、上手く偶数を消費していかなければならない。


大きいものは残しておくために、なるべく小さな素数を出すとしたら……

この数が妥当か。


俺は、6と1を選び、61を53の上に重ねた。


本条手札:1,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,4,5,6,7,7,8,8,9,12

場:43←53←61

手番:導来


頭上に振り下ろされた拳を、俺は61の盾でガードする。

巨人は、反動でぐらつき後退する。

盾は衝撃で粉々になった。


導来は、自分の手番になると、すぐに127を61の上に重ねた。


本条手札:1,9,10,10,11,12,13

導来手札:2,2,4,5,6,7,8,8,9

場:43←53←61←127

手番:本条


水没も迫っているからか、導来は自分の持ち時間を使うことなく、ほぼノータイムで攻撃してくる。

しかし、その冷静たる対処とは裏腹に、彼の呼吸が少し荒くなっている。

どうかしたのだろうか……


その時、俺の足に冷たい感触が得られた。

――水だ。

ダムの放流により増水した川は、もう俺の足元の高さまで及んでいた。


「カッ。カッ。カッ。ついにここまで来たようだな。早く選択しないと、決着が着く前にお前死ぬぜ。」


導来は、嘲笑うように俺を挑発する。

ちなみに、身長差を平等にした関係から、導来は踏み台の上に立っており、彼にはまだ水は達していない。


「それでは、本条さまの手番でございます!」


一歩間違えれば奈落に落ちる状況は、未だ変わらない。


残り、手札はわずか7枚。

手札も減ったことで、勝ち筋が見えやすくなった。

しかし、これ以上減ると、逆に勝つ選択肢自体がなくなってしまうかもしれない。


……おそらく今、ここが、勝負の分岐点だ。

勝ちへの戦略を見つけられるかどうかの。

大切な人を救えるかどうかの。


俺は意識的に無意識に集中する。

目を閉じて、心の中でつぶやいた。


数楽者イマジン・ラヴァー


「やっていただくゲームは『素数大富豪』素数比べ??トランプを並べるカードの数字ごとに強さが決められて『先に手札を0枚にした方』を勝者カードの強さは素数の大きさで決まります1から13までの13枚のカード13は1枚のカードとしては最強のカード『出す』『パス』『ダウト』からお選びください素数かどうかの疑念を感じた場合はダウトを宣言ダウトを失敗すると手札にいきま場のカードと同じ枚数で作られた数字しか出せない禁止素数が俺と導来に手錠をつけた水死で死す2桁の素数くらいだったら感覚でだいたいわかる偽素数or素数メルセンヌ素数時間の浪費は致命的膨大な数の素数が動き回りながら黒い影を形成素数の怪物ブラフもハッタリも意味ない巨人に勝てるのは巨人だけ」


!!!


その時、俺は悪魔的な戦略を思いついた。


いや……待てよこれ本当にできるのか……

成功確率でいえば、5分5分。

それでも無策で挑むよりは勝てる可能性は高い。

何よりこの作戦ならば、確実に導来の虚をつける。


俺は、911を場に出した。


本条手札:1,10,10,12,13

導来手札:2,2,4,5,6,7,8,8,9

場:43←53←61←127←911

手番:導来


43,53,61,127,911と、素数は積み重なり高い塔を作る。

俺の策略が成功するかどうかは、この911が素数かどうかに懸かっている。

一応ざっと計算したが、911という数字は大きすぎて、素数という確証は持てていない。

神話では、高すぎたバベルの塔は神の怒りを買ったが、この素数の塔は巨人により崩されてしまうのだろうか。


導来の手番が始まって、30秒後、その口はゆっくりと動く。

川の轟音にも掻き消されず、それははっきりと聞こえた。


「ダウト」


巨人は全てを破壊した。


***


「……それって、どういう意味ですか?」


モニター室。

いきなりの言葉に、本条環奈は、平等院補題に聞き返した。


「んん〜〜☆☆ どういう意味って、そのままの意味だよ〜☆☆ 環奈ちゃんは、クソヒロインってこと☆☆」


本条環奈は、唐突なる雑言に、まだ耳を疑っていた。

平等院補題は、そんな彼女に構わず続けて言う。


「わたし、何もしない弱者が一番嫌いなんだよね☆☆ 働かないのに店員に威張るクズニート、無能なのにマスゴミ批判する低学歴、書かないのに小説論を語る作家志望、自分のせいなのに政権のせいにする貧乏人、ミサイルを打たれて抵抗しない平和国家、そして、守られてばかりで自分じゃ何もしないクソヒロイン。みんな死ねばいいのに☆☆」


本条環奈は、何も声を出すことができない。

ディスプレイには、素数大富豪をする本条圭介の姿が映る。


「だって、そうでしょ☆☆ 本条圭介ちゃんが、群城すずちゃんが、南條体ちゃんが、みんなあなたを助けるため一生懸命戦っているのに、あなたはここで、ただじっと待ってるだけなの?敵にさらわれたお姫様なの?みんなの足引っ張ってるだけじゃない?…………打ち切り漫画にありがちな、ヒロインは主人公に守られて当然みたいなテンプレート、あなたはそれで満足なの?」


平等院補題は、椅子から立ち上がり、本条環奈に詰め寄って言った。


「今からわたしを殴り倒して、ここから脱出してみない??☆☆」


***


「導来さまはダウトをコールされました。ただいまから、素数の判定に移ります。」


平等院命題は、タブレットで911を確認する。

待っている間、俺の心臓はドクンドクンと、鼓動を鳴らす。

結果はすぐに出た。


「911は、素数!素数でございます!ダウト失敗!よって、場に出されていた計12枚のカードは、すべて導来さまの手札に移動します!」


導来のダウトは失敗した。


本条手札:1,10,10,12,13(5枚)

導来手札:1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,11,12(19枚)

場:

手番:本条


塔は崩れ、周囲に残骸が散らばる。

導来は意気消沈する様子はなく、声高らかに笑い始めた。


「カッ。カッ。カッ。失敗?いや、今のオレには失敗の概念は存在しねえ。」


導来は12枚のカードを手札に加えて俺に見せる。


「考えてみろよ。ダウト失敗が不利益なのは、手札の数が増えて、より大きな素数を出さなければいけなくなるからだ。しかし、素数大富豪で出し得る全素数を把握したオレには関係ない。むしろ、出せるカードの組み合わせが増えて勝率が増すばかりだ。」


壊れた塔の破片が、すべて巨人に吸収される。

巨人は、より一層大きくなった。

獣のような咆哮が山中に響き渡る。


「998877665544332122111」


導来が手札のカードを、全部テーブルに並べて言った。


「これが、今俺の手札から作れる最大の素数だ。お前が、偽素数を出した瞬間、ダウトしてこの素数で圧殺してやる。カッ。さあ、その貧弱な5枚で、探してみろよ。勝ちへの道筋ってヤツを。」


1,10,10,12,13


「それでは、本条さま、1分以内にカードを選択してください!」


俺の手番が始まった。

導来の言う通り、俺が偽素数を出した瞬間に敗北は決定する。

しかし、俺の心には不安な気持ちは一切なかった。

ここまですべて、俺の作戦通りにいっていたのだから。


川の水位が膝まで達してきた。

流れも次第に強くなってきている。


「導来、お前の敗因は、強くなり過ぎてしまったことだ。」

「あ?」


俺は、落ち着いて、しかし、可能な限り急いで話し始めた。


「お前は、その過剰なまでのプライドから、31桁以下全部という過剰な数の素数を計算した。これにより、出されたカードが素数かどうか判定できるようになった。」

「カッ。ハァ、それがなんだっていうんだ。」

「そして、それはこれから出される可能性があるカードについてもだ。」

「は?」

「俺が次に出しそうなカードを予測して、それが予め素数か判定する。そして、なるべく作れる素数が少ない方に、ゲームの流れを誘導する。」

「……」

「俺が、わざわざ大きい911を出したのは、それを逆に利用するためだった。」

「カッ。何を言っているかわからねえな。」

「911を出した後、俺の手札は、1,10,10,12,13。ここから作れる2枚の素数はそう多くはない。候補としては、101、113、131、1013、1213の5つだ。しかし、113と131は手札が偶数のみになるから論外だし、1013は大きくて素数かどうか怪しい。そして、1213は禁止素数で出せない。そうなると、一番小さい101が出る可能性が高い。」

「ハッ。早く出せよ。時間が終わるぜ。」

「101を出すとどうなるか。残るは、10,12,13。偶数2つと奇数1つの組み合わせのため、これから素数になり得る数は、2つのみ。101213と…………121013だ。」

「早く出せって言ってんだ!!!」


導来は、声を荒げる。

俺の制限時間は、残り30秒。


「仮にこの2つがどちらも素数でなかった場合はどうだろう。その場合は、俺は勝手に自滅する。では、逆に2つのうちどちらかが素数、あるいは、どちらも素数だったら?」

「…………カッ。」

「お前は何としても、101を出すのを防がなくてはならない。しかし、手札には101に勝てるカードはない。よって、わざとダウトをしてカードを増やすしかなかった。」


俺は、手札からカードを3枚選び、右手に持って導来に見せた。


101213


「この数を超えるカードは、お前の手札にはない。なぜなら、導来の手札には、2桁のカードは11と12の2枚しかないから。3枚のカードで6桁の素数は作ることはできない。よって、この101213に対して、導来は、ダウトをするしかない。」

「……クッ!」

「そして、俺の残りの手札は、素数101、これで俺の勝ちは確定する。」

「……クッ……クッ!!」

「…………素数101213を見つけたのは俺ではなく、導来自身!お前のダウトが、お前の超人的な才能スペックが、俺を勝利へと導いてくれた。巨人を倒せるのは、巨人だけ。……俺は、凡人だ。しかし、自分が無能だと自覚しているからこそ、他人を力を借りて、巨人を討つことができる!」

「……クッ……クッ……クッ!!」


導来は、むせるような呼吸を必死に抑え付けている。

俺は、右手のカードをテーブルに叩きつけるように置いた。


「これで、終わりだ!」


101213


本条手札:1,10

導来手札:1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,11,12

場:101213

手番:導来


俺の最後のカードが、場に置かれる。

この長い素数大富豪も、ようやく終わりを迎える。

素数による頭脳戦に、偽素数による心理戦。

嘘偽りない、紛れもない名勝負だったと思う。


矢の形をした101213は、巨人の心臓を貫いた。


「……クッ……クッ……クッ……クッ……クククッククッ!!!!ハハハハッ!!!!」


導来は、発狂したかのように、これまでにない大きな声で笑いだした。

巨人は崩れず、その形を維持している。


「いやあ、大変だったぜ。笑いを堪えるのは。『ダウト』。……所詮、凡人は凡人のままだってことだ。」


平等院命題が、タブレットを確認する。

そして、言い放った。


「101213は、偽素数。偽素数でございます!!」


巨人は、胸に刺さった矢をいとも簡単に抜き、川に捨てた。


「101213は、素数じゃない。素数なのは、もう一方、121013の方だった。お前は、最後の最後で2択を間違ったんだ。」


本条手札:1,10,10,12,13

導来手札:1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,11,12

場:

手番:導来


「お前の敗因は、自分の力を信じず、最後までオレの力に頼ったところだ。101213を素因数分解すると、7×19×761。7で割り切れるから、小学生だって素数じゃないことは分かる。出す前に検算さえしておけば、こんなミスは防げたんだ。カッ。詰めが甘いとは、まさにこのことだな。」


導来は場に出していた数字をコールした。


「998877665544332122111。これでチェックメイトだ。」


本条手札:1,10,10,12,13

導来手札:

場:998877665544332122111

手番:本条


為すすべもなく俺はダウトする。

平等院命題は、少しの沈黙の後、最後の言葉を発した。


「確認が終了しました。998877665544332122111は、間違いなく素数でございます!よって、998877665544332122111は本条さまの手札に移り、この時点で、導来さまの手札は0枚!」


本条手札:1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,12,12,13

導来手札:

場:

手番:導来


「したがって、素数大富豪は決着!勝者は、導来圏さまでございます!」


平等院命題は、手を高らかに挙げ、そう宣言した。

テーブルの上のホワイトボックスが開き、手錠の鍵が導来の側に放出された。


「これで、導来さまは晴れて自由の身でございます!なお、この場所も危険地帯となりますので、私はここで避難させていただきます。お二方には平等に、公平に、公正に、手助けも妨害もいたしませんので、ご安心を!それではご武運をお祈りいたします!」


そう言ってジャンプし、平等院命題は高台まで避難して行った。

川の中央には、俺たち2人だけが残される。


「カッ。カッ。カッ。……無様なもんだな……」


導来は、鍵を持ちながら俺に話しかける。


「……カッ。結局は人生、自分の力しか信じられねえってことだ。他人なんか当てにしちゃいけねえんだ。もう時間はねえ。お前の仲間は、友達は、誰も助けちゃくれねえ。そうして、お前は、自分の非力で、妹を、大切なものを失っていくんだ。カッ。本条圭介。お前は、ここで孤独に死んでい…………」


手錠を解除しようとした瞬間、導来はテーブルに突っ伏すように倒れた。


「導来!!」

「くっ!うるせえ!!」


やはり限界が近づいていたのか。

導来の体力の限界が。


「導来、お前の過剰なまでの副作用スキルを処理するには、その小学生の体は不足すぎる。ましてや、膨大な数の素数を計算するほどの『超過性能オーバーフロー』。脳の負荷が大きすぎだ。いつまでも意識を維持できるはずがない。」


俺は手錠の鎖を引っ張り、導来をテーブルの上に上げ、こちらに引き寄せた。


「おそらくこれこそが、お前の能力の最大の副作用デメリット、睡眠状態になる副作用『強制終了シャットダウン』。」


導来の手から手錠の鍵を奪う。


「やめろっ!!何しやがるっ!!返せっ!!!それはオレの鍵だっ!!!!」


導来は、ほとんど動かない体で、最後の一声を振り絞る。


「さあ、終わりにしよう。」


俺は、手錠の鍵を開けた。

導来は、気を失い強制終了する。

その時、大きな水流が俺たちを襲った。


***


導来圏、彼は、孤児として生まれた。

父親も、母親も、兄弟も、親戚も、彼の周りには何もなかった。

その過剰な副作用スペックを除いては。


施設に預けられた導来はやがて自覚する。

自分が周りの子とは違う異質な存在であることを。

そして、異質なものは排除される運命にあることを。


小学校に入った彼は、誰よりも注目された。

妬まれ疎まれ、いじめの標的になった。

その異常なまでの才能には、教師までもが恐怖を感じていた。


「先生、掛け算に順序を強制するのは、非論理的です。」

「これは道徳の授業というより、先生の気持ちを読み取る授業になっていませんか?」

「それ、間違ってます。」

「その叱り方は理不尽じゃありませんか?」


少なくとも質問する導来には悪意はなかった。

自分らしく自分の能力を活かして先生の助けになりたいという純粋な気持ちだった。

しかし、導来はクラスから、学校から、地域から孤立していくばかりだった。


「いつになったら良い子になってくれるの?あまり先生を困らせないでくださいね」

「きんがうつるからこっちこないで」

「オマエ、ナニ買い食いしてんだよ」

「こいつミカクがおかしいんじゃねーの!」

「ぎゃはははははは!!!」


導来の唯一の友達は、近所で拾った野良猫だった。

その過剰な能力とは逆に、導来の周りには何もかもがなかった。


本条環奈に出会うまでは。


――カッ。短い人生だったぜ。

まあ、別に後悔はしてねえ。

誰が悲しむ訳でもねえ、誰が泣く訳でもねえ。

オレが死んでも異常が1つ消えるだけだ。


……ただ、本条環奈だけは結局よく分からなかった。

ここに誘拐してきてから、本条圭介が追いかけてくるまでの間、アイツとは色々なことを話した。

数学のこと、学校のこと、猫のこと、テレビのこと、炭酸のこと……

何度も話しかけてくるアイツに、オレはついつい口を開いてしまったんだ。

アイツを殺すために、支配するために誘拐したのに、オレは、自分の心がよく分からなくなっていた。


本条圭介が嫌いだ。

妹を大事そうに取り返しに来る姿には、心の底からムカついた。

こんなヤツ消えてしまえばいいと思った。

オレが持っていないものを、コイツは持っていた。


……そうか、オレが欲しかったのは、ペットなんかじゃなく、一緒に遊べる友達だったんだ。


***


――お兄ちゃんっ!!!お兄ちゃんっ!!!


遠くで声が聞こえる。

俺は、ゆっくりと重いまぶたを開けた。


泣きそうな顔でこちらを見る妹の姿が映る。


どうやらここは、川から少し離れた河岸。

俺は仰向けに横になっていたようだ。


「導来は……?」


俺は、一番に妹に訊いた。

涙を拭いて妹は答える。


「大丈夫。眠っているだけみたい。お兄ちゃんのおかげで、水を飲まなかったのが良かったのかも。」


ほっ。よかった。



――素数大富豪終了直後、「さあ、終わりにしよう」と、俺は導来の手錠を真っ先に解除した。

その後、自分の手錠を外し、導来を抱えるようにテーブル上に登る。

しかし、水流は強く、このまま流されるのが関の山だった。

その時、上空で大きな音が聞こえた。

ヘリコプター……??


「おやおや、私としたことが、誤って大事なタブレットを置き忘れてしまいました。仕方がありません。ここは、平等に、公平に、公正に、中洲にあるテーブルごと回収するしかないでしょう。」


平等院命題は、わざとらしいセリフを言う。

こうして、俺たちは、半ば強引に救助された。

俺は、長時間の「数楽者イマジン・ラヴァー」により、機内で意識を失った――



そして現在に至る。

結局は、平等院命題に助けられた形になったわけだ。

俺も導来に勝つなどと甘いことを言っていたが、命題も相当甘い。


妹に心配かけまいと、体を起こそうとするも、どうにも力が入らない。

思えば、この2日間、体力的にも精神的にも大変なことがたくさんあった。

体感的にはもう9ヶ月くらい戦っているような感覚だ。


「ダメ。お兄ちゃんはもうちょっと休んでて。」


そうたしなめられ、俺はそっと目を閉じる。

結果的に負けてしまったわけだが、なぜだか心は清々しい。



――漸問答タルタリア二回戦、間一髪で爆発する小屋から、妹を救出した俺は、衝撃の言葉を言われた。


「お兄ちゃん、お願いがあるの。圏ちゃんを、導来圏ちゃんを助けて欲しいの。」

「え?」


俺は耳を疑う。だって、ヤツは紛れもない俺たちの敵なのだから。


「圏ちゃんは、悪い子じゃない。ただ寂しいだけなの。やり方は少し強引だけど……。話し相手が欲しくて、一緒に遊んでくれる友達が欲しくて、私に会いに来たの。……それに、私、本当は誘拐されてない。自分の意思で王原ここに来たの。圏ちゃんがどうしてもほっとけなくって。」


燃え盛る小屋をバックに、妹は、ゆっくりと続けて言った。


「お兄ちゃんたちには、すごく迷惑をかけていることは分かってる。ごめんなさい。でも、お兄ちゃんには、圏ちゃんを楽しませて欲しいの!」


俺は、妹のために、導来を救い出すことを誓った――



現在。気持ちのいい風が、河原一帯に流れる。


妹を奪われたって、何度でも導来に挑戦する。

今度は、三山崩しだって、オセロだって、将棋だってどんなゲームでもいい。

俺が勝つまで、何度でもあいつと一緒に楽しんでやるんだ。


俺は、これからの未来に希望さえ感じていた。


「俺たちの戦いはこれからだ!何度だって立ち向かってやるぜ!!!本条圭介先生の次回作にご期待ください!!!!………………なんて思ってなーい?☆☆」


瞬間、ゴキっという音とともに、右足に激痛が走る。

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

足首の部分が焼けるように熱い。


「本条ちゃん、久しぶり〜〜☆ 補題ちゃんだよ〜~☆☆ 覚えてる〜??」


平等院補題が足元のあたりに立って、笑っている。

何が起こったかまるで分からない。


「ま、小一時間くらいしか経ってないから忘れるわけないか。」

「な、なにすんだお前!!!」

「何って、本条ちゃんの足を折っただけだお?(`・ω・´)」


一切の悪気も見せずに補題は答える。

何を考えているかまったく分からない恐怖が俺を襲う。


「いやいやいや☆☆ だって、本条ちゃん死ぬ気で戦ったんだよね?それで、負けたんでしょ?じゃあ、死ぬっきゃないっしょ。デスゲームで命賭けたんだから、命捨てなきゃ不平等アンフェアじゃない?(๑╹ω╹๑ )」


俺は絶句する。

いきなりの出来事に頭の処理が追いついていなかった。


「手錠外せたから助かったと思った?今度は勝ってやるぞって思った?最終的に敵が改心して仲間になると思った? …………いやいや(笑)現実そんな甘くねえから。というかお前に『今度』はねえから。主人公は死なないみたいな、少年漫画の十八番テンプレート、通用しないのが平等リアルだから。…………じゃあ、今から本条ちゃんを骨を、一つずつバラバラにしていくね〜~☆☆」


平等院補題が、俺の左足の部分に移動した。


「やめろっ!!!!!」


近くから、声が聞こえる。

導来だ。フラフラになりながらも、なんとか立ち上がっている。


「……てめえ、それはオレの相手だ。……カッ……勝手に手出してんじゃうごおっ!!!!」


補題は、足で導来の腹を蹴った。

導来はその場に倒れる。


「圏ちゃんっ!!」

「子どもなら攻撃されないと思った?話してる途中なら蹴られないと思った?だから、そんな固定観念テンプレート、わたしに通用しないんだって☆☆ 子どもだって、女だって、男だって、老人だって、わたしは均等に蹴り倒す。それがわたしの平等ポリシーだから。」


事態は史上最悪だ。

悪魔、殺人鬼、狂人、サイコパス、そのどの言葉も平等院補題には当てはまらなかった。

型にハマらない得体の知れない何かを、俺は彼女から感じていた。


「日比高山流、一の型、雄牛ブルッッ!!」


突然、黒い影が平等院補題を吹き飛ばした。

黒髪のポニーテール。

ああ……!!群城だ……!!


「すまん。ダムの水をできる限りせき止めてたら遅くなった。みんな大丈夫か?」


俺は、大丈夫じゃない足を指差して、群城に伝える。

ひとまずこれで安心だ。

こいつが倒せない相手などいないのだから。


蛇の補題スネーク・レンマ


群城の首を、半円状の弧を描いた足が襲う。


「かはっ!!」


群城はそのまま地面に伏すように倒れた。


「あはっ☆☆ さすが、群城すず、強いね。思わず、本気出しちゃったよ☆☆ 」


群城は、膝を立ててなんとか起き上がった。

しかし、これ以上動けそうもない。


蛇の補題スネーク・レンマは、蛇のフレンズ。首を直撃して全身を麻痺させる技だよ☆☆ それでも体が動くなんて、群城さんすごーい!!(*゚▽゚*)」

「……お前…………小鳥遊たかなし 玲於奈れおなだな……」

「へ?☆」

「かつてとある武道の全日本大会で、優勝したのにも関わらず、相手を半殺しにしたため、記録から抹殺された女……!!その後行方知らずとなったが、まさか、数戟管理委員になっていたとは……!!」

「んん〜☆☆ 小鳥遊玲於奈はもう死んだお☆☆ 今は、平等院補題ちゃんだお☆☆」

「うっ!」


補題がトドメを刺す。

群城は、そのまま意識を失った。

「さーてと☆」と、平等院補題は明るく言って、右足を宙に揚げた。


「もうめんどくさくなったから、本条ちゃんの内臓破裂でヤっちゃいますか☆☆ すぐ終わるから〜、ちょっと待っててね〜☆☆」


やめろ……やめろ……!!

やめてくれ……!!


その時、妹が俺の体の上に覆い被さった。


「お兄ちゃんは……踏ませません……!!」


今まで見たことない強い目で、環奈は補題を睨んだ。


「あれれ〜??☆ どうしたの?わたしを殴れもしなかったやさしい環奈ちゃんが、今さら抵抗するの?」

「やめろ!!環奈!!逃げろ!!」

「お兄ちゃんは、私を守ってくれた。だから、今度は私がお兄ちゃんを守る番なの。」

「環奈!!どくんだ!!!」

「んん~☆☆ 綺麗な兄妹愛テンプレートだね〜☆☆ でもね、お姉さん平等だから、そういうの通じないんだ☆☆」


補題が足を振り下ろす。


象の補題エレファント・レンマ


おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!

俺は声にならない声で絶叫した。


ドン。

……鈍い音がした。


平等院補題の振り下ろした足は、妹には触れていなかった。

それより上で、何者かの靴先が、補題の足を妨害している。

南條……?いや違う……平等院命題……?これも違う……

この男は一体誰だ……??


「やあ、本条くん。初めまして。『僕』だ。」


そこには、まるで美しい絵画のように、端正な顔持ちをした男が、堂々と立っていた。

俺はその姿に、時が止まったような感覚がした。


ドシン。

瞬間、地面が揺れる音がする。

横を見ると、平等院補題が、平等院命題によって、頭から押さえつけられていた。


「んんっ☆!!何するんですか!!」

「平等院補題。いくら数戟管理委員の平等こせいは尊重されているからといって、公理さまの平等ルールに反することはいけません。この方との戦闘は、平等院公理さまの許可が必要ですから。」

「むぐう☆☆」

「この場から撤退しましょう。たとえ、戦闘許可が下りたとしても、現在の我々の戦力では到底敵いません。いいですか、これは、あなたの監査である私からの命令です。」

「んん〜☆☆」


あの平等院補題が、いとも簡単に命題に抑えつけられている。

命題、何者なんだ?

いや、それよりも、補題の蹴りを防いだこの男は誰なんだ?


色中英祐いろなかえいすけ。」


森の奥から誰かが出てきた。

南條だ。なぜか分からないが、眼鏡を外し、金髪ゴスロリの女を背負っている。


「彼の名前は、色中英祐。高層1位にして、数戟無敗の男。」


高層1位?無敗??

それに、色中という名字は聞いたことがある。


「そして、世界を代表する数学者、色中重文の孫だ。」


***


迷彩色のジープが山を駆け下りる。


俺は、その後部座席でぐったりと眠っていた。

負傷した足は応急処置を受けたが、麓の病院でちゃんと診てもらう必要がある。

治療費は全て数戟管理委員会が負担するそうだ。


あの男、色中英祐がいなければ、結果は変わっていただろう。

彼の行動が、いや、存在自体が、数戟管理委員会に明らかな圧力をかけていた。

敵なのか、味方なのか、なぜ助けてくれたのか、その全てが分からずにいた。


ともあれ、これで本当に終わったのだ。

明日から普通の日常が始まる。

俺の足は折れているから日常ではないのだが。


……群城はというと、2時間ほどで復活し、今はピンピンにこの車を運転している。

南條は、助手席で、熱いお茶をすすっている。

こめかみに傷はあるが、南條もピンピンしている。


そして、導来圏だが、蹴られた跡は、特に大した怪我ではないそうだ。

あいつは別ルートで山を降りるらしい。

そういえば、導来といえば、帰りにこんなことがあった。



――数戟管理委員会が撤収しようとする時、導来が補題を呼び止めた。


「おい。」

「ん〜☆ 何かな〜☆ 蹴られた恨みでもあるの〜☆?」

「いや、ちげえ。大した蹴りじゃなかったし、もうそれはどうでもいい。」

「ふーん☆」

「……漸問答タルタリアはまだ終わってねえはずだ。」

「ん??」

「第三回戦の出題は、こうだったはず。」


【問題】

1+1はいくつか?


ただし、平等院命題がこれから提案する、本条圭介と導来圏の一騎打ちのゲームに勝利してから、回答せよ。


「あ〜☆☆確かにそうだったね〜〜☆☆ 」

「本条圭介は、ゲームに負けた時点で、漸問答タルタリアにも負けると言ってたが、オレは違うと思う。オレにも回答権はあるはずだ。」

「んん?それで?」

「この問題のオレの回答を聞いてから、勝敗は、お前ら数戟管理委員会が判断してくれ。」


そして導来圏は、俺と環奈を見てから言った――



揺れるジープの中から、綺麗な星空が見える。

さすが、群馬。

星は天然ものだ。


隣で妹がスヤスヤと眠っている。

今度、3人で遊園地に行く約束をした。

アイツは嫌がっていたが。


寝息以外は聞こえない車中。

俺はゆっくりと目を瞑る。


――「1+1は、3だ。」


/******************************

本条圭介 vs 導来圏

漸問答タルタリア


第一回戦 導来:解答成功

第二回戦 本条:解答成功

第三回戦

 素数大富豪:勝者=導来圏

 導来:解答失敗


勝者:本条圭介


*******************************/


「最近、妹がグレブナー基底に興味を持ち始めたのだが。」上


第一章:グレブナー基底と妹

第二章;グレブナー基底と巨乳

第三章:グレブナー基底と天才

第四章:グレブナー基底と四色問題

第五章;グレブナー基底と偽妹


完結。


「最近、妹がグレブナー基底に興味を持ち始めたのだが。」下


に続く。

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