アディショナル・ゲーム(終編-1)

『逆転』


濃い緑色をした樹葉が空を覆っている。

そのせいか、森の中は、昼間にも関わらず、薄暗くなっていた。

森の木々の間を、無数の赤い閃光が走っている。


話は10分ほど前に遡る。


南條体の前には、黒色の球体があった。

半径は1mほどで、ちょうど人が一人入れるほどの大きさだ。

南條は、静止する球体の動きに十分警戒しながら、ゆっくりお茶をすすっていた。


「ピキッ。」


突如、黒い球体が縦に割れる。

物体を包んでいたベールが地面に落ちた。

同時に球体の中からナニカが勢いよく飛び出す。


(速い……!!)


南條がそう感じた直後、ソレはすでに彼女の胴体を掴んでいた。

ソレの両腕が南條を強く圧迫する。


(しまった…!)


と南條は激しく後悔をした。


「お姉さま!!!!!!!」


ソレは、南條を抱きしめながら、そう奇声を上げた。

金色の髪を縦ロールにし、白黒のゴスロリに身を包まれたソレは、南條の胸を服の上からクンカクンカ嗅いでいる。


「ああ…!!お姉さまの匂い!!お姉さまの胸!!お姉さまの服!!お姉さまの腹筋!!お姉さまの腋!!お姉さまの背中!!お姉さまのお姉さま!!!!ああ、お姉さま!!」


南條体は、口からエクトプラズムを出しながら放心状態になっていた。

南條の全身を嗅ぎ終わり満足したその少女は、ようやく南條の状態に気がついた。


「お姉さま????どうされたのですか!?」


南條は、フラフラした体をなんとか持ち直しながら、ゴスロリに言い放った。


「アナタ、ダレ?ワタシ、シラナイ。」

「お姉さま!?何を言ってらっしゃるのですか!?わたしは、白百合しらゆり もも、お姉さまの桃ですわ!」


/*********内打位相(本名:白百合 桃)***************************************

*血液型:O型

*ランク:高層第6位

*能力:「位相幾何学者の正弦曲線トポロジスト・サインカーブ

*特徴:お姉さまが大好きなお嬢様。

*********************************************************/


「否定。私は『お姉さま』でもないし、あなたは『お姉さまの桃』でも、ない。」

「まあ、ひどいお言葉!何の為にわたしが高層第6位になったと思ってらして!?すべてはお姉さまの側でわたしが幸せになるためですの!!それなのに、東数会長をお辞めになるなんて、ひどい仕打ちですわ!」


せめて妹キャラなのかお嬢様キャラなのか、どっちかにして欲しいと、心の中で思う南條であった。


「さあ!お姉さま!こんなところ抜け出して、今こそ約束のネバーランドにトリップいたしましょう!」


白百合桃は、南條の手を引っ張って、森を抜け出そうとする。

しかし、南條の足は動かない。


「お姉さま……?」

「悪いが、ここから離れるわけにはいかない。今、私の大事な友達が命を賭けて戦っているんだ。私のやるべきことは、導来側の戦力を把握し、その妨害を阻止すること。今、君たちのバックには誰がいるのか、教えてくれないか?私は、僕は、本条圭介を絶対に守りたいんだ。」


南條体の真剣な眼差しに、白百合桃は圧倒される。

白百合桃は、南條体の手を離して、ゆっくりとため息を吐いた。

南條は、その様子に安堵し、気を緩めた。


「…………臭い。」


瞬間、南條体の顔に無臭の液体が吹きかけられる。

南條は、いきなりの出来事に、大きく咳き込む。


「お姉さま………男臭いですわ…」


白百合桃を包んでいた空気がガラリと変わる。

金色の髪に対比され、黒の服がより一層黒く映える。


「お姉さまはわたしのお姉さまなのに……お姉さまとわたしだけの世界がいいのに…………男なんて汚いだけなのに………女の子同士の恋愛が一番美しいのに………………………」


白百合桃が球体の残骸からある物を取り出す。

その物に、南條体は生命の危機を感じた。


「やっぱり…………×××がいらないんですわね。可愛いお姉さまには×××は不要ですもの。×××があると、お姉さまが男臭くなってしまいますから。今からこの白百合桃が、お姉さまの×××を切り取って差し上げますわ。」


白百合の手には太枝切鋏きりばさみがしっかりと握られていた。


***


偽素数ブラフ or 素数プライム


俺は場に出た358769を見ながら、自問自答をしていた。

先ほどのダウトで失敗した俺には、もう後がない。

導来の残った手札は、12と13。

ここで俺がミスをすれば、1213を導来に出され、俺の負けが確定する。


状況:

本条手札:1,1,2,2,3,4,4,5,6,7,8,9,10,10,11,11,12,13

導来手札:12,13

場:358769

手番:本条


ここでもし、358769が偽素数ならば、ダウトをすれば358769は導来の手札に戻る。

しかし、もし、本当に素数ならば、ダウトは失敗し、358769は俺の手札に来る上に、導来の手番となってしまう。そうすれば、1213を出され、即詰みだ。


358769が素数であることを確認するには、だいたい600までの素数で割る必要がある。

もちろん、1分という制限時間は、それをするには短すぎる。

…今までの導来の行動から推測するしかない。


ゲームが開始して、導来が一番最初に出した12枚のカード、それは、偽素数ブラフだった。


導来:1425678910111213←ダウト、成功


このことから、導来にも巨大な素数は分からないことが判明した。

そこからは、お互い12枚の偽素数を出し合うという展開だった。


導来:5612791011421381←ダウト、成功

本条:1245679101112813←ダウト、成功

導来:2571319106124811←ダウト、成功

本条:1467891011123213←ダウト、成功

導来:1112657489101321←ダウト、成功

本条:3467910111212813←ダウト、成功

導来:5611219121041387←ダウト、成功

本条:4567101112819213←ダウト、成功

導来:2513746910811211←ダウト、成功

本条:4689111213107213←ダウト、成功

導来:1081751211134269←ダウト、成功

本条:1691011125248713←ダウト、成功


そして、局面が動いたのは、一つ前の導来の番。

1421011を導来は出したのだ。


導来:1421011←ダウト、失敗


これは素数であり、俺のダウトは失敗した。

素数1421011を導来が出したのは、どうも偶然とは思えない。

素数大富豪をやっていく中で、素数を見つける方法を、導来が発見した可能性が高い。


そうすると、今場にある358769は素数だと考えるのが自然だ。

導来のことだ、確実に勝つ方法を見つけてから動き出したに違いない。


……と俺に思わせることがすでに罠なのかもしれない。

素数を1つだけ見つけ、その後に適当に数字を出すことで、信憑性を高める。

ポーカーでも強い役を出した後、ブラフで釣るのはよくあるテクニックだ。


……と俺に思わせて本当に素数なのかもしれない。

この素数大富豪では、素数を出して相手にダウトをコールさせるのは、効果的な攻撃方法の1つだ。

出したカードの枚数の2倍分、相手と自分に差が作れるからだ。


うう……どっちだ?

詰まるところ、どんなに推理しても、それは推理の域を超えない。

358769が素数かどうか、今の俺には正確に分かる手段は存在しないのだ。


「本条さま、残り、10秒でございます。」


……覚悟を決めるしかないか。

俺は、ホワイトボードに書かれている数字を一瞥する。

そして、手についた汗を吹いて、手札から6枚のカードを選び、場に出した。


「本条さまは、524287を場に出されました!続いて、導来さまの手番でございます!」


358769←524287

本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,11,12,13

導来手札:12,13

手番:導来


俺の出した結論は、358769は素数であるということだ。

いや、それ以外、ありえない。

やはり導来のこれまでの行動を考えれば、素数である方が納得がいく。


……とでも考えたような顔だなあ。カッカッカッ。」


導来が笑っている。

完全にこちらの心の中を読まれている。

ということは…


「ああ、残念ながら、オレがさっき出した358769は、素数ではなく偽素数だ。」


流れる川の音が大きくなる。

俺は、心臓の鼓動を抑えながら、なんとか平静を装う。


「今から、お前にチャンスをやろう。」


導来は、そんな俺の顔を見ながら、そう切り出した。


「今からオレが言う条件を飲めば、この場はパスしてやるよ。」

「……どういう意味だ?」

「カッ。お前が苦し紛れに出した524287、これをオレがダウトせずに、見逃してやるって言ってんだ。そうすれば、次はお前の番になり、まだ勝つ可能性は出てくるぜ。」


確かに、導来がパスをしてくれるのは、俺にとっては願ってもみないチャンスだ。

導来の手札は、残り2枚。しかも、12と13で片方だけが素数。

カードの出し方によっては、十分俺が勝てる要素はある。

いやむしろ、こっちが2枚の素数を出さない限り、導来は何も手が出せない訳で、圧倒的にこっちが有利な状況になるんじゃないか?

よし。


「わかった。……で、その条件ってのは何なんだ?」

「ここで土下座しろ。」


は?と俺は思わず口に出していた。

導来の、人を憐れむような視線が俺に突き刺さる。


「あ?聞こえなかったのか?ここで土下座しろって言ったんだ。『導来さま、お願いします助けてください』って、ちゃんと頭下げろよ。」


土下座。ひれ伏し、地面に頭を擦りつける行為。

強制させられるには、最も屈辱的な行為だ。

しかも、それを自分の年齢の半分にも満たない子供を相手にする。


「カッ。早くしろよ。もうすぐ1分が終わっちまうぜ?」


ふざけるな。

やるか、やらないか、こんなの答えはすでに決まっている。


「導来さま。お願いします助けてください。どうかパスをしてください。」


俺は、膝を曲げ、頭を地に擦りつけた。

冷たい河原の石が足にあたり痛い。

机に繋がれた長さの足りていない手錠が、手首を締め付ける。

川の水面がまだ高くないことが、不幸中の幸いだっただろう。


いや、そんなことどうだっていい。

妹のためなら、土下座でも焼き土下座でも、俺はなんだってやってやる。

そのためにここまでやってきたんだ。

欲しがりません、勝つまでは、なんて覚悟では甘い。

勝つためには、なんだって欲しがってやる。


この勝負、俺は絶対に成功するんだ。


「ダウト。」


俺は、土下座の姿勢のまま、顔を挙げた。

そこには、透明なテーブル越しの、導来の満面の笑みがあった。


「カッ!カッ!カッ!いい表情だぜ、本条圭介。オレが見たかったのは、そういう顔だったんだ。オレが今まで数戟で倒してきたヤツらとおんなじ顔だよ。最初は威勢のよかったヤツも、最後は全員そんなツラになるんだ。カッ。絶景だぜ。小学生のオレの身長ではとても見れねえ景色だ。最高だぜ。エライ大人がひれ伏す姿はよ!」


俺は、膝についた汚れを払い、再びテーブルの前に立った。

机上に伏せてあったカードを手に持ち直す。

この時、俺は確信した。

間に合ったのだと。


「カッ。ショックで声も出ねえか。まあ、いい。このままこの場所でゆっくり考えてろよ。ダムの水に埋もれなが……………あ?」


導来の顔が一気に険しくなる。

その視線の先には、524287。


「カッ?どういうことだ?偶然か?確率的にはありえなくはない。しかし、偶然にしてはタイミングが良すぎる。だとすると故意か?いや、コイツが素数を計算できないことは、先行後攻決めでも、初手の57でもよく分かっているはずだ。それに、素数だと確信しているなら、わざわざ土下座なんてしないはず。何が起こった?なんでこのタイミングで素数が出せるんだ!


……とでも思ってそうな顔だな、導来圏。」

「クッ!」


この漸問答タルタリアが始まってから、初めて見た導来の悔しそうな顔だ。

そう、俺は、あの導来圏に一矢報いたのだ。

この素数524287で。


「素数の判定の結果を発表いたします!先ほど本条さまの出された524287は、『素数』でございます!したがって、導来さまのダウトは失敗!場に出されていた合計12枚カードはすべて、導来さまの手札へと行きます!」


***


「本条ちゃんが逆転した……!?」


平等院補題が、モニターに映る本条たちの姿を見て驚く。

画面の隅には、現在の戦況が表示されていた。

=============

本条圭介:12枚

導来 圏:14枚

=============


「これって、お兄ちゃんが2枚差でリードしているってことですよね?」


まだ、何が起きたか理解していない本条環奈は、平等院補題に質問する。

平等院補題は、さっき口から落としたポテチを足で拾いながら、落ち着いて回答する。


「そうだね〜☆☆ ……少なくとも、導来ちゃんはさっきのターンでの勝利を確信していたはず……☆ それを本条ちゃんが覆した……!!」


と、ここまでの展開を説明する補題であったが、どうにも腑に落ちない点が1つあった。


「本条ちゃんが、窮地を脱することができたのは、この絶妙のタイミングで、素数524287を出せたからだけど、何か変な感じがするんだよね〜〜☆☆」

「変な感じ……ですか…?」


補題は、環奈をじーと見つめる。

突然の眼差しに、環奈は疑問符を頭上に掲げる。

瞬間、環奈は補題に蹴押し倒された。


「え…!?ちょ…っと……っ!やめ…っ!!くださ…っ!くすぐっっ!!!あっ!………っっ!!!」


補題は、足を使って、本条環奈の体を隈なくまさぐる。

環奈は、その足の動きに思わず笑い声が漏れてしまう。


「うーん、やっぱり盗聴器の線はハズレかー☆☆ まあ、そもそも本条ちゃんもボディチェックをされてるわけだから、外部から素数を教えることは不可能だよね〜☆☆」


笑いすぎた息を整えながら、本条環奈は詰問する。


「ちょっと何するんですか!」

「となると、やはり、何らかの方法で524287を計算した…という線が有望だよね〜☆☆」

「無視しないでください!一体何の話をしてるんですか!?」


ピザポテトとカールを同時に食べながら、平等院補題は、椅子にまたがるように座った。

とんがりコーンが、口と鼻の間に挟まるように、とんがりコーンしている。


「いやさあ、本条ちゃんが、524287を出して反撃できたってことがさ、どうにも納得できないんだよね〜☆☆」

「そう…なんですか?普通に、お兄ちゃんが見つけて、それを出しただけなんじゃないんですか?」

「だってさ、524287って、『2』を2つ含んでいるんだよ?」

「え?」

「初期の手札では、お互いに、2は一枚ずつしかない。つまり、524287は、これは、相手の『2』が来ることを想定していないと出せない数☆☆」

「あ、…確かに……。」

「そんないつ出せるか分からない素数を考えるより、普通、今ある手札で作れる数を作るでしょ?☆☆ 」

「そうですね。」

「なのに、本条ちゃんは、524287という素数を、ちょうど2が手札に来たベストタイミングで出すことができた。仮に2が手に入ることが分かってから、考えたとしても、その時間は3分弱。6桁の素数を見つけるには、あまりにも短すぎる☆」

「…………。」


本条環奈は、モニターの中を見ながら、黙って何かを考えている。

彼女の髪を結ぶリボンが、空調の風で微かに揺れた。


「ん?どうしたの☆?」

「えっ…いや、なんでもないです。」

「え?なになに気になるじゃん(*゚▽゚*)」

「…………なんか、さっきから、思ってたんですけど、524287って数字って、どこかで、見たことある気がするんですよね…」

「え…………………?」


平等院補題は、その言葉に、急いでモニターを見つめ直す。

今まで出されたカード、残りの手札、ダウトの回数、残り時間などなど、あらゆる数字を隈なくチェックする。

ついに、あるとても重要な事実に気がついた。


「そうか…そういうことだったのか……☆☆」


補題は、本条圭介の今まで出して来たカードの組み合わせを、ホワイトボードにリストアップした。


57

1256789101112413

1245679101112813

1467891011123213

3467910111212813

4567101112819213

4689111213107213

1691011125248713

524287


「これがどうしたんですか……??」

「んんー♪(´ε` )何か気づくことはないかな〜?☆☆」

「え?……えーと…………あ!最初と最後以外、下2桁の数字が13……?」


本条環奈は、ホワイトボードの数字の末尾を指差した。


「そだね〜☆☆ じゃあ、16桁の整数たちから、13を削ってみよう☆☆」


57

12567891011124

12456791011128

14678910111232

34679101112128

45671011128192

46891112131072

16910111252487

524287


環奈は、そこに並ぶ数字の羅列をじーと端から端まで見つめる。

そして、16910111252487に差し掛かったところで、それに気がついた。


「……あ!!」

「気づいたようだね☆☆ 最後から2番目の16910111252487、これの末尾には、52487、つまり、524287とそっくりな数が登場しているの☆☆ おそらく、これがさっき妹ちゃんが言っていた既視感の正体なのかも〜☆」

「……そうだったんですね……。まあでも、これってただの偶然ですよね。」

「んん〜☆☆ 私も最初はそう思ったんだけど、実は本条ちゃんの出すカードには、規則性があったの〜」

「規則性?」


平等院補題は、ホワイトボードの57と524287を消して、14桁の整数の部分だけを残した。


12567891011124

12456791011128

14678910111232

34679101112128

45671011128192

46891112131072

16910111252487


「本条ちゃんの出しているカードは、基本的に最初の部分は、小さい番号順から並んでるの☆☆ 例えば、一番目の12567891011124は、1、2、5、6、7、8、9、10、11、12 というようにね〜☆☆ でも、各14桁の数字には、仲間外れが存在しているの☆☆」

「仲間外れ……ですか?」

「そう、例えば、12567891011124については、最後の4だけ、小さい順になっていないの☆☆」


12567891011124

1,2,4,6,7,8,9,10,11,12は小さい順。

最後の4は例外。


「あ、ほんとですね。」

「実は、他の14桁の整数も、小さい順になっていない仲間外れがあって、これを抜き出してみると、」


4

8

32

128

8192

131072

52487


「っていう数列が登場するの〜☆☆」

「?で、これが何なんですか?」

「ふふ〜☆☆ なんか感じない?」

「えー……なんか全体的に偶数っぽい感じはしますけど…」

「そう!上の6つはすべて、2の累乗になっているのだ!☆☆」


4=2^2

8=2^3

32=2^5

128=2^7

8192=2^13

131072=2^17

52487


「おおー!」

「そして、さらにいうと、2の指数の部分、2,3,5,7,13,17はすべて素数なのれす!☆☆(*゚▽゚*)」

「ほほー!」

「おほん。つまり、本条ちゃんは、『メルセンヌ素数』を計算していたのです!!٩( 'ω' )و」

「メルセデス素数…??」


黒塗りの高級車が一瞬、補題の頭に浮かんだ。

しかし、疲れからか幸運にもそれには衝突せずに話題を素数に戻すことができた。

平等院命題の後輩、補題が語るメルセンヌ素数の条件とは……!!


「メルセンヌ素数〜!! メルセンヌ素数とは、2^p-1という形の素数のことだよー☆☆」

「にのぴーじょうひく、いち、ですか?」

「そう!例えば、さっきの例だと、2^2-1=3で、3は素数だし、2^3-1=7で、7も素数だよね〜☆☆」

「あ、確かに。」

「で、実は、」


2^2-1=3

2^3-1=7

2^5-1=31

2^7-1=127

2^13-1=8191

2^17-1=131071


「も、すべて素数なのさ☆☆(*゚▽゚*)」

「え!すごい!」

「へへん( ✌︎'ω')✌︎ ちなみに、2^p-1のpは絶対に素数じゃなけいけないのさ☆☆」

「え?なんでですか?」

「pが素数じゃないと、2^p-1は絶対に素数じゃなくなってしまうの〜☆☆」


p=ab とすると、

2^p-1=2^ab-1=(2^a-1)(1+2^a+2^2a+…+2^(b-1)a)


「という感じに因数分解できてしまうからね☆☆ 」

「へー。…………つまり、pを素数とすれば、2^p-1は絶対に素数になるって、ことですか?」

「いや、そうとも限らないの〜☆☆ あくまで、2^p-1は『素数になる可能性がある』というだけで、必ずしも素数になるとは言い切れないの〜☆☆ 例えば、p=11で、2^11-1は、」


2^11-1=2047=23×89


「で、合成数になってしまうの〜☆☆」

「え?え??ってことは、素数になるって保証がないのに、それが役に立つんですか?」

「うん。闇雲に素数を探すよりは、有効な手段なの〜〜☆☆ それに、メルセンヌ数には、素数判定法があって、他の数よりは、素数であるかどうかがチェックし易いって利点もあるしね☆☆ そして、2^p-1という数は、pよりもとても大きな数になるから、巨大な素数が見つけ易いってわけ☆☆ ちなみに、現在知られている最大の素数も、2^p-1の形、つまり、メルセンヌ素数になっているの〜☆♪(´ε` )」

「へー。よく分からないけど、なんかメルセンヌ素数ってすごい数なんですね。」

「そう!メルセンヌ素数は、小さい素数から大きな素数を作り出す魔術ってわけ☆☆…………じゃあ、話を元に戻すよ〜☆☆ 本条ちゃんの今まで出していたカードには、2^p の形が紛れていた☆」


4=2^2

8=2^3

32=2^5

128=2^7

8192=2^13

131072=2^17

52487


「つまり、本条ちゃんは、適当にカードを出すふりをしながら、ホワイトボードを計算用紙の代わりに利用していたってわけだ☆☆ おそらく、2^2とか小さい数も計算しているのは、後々の計算に使うためだったんじゃないかな〜〜☆☆」

「あの……そうすると、最後の52487も、そのメルセンヌ素数になっているってことですか?」

「ああ〜、これは、おそらく、2^19を計算した際に、」


2^19=524288


「となって、2と8が2個ずつ出てしまって、トランプじゃ表現できないから、仕方なく1を引いた524287を考えた。さらにそこから、2を一つ取り除いた52487にしたんだろうね〜☆☆」

「ほほーなるほど。」

「まとめると〜、本条ちゃんが、素数524287を出せたのは、偶然じゃないってことだね〜☆☆ 今考えてみると、ホワイトボードに出したカードを記録するように頼んだのも本条ちゃんだったから、そこからもうすでに、本条ちゃんの作戦は始まってたんだね〜☆☆(オミゴト!)そして、その計画は実り、見事、導来ちゃんに奇襲を仕掛けることができた☆☆」


この時点で、平等院補題は、先ほどの局面の経緯を8割ほど解明できたと確信していた。

しかし、未だ腑に落ちない点が1つだけあった。

本条圭介が、素数524287を出せる状況にあったのにも関わらず、土下座までして命乞いをしたというところだ。

本条圭介は、今まで散々導来圏に侮辱されてきており、恨みも相当抱えているはず。

それを我慢してまでする土下座に意味はあったのか。

平等院補題の性格上、どうしてもその行動が理解できなかった。


「たぶん、それはお兄ちゃんだからなんだと思います。」


本条環奈は、自分でも気づかないうちに、口を開けていた。


「昔から、なんというか、プライドがない人なんです。もちろん馬鹿にしたら怒るけど。頼りなくて、かっこよくもないけど、私に何かあった時はいつも私を助けようとしてくれました。同級生の男の子からいじわるされた時も、お父さんに怒られて落ち込んでいる時も。……そんなお兄ちゃんだからこそ、人一倍やさしいお兄ちゃんだからこそ、たぶん土下座ができたんです。」

「妹ちゃん……」


平等院補題は、お菓子を食べる足を止めて、真剣に本条環奈の話を聞いていた。

姿勢を正し、背筋を伸ばして、椅子に座り直す。

そして、素直な感想を口にした。


「妹ちゃんって、なんていうか、クソヒロインだよね☆☆」


***


「続いて、本条さまの手番でございます!」


本条手札:1,1,3,4,6,9,10,10,11,11,12,13(合計12枚)

導来手札:2,2,3,4,5,5,6,7,7,8,8,9,12,13(合計14枚)


なんとか危機を脱したものの、ここからが本当の正念場だ。

サイレンのウーという音が、頭の奥を刺激する。

とうとうダムの放水が始まった。

どちらが勝とうが、決着が着こうが着くまいが、10分後には、ここは川の底に沈んでいるだろう。


俺は、手札から、11を選び、場に出した。


素数大富豪は、最終局面に突入する。

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