アディショナル・ゲーム(後編)
『疑念』
大量の水が滝から流れ落ちる。
太い木の枝でさえ、その勢いに逆らえず浮き沈みを繰り返している。
その水には、群城すずの血も微かに混じっていた。
「微妙ッ!絶妙ッ!さっきまでの威勢はどうしたのデショウ!」
岩にせかるる滝川の岩の上で、杉裏解析は堂々直立していた。
そのピシっとしたシワのないスーツには、水一滴足りともついてはいない。
川の流れる音だけが聞こえる中、杉裏解析は何かに気がついた。
「おやまあ!口から血が出ているではありまセンか!?」
そう言って、胸ポケットから白いハンカチを取り出し、群城の前に差し出す。
ハンカチには、「IX」のローマ数字が刺繍されている。
「レディーがそのような姿ではいけまセン!さあこれでお拭きなサイ!ワタクシ、紳士デスので!」
群城は、そんな杉裏解析の手を勢いよく払い退けた。
ハンカチは宙を舞い、そのまま水中に深く沈む。
瞬間、杉裏解析の足が高く揚がった。
「
杉裏解析の革靴は群城の頬を直撃し、大きな音とともに水柱が立つ。
群城は、角の取れていない岩と岩の間に倒れた。
これが、高層第9位の実力か……
半身が水中に埋もれる中で、群城すずはそう痛感していた。
これまで彼の攻撃を、彼女が防ぎきることはなかった。
「ふう。いい加減負けを認めたらどうデス?」
メガネにわずかについた水滴を布で拭きながら杉裏解析はつぶやく。
神経質そうなクマのある目元が、群城の側からでもよく見える。
「負け?」
「ええ。そうデショウ!最初からアナタには勝ち目などないのデス!あなた程度の
「………………。」
「それに……あちらも、もう勝負がついた頃デショウ。」
杉裏解析が、川下の方角を見る。
2人の間を、生ゆるい風がゆっくりと通る。
「そもそも、導来様の前では、勝負など成り立たないのデス。彼の能力『
杉裏解析は、再び視線を群城すずに戻した。
「デスから、アナタも潔く降参するのデス。それが日本の武士というものデショウ?いつまでもダラダラと諦めず抵抗するなど、カッコ悪いデスから。さあ!今すぐワタシの靴を舐めるのデス!」
杉裏解析が、右足を前に出す。
群城は上半身を川から起こし、膝立ちになる。
「カッコ悪いか……だがな。」
群城はそのまま勢いよく立ち上がった。
杉裏解析は攻撃を警戒してか軽く身構える。
「アタシよりカッコ悪く、アタシより馬鹿で、惨めで、頼りなくて、おっちょこちょいで、パッとしなくて、数学の才能があるわけでもなくて、良いところなんて一つもなくて、それで、とことん諦めの悪いヤツを、アタシは知っている。」
そう言い放つ群城すずの目は、まだ死んでいなかった。
***
1425678910111213
巨大な素数が俺の前に、屹然と置かれていた。
「負け」の文字が俺の頭の中に大きく表示される。
ワンターンキル。
導来の言っていたことはこういうことだったのだ。
この素数大富豪は、初手で最大の素数を出せば必ず勝てる、いわば先手必勝のゲームだ。
それだと、常に先手が勝って、勝負が成り立たないと思うかもしれないが、10ケタ以上の素数を思いつけるヤツなどまずいない。
しかし、導来ならどうだろうか。
ましてや、素数表を一瞬でも見たことがあれば、『
0:30
残り時間は、30秒になっていた。
こうなったらもう俺に為すすべはない。
潔く負けを認めた方がいいのかもしれない。
――「お兄ちゃん、お願いがあるの。」
諦めかけたその時、俺は、燃える小屋の前での環奈の言葉を思い出した。
そうだ、妹の願いを叶えるまでは、死んでも死ぬわけにはいかない。
俺は、今一度、状況の整理をし始めた。
1425678910111213
導来の出した素数はこれだ。
(1,4,2,5,6,7,8,9,10,11,12,13)
の12枚のカードから構成されている16桁の数字だ。
ん?12枚?
俺は導来の手元を見る。
そこにはカードが一枚残されていた。
3。
3が場には出ていない。
12枚のカードしか出ていないということは、少なくとも1425678910111213は素数大富豪で出しうる最大の素数ではない、ということだ。
しかし、圧倒的危機には変わりはない。
これを俺がパスした場合、次に導来が3を出してゲームに勝つからだ。
俺に残された道は、1つ。
1425678910111213を超えるような、12枚のカードからなる素数を出すことだ。
0:15
残り、15秒。
この手札の中から、必死で探すしかない。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13
だめだ、分からない。
0:10
残り、10秒。こうなったら、適当でもいい。
とにかく出すしかない。
俺は、2145678910111213を、1425678910111213の上に重ね……
――待てよ。
「ダウト。」
手がカードから離れる寸前、俺はダウトをコールした。
「本条さまのダウトが入りましたので、これより
平等院命題が手元のタブレットを確認する。
刹那、その口角がわずかに上がった。
「1425678910111213は、偽素数でございます!!」
ふう。首の皮一枚つながった気分だ。
導来のこの数字は、やはり素数ではなかった。
「この12枚の1425678910111213は、導来さまの手札に戻ります!」
導来は、偽素数と判定されたのにも関わらず、一切、動揺のない顔をしている。
むしろ、素数でなくて当然といったような反応だ。
「続いて、本条さまの手番です!1分以内に、場に出すカードをお決めください!」
それもそのはず、導来は、初めから素数を出すつもりでなかったのだ。
俺に先攻を譲ったこと、ワンターンキルを宣言したこと、その全てが
そして、このことから、1つの仮説が浮かぶ。
仮に導来は十分大きな素数をすべて把握していると仮定しよう。
すると、初手で13枚からなる最大の素数を出すはずだ。これが必勝法なのだから。
しかし、実際はそうではなかった。
導来は12枚のカードを出した。これは矛盾だ。
したがって、背理法から、導来は、巨大な素数を把握していないことがわかる。
『
俺は、手札から、12枚のカードを選び、場に出した。
1256789101112413
「本条さまからカードが提出されました。導来さまは、1分以内に、出す、パス、ダウトから選択してください。」
そして、なぜ12枚だったのか。
それは、こういうことだ。
仮に導来が13枚のカードを出していたとしよう。
「出す」「パス」「ダウト」のうち、「出す」「パス」を選択した場合、その時点で俺の負けが決定する。導来の手札にはカードは一枚のなくなるからだ。
よって、俺は迷うことなく、「ダウト」を選択するだろう。
つまり、ブラフで巨大な素数を出す場合、13枚ではブラフにならないのだ。
さっきのように、出すか、出さないか、俺を迷わせるためには、出すカードは12枚でなくてはならない。
導来は、そんな俺の心を見透かしているのか、小さく笑った。
ヤツの持っているトランプが、俺のより大きいように感じられる。
だがしかし、今は俺が攻撃している番なのだ。
1256789101112413、俺はこの12枚のカードを出した。
先ほど俺が味わった苦渋を、今度は導来が味わう時なのだ。
「ダウト。」
1分が終わる間際、導来は、抑揚のない声でそう呟いた。
平等院補題による素数判定が入る。
「1256789101112413、これは偽素数でございます!よって、1256789101112413は本条さまの手札に戻ります。」
俺は場に出したカードを眺める。
そして、俺の仮説が正しければ、導来の狙いは、もう一つある。
「それでは、次は導来さまの手番でございます。」
「ちょっと、待った。」
俺は、平等院命題に向かって手を挙げた。
「どういたしましたか?本条さま。」
「これ、本当に偽素数なのか?」
「はい?」
平等院命題は、俺が指さしたカードを見る。
「ええ、偽素数でございますが?」
「その根拠は?」
「我々の素数データベースで確認いたしましたので。」
「それが間違っている可能性は?」
川の周りを囲むように待機している黒子がざわつき始めた。
平等院命題の眉間が目隠しの布ごしにもシワを作っているのが分かる。
「その可能性はございません。我々は信頼のある機関からこの情報をいただいておりますので。それに、もし間違っていた場合、これは我々数戟管理委員会の沽券にも関わります。」
「でも、それが正しいと、ここで証明する方法はないんだよな?」
その時、平等院命題は、ピクっと、一瞬動きを止めた。
そして、無言のまま片方の袖を
長身には似合わない、筋骨隆々とした腕が露わになる。
「本条さま。数戟の参加者が、命を賭けて戦っているように、我々も命を賭けて審判をしています。ここでは、この素数判定が正しいことを証明することはできませんが、この平等院命題が文字通り命を賭けて保証いたしましょう。万が一、素数判定が間違っていた場合は、この腕を切り落としていただいて構いません。」
頑健屈強、鍛え上げられた腕の迫力を前にして、俺は半分ちびっていた。
うん、普通に怖い。言わなきゃよかった。
「せ、せめて、後からでも分かるように、場に出た数字をホワイトボードかなんかに記録しておいてくれないか?」
俺は、震える声をなんとか鎮めながら平等院命題に進言した。
「わかりました。この場で出た数字は、すべて数戟報告書に記載される予定ですが、本条さまの不安な気持ちに配慮しまして、ここでも掲示することにいたしましょう。導来さまもそれでよろしいでしょうか?」
「カッ。オレは別に構わねえぜ。」
導来は、俺と平等院命題が会話をしている間も、ずっと自分の手札を眺めていた。
やはり、そうなのか。
「本条さま、今回は特別にご意見に対し時間を割きましたが、以後、このような行為は認めませんのでご注意ください。どんな発言であれ、わざと数戟管理委員会に文句をつけて、ゲームの進行を妨害する遅延行為と見做します。この素数大富豪の肝は、1分という制限時間にございますので。」
そう、この素数大富豪で一番大事なのは、時間なのだ。
俺は、この時点で、導来が次に出す手がはっきりと分かっていた。
***
「なに…これ…」
たくさんのディスプレイが設置されたモニタールームで、本条環奈は、一驚していた。
彼女が眺める画面には、本条圭介と導来圏が戦う姿が映る。
本条環奈が驚いているのは、川の中央でプレイしているという奇異な状況のことだけではない。
そのゲームの内容だ。
「ふふ〜☆☆ 相変わらず続いてるみたいだね〜」
平等院補題がポップコーンを食べながら、跳ねるようにソファに座る。
ポップコーンは、胸と腕の拘束具の間にキレイに挟まれている。
本条環奈は、警戒をしながら距離を取る。
彼女にとって、数戟管理委員会は自分を軟禁している存在だ。
「ほらほら〜☆☆ こっちきて一緒にお菓子でも食べよ? JKトークでも花咲かせようよ〜〜(๑╹ω╹๑ )」
本条環奈は「いや、いいです」と丁重に断り、ディスプレイに視線を戻した。
何度見ても彼女には、これまでのゲームの展開の方向が理解できなかった。
「ふふ〜☆☆ なんでこうなっているか、よくわからないんでしょ〜笑笑」
平等院補題は、ソファからくるくる回る椅子の上に移動し、くるくる回りながら、そう話しかける。
本条環奈は相変わらず無視をしている。
「ま、これまでの展開を1から振り返ってみよ〜☆☆」
補題は、器用にペンを口で咥え、小さなボードに書き始める。
「まず、初手、本条ちゃんが『57』を出したよね〜☆☆ そして、それを導来ちゃんがダウトしたの〜☆☆」
本条:57←ダウト、成功
「次に、導来ちゃんは、1425678910111213を出したね〜」
導来:1425678910111213
「本条ちゃんは迷った末にダウトした( ✌︎'ω')✌︎」
導来:1425678910111213←ダウト、成功
「さらに、次、本条ちゃんが、1356789101112413を出した。導来ちゃんはこれもダウトした。」
本条:1256789101112413←ダウト、成功
「ここで本条ちゃんが、なにやらイチャモンつけてたけど〜☆☆ ここからゲーム展開は、驚くべき感じになったよね〜☆☆」
そ、そうなの!と、本条環奈は言いかけて、への字に口を結んだ。
平等院補題は、ふわふわした感じなので、つい警戒心を解いてしまい易くなる。
「本条ちゃんと、導来ちゃんは、12枚のカードを出し続けた☆☆」
導来:5612791011421381←ダウト、成功
本条:1245679101112813←ダウト、成功
導来:2571319106124811←ダウト、成功
本条:1467891011123213←ダウト、成功
導来:1112657489101321←ダウト、成功
本条:3467910111212813←ダウト、成功
導来:5611219121041387←ダウト、成功
本条:4567101112819213←ダウト、成功
導来:2513746910811211←ダウト、成功
本条:4689111213107213←ダウト、成功
導来:1081751211134269←ダウト、成功
本条:1691011125248713←ダウト、成功
「すっごいよね〜☆☆ まさか素数大富豪で12枚のカードしか出ないなんて☆☆ ま、これは二人とも、あれを狙っているんだろうね〜〜(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎」
もったいつけたように平等院補題は煽る。
本条環奈は、迷ったが、このままモヤモヤして終わるよりは、思い切って聞いてみることにした。
「あの………なんで2人とも12枚のカードばかり出しているんですか……?」
その言葉に待ってましたと、平等院補題の顔は盛大ににやける。
「んんんんん?????なんか言った????」
「……あの……だから……2人は……なんで……12枚の…」
「んんんんんん????\\\\٩( 'ω' )و ////」
「……カードを…………」
「んんんんんん????ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌( ̄◇ ̄)┘」
「なんで2人は12枚ばかり出しているんですか!!」
とうとう本条環奈は耐えきれず大きな声で叫んだ。
まるでその顔を引き出せて満足、というように平等院命題は解説を始める。
「それはね〜☆☆ お互いに時間を稼いでいるからだよ。」
「時間?」
平等院命題は、ソファを蹴って、回転椅子に乗りながらその勢いで、スーと本条環奈の隣まで来た。
途中、ポップコーンがバラバラと床に散らばる。
「正確には、『戦略を立てる時間』と言った方がいいかな☆☆」
「??」
「下手に動くと殺されかねないからね〜〜」
「えっと、どういうことですか?」
「ま、とりあえず、ちょっとやってみようよ☆☆」
平等院補題は、目の前にトランプを広げた。
1から5の一枚ずつのカードを、補題と環奈にそれぞれ配る。
「素数大富豪の簡易版でことで〜〜1から5までのカードでやってみるよ〜☆☆ じゃあ、環奈ちゃんから、先攻で!」
「えっ!えっと、」
突然の環奈ちゃん呼ばわりに動揺するも、本条環奈は自分の手札を見る。
(えっと…「素数」っていうのは、1とその数以外では割り切れない数だったよね……例えば、3は……1と3以外では……2で割り切れないから……あ、素数か。)
環奈は、手札から3を選び、場に出した。
「うーん、やっぱり、初手だから、なんとなく気軽に出しちゃうよね〜☆☆でもね。」
補題は、その上に、5を重ねた。
3←5
「えっと、…………パス?」
「そだね〜〜☆☆ じゃあ、あたしの番っ!!」
41
補題は場に41を出した。
「今度は、二枚だから、41を超える2枚の数………………………………………あれ?」
環奈は自分の手札を見渡す。
1245
しかし、そこには41を超える素数は作れない。
42は偶数だし、51は3の倍数、52、54も偶数なのだ。
「出せないの?じゃあ、あたしの番だね。ほいよっ!☆」
23
「これで、おーしまい!☆☆」
補題は、すべてのカードを出し切った。
23は素数なので、環奈にはもう為すすべはない。
「あれ…先攻なのに負けちゃった?」
平等院補題は、新しいポップコーンの袋を足で開け、円柱型の筒に入れた。
今は、室内だからか、その足は素足だ。
「まーこんな感じに、出す手をミスると、一気に負けちゃう可能性もあるんだよね〜〜」
本条環奈は、ふむふむとメモを取る気持ちで話に聞き入る。
この時点で完全に気を許してしまった感がある。
「これと同じことが、あっちでも言えるってことですか?」
ボリボリとお菓子を食べる平等院補題に、環奈は問う。
「そだね〜☆☆ まあ、向こうは手札の数が多いけど、不用意にカードを出すことはリスクであることは変わりないよね〜☆☆ お互いの手札が分かっている以上、相手の取れる選択肢も分かっているわけだし、手札を少なくすることは、同時に選択肢も少なくすることだから☆☆」
「な、なるほど……!!」
ほいっと、平等院補題は、尻で踏んでいたポテチを環奈に渡す。
環奈は、袋を開け、パリっと、一枚いただく。
とっても美味しそうだ。
はいっ!と授業中の生徒のように、環奈は大きく手を挙げる。
「それで、なんでお兄ちゃんたちは、12枚のカードを出し合っているんでしょうか!?」
いい質問だね〜☆☆と補題は褒める。
えへへと、環奈は照れる。
「それはね、さっきも言ったように、時間を稼いでいるからだよ☆」
「時間!」
「そう☆ 今やったように、適当に小さな数を出しちゃうと返り討ちにされる可能性がある☆☆ だから、大きな素数を計算して見つけたり、ちゃんとした戦略を立てなくちゃならない☆☆」
「ふむふむ。」
「だから、そのための時間を、互いに12枚のカードを出し合い、ダウトをし合うことで、捻出してるの☆☆ 12枚のカードなら、相手もカウンターしづらいし、同時に迷わせることもできるしね☆☆」
「ほー。」
あ、でも、と本条環奈は疑問に思ったことを素直に言う。
「12枚のカードを出して、素数が当たっちゃう場合もあるんじゃないんですか?」
「まーそれは起こりにくいかな〜これを見てちょ。」
平等院補題は、立って、ホワイトボードを持ってくる。
そこには、数式と数字がたくさん書かれていた。
「さっき、計算してたんだけど、ざっとこれが素数の分布の様子だよ☆☆」
桁ごとの素数の個数
1桁 4個
2桁 21個
3桁 143個
4桁 1061個
…
「えーと、桁が上がるごとに、どんどん増えてる……?」
「まあ、そうだけど、"密度"としては減っているんだよね〜☆」
「密度?」
きゅっきゅっと、平等院補題は、ホワイトボードに書き足す。
桁ごとの素数の個数
1桁 4個 1〜9
2桁 21個 10〜99
3桁 143個 100〜999
4桁 1061個 1000〜9999
「桁が増えるってことは、同時に、その桁の数も増えるってことだよね〜☆」
「あ、うん。」
「じゃあ、桁ごとに、素数はどのくらいの割り合いで入っているかと言うと…」
桁ごとの素数の個数 割合
1桁 4個 1〜9 44%
2桁 21個 10〜99 23%
3桁 143個 100〜999 15%
4桁 1061個 1000〜9999 11%
「あ、減ってる!!」
環奈は驚いたように、ホワイトボードを眺める。
素数って、どんどん減っていくんだ……と独り言のようにいう。
「じゃあ、本条ちゃんたちが今出している、12枚、16桁の数に、どのくらいの素数が含まれているか、見てみよう〜☆☆」
白い包帯で目隠しをしているのに、平等院補題はまるで全て見えているかのような身のこなしをする。
「でも16桁はとても大きい数だから〜、ここで『素数定理』と呼ばれる定理を使うよ〜☆」
「そすーテーリ?」
「そう☆☆ これは、素数のだいたいの割合を主張しているものなの〜☆☆ その式は、」
xまでの素数の割合 ≈ 1/log x
「だよ〜。ここで、log x は自然対数だよ〜☆☆」
「……ふ、ふむふむ。」
「例えば、x=10000とすると〜、log 10000≈9.21だから〜、」
10000までの素数の割合 ≈ 1/9.21 ≈ 10.8%
「さっきの表と比べてみると〜、まあだいたい合ってるよね〜☆☆(実際の10000までの素数の割合は約12%)」
「おお〜!!素数定理すごーい!」
「じゃあ、これで、16桁の素数の割合を計算してみるよ〜☆」
log (10^16)≈36.8
「だから〜、10^16 までの〜、素数の割合は〜、」
10^16までの素数の割合 ≈ 1/36.8 ≈ 2.71%
「つまり〜、個数だと〜、0.0271×10^16個だね☆」
「ほ、ほう。」
「そして〜、10^15までの〜、素数の数は〜、」
log (10^16)≈34.5
10^15までの素数の割合 ≈ 1/34.5 ≈ 2.89%
「だから、0.0289×10^15個だす☆ つまり、」
16桁の素数の数=(16桁までの素数の数)-(15桁までの素数の数)
「なので〜、」
16桁の素数の数=0.0271×10^16-0.00289×10^16
=0.02421×10^16
「だいたい0.02421×10^16個あるってことだよね〜☆☆」
桁ごとの素数の個数
1桁 4個 1〜9
2桁 21個 10〜99
3桁 143個 100〜999
4桁 1061個 1000〜9999
…
16桁 0.02421×10^16個 1000000000000000〜9999999999999999
「??なんか多いのか少ないのか、分かんなくない?」
「そだね〜、じゃあ、割合を出してみよう☆☆ 16桁の整数は〜、全部で0.9×10^16個あるから〜、それで0.02421×10^16を割ると〜、」
16桁の素数の割合 ≈ 0.02421×10^16 /0.9×10^16
≈ 0.0269=2.6%
1桁 4個 1〜9 44%
2桁 21個 10〜99 23%
3桁 143個 100〜999 15%
4桁 1061個 1000〜9999 11%
…
16桁 0.02421×10^16個 2.6%
「よって、2.6%くらい含まれていることが分かったね!☆☆」
「おおー。意外と少ないんですね。」
「つまり、適当に数字を並べて出したとしても、そうそう素数が当たらないというわけ☆☆ 例えるなら、2桁の時の素数の割合は、23%、これは空気中の酸素の割合とほとんど同じわけだけど、16桁の素数の割合は、2.6%。酸素でいえば、死に至るレベルだよね〜☆☆」
死という言葉を扱う時の平等院補題はなんだか嬉しそうだ。
拘束具で腕を固定されていることを除けば、見た目は普通の女の子なのだが、時折その不気味さが顔を出す。
「つまり、お兄ちゃんたちは、そんな小さい確率の中で、必死に戦っているってことなんですよね。」
本条環奈はモニターを心配そうに見つめながら言う。
その顔は、まだ17歳の少女の顔だ。
「まあ、確率が2%って言っても、このまま繰り返していけば、偶然当たっちゃうこともあるしね〜☆☆ 2人ともそれは避けたいはず☆☆ つまり、その前に……」
「戦略を作って、勝負に出る。」
環奈は真剣な目で、補題を見つめる。
その鋭さに、補題は一瞬、寒気を感じたが、意識には上らなかった。
「うん☆ 言い換えれば、この勝負、必勝法を見つけ、先に動いた方が勝つってことだね☆」
お兄ちゃん……頑張って……とディスプレイを眺めながら、本条環奈は祈る。
補題は、その隙に環奈から奪ったポテチを食べようとした瞬間、戦局は大きく動いた。
『本条さま、ダウト失敗です!』
***
1421011
場には、導来の出した5枚からなる7桁の整数、1421011が置かれていた。
導来は、12枚のカードを出すのをやめ、勝負に出たのだ。
これに対し、俺は7桁以上の素数など出す術もなく、ダウトをしたのだが、それは失敗に終わった。
導来:1421011←ダウト、失敗
「本条さまのダウトが失敗しましたので、1421011 は、本条さまの手札に移ります。」
新たに5枚のカードが手札に加わり、全部で18枚となった。
一方、導来の手札は、わずか8枚。
「続いて、もとい、引き続き、手番は、導来さまの番となります!」
今までにない緊張感が胸を中をえぐるように走る。
俺は、すでに負けているのかもしれない。
「カッ。カッ。カッ。」
いきなりのその声に、思わず手札を落としそうになる。
俺は手汗を拭きながら、導来の方をゆっくりと見た。
「間に合わなかったようだなあ。本条圭介。」
落ち着け。揺さぶりをかけているだけだ。
冷静になれ、俺。
「カッ。お前は、この10数ターンのうちに、2%の可能性にかけて、16桁の素数を出すべきだった。それを当てる運がなかったのが、お前の敗因だ。」
導来はまるで過去のことを話すかのように、淡々と言葉を紡ぐ。
俺は、反論のための言葉すら浮かばない。
「オレの方の計算は、もう終わったぜ。」
そう言うヤツの瞳は、とても嘘を付いているように思えない。
俺は、沈黙を続けるしかなかった。
「ケッ。じゃあ、まあこれで、最後の1分を楽しめよ。」
358769
導来は、場にカード出した。
ヤツの残った手札に見えるのは、素数1213。
358769が素数かどうかで俺の運命は決まる。
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