アディショナル・ゲーム(中編)
『戦略』
「はい!じゃあ位置についたかな〜☆☆ざっくりと説明を始めるよ〜☆☆」
俺たちは、大きな川の中州に立たされていた。
川の流量は少なく、足元に水は届いていない。
そんな地面が盛り上がっているところに、机が固定されている。
「今、本条ちゃんと導来ちゃんは〜、この一本の手錠で〜、結ばれているの〜☆☆( ´ ▽ ` ) 運命共同体ってわけ〜☆☆ そして〜、手錠の鎖は〜、テーブルに固定されていて〜、逃げ出せないってわけ〜☆☆」
俺は、右手に付いた手錠を少し引っ張ってみる。
机の穴を通して、導来の手が少し引っ張られる。
「この川の上流には〜、ダムがあって〜、川の流量が調整できるの〜☆☆ 素数大富豪が始まって〜、30分経つと〜、ダムが開放されて〜、徐々に水が増えてくよ〜!!!!!(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎」
だんだん嫌な予感がしてきた。
いや、激流葬と言っているあたりから、嫌な予感しかしないのだが。
「うーん。水の高さが30センチを超えたあたりから、立つのが難しくなるかな〜☆☆☆ 50センチだと、車が流れる高さだね〜☆☆ 1メートルはまず生きられないかな〜☆☆ ま、流れの速さにもよるし、あくまで目安だよ〜(((o(*゚▽゚*)o)))♡」
平等院補題は、とてもニコニコした笑顔で、そう解説する。
サディストめ。
「カッ。それで、このテジョーは、どうすれば外れるんだよ」
こちらのサディストも負けてはいない。
導来が質問する。
「にゃはは〜☆☆ 簡単だよ〜☆☆ 素数大富豪に勝つだけ! 素数大富豪に勝った瞬間に、この
平等院補題は、机の上に置かれた白い箱を指差す。
箱には、SHIROBAKOと書かれている。
「鍵は1つしかないから〜、慎重に勝負してね〜☆☆ てなわけで、以上で、激流葬の説明は終わりなの〜〜☆☆」
早い話、負けたら、水に飲み込まれて水死ということだ。
勝って生き残るためには、水没する前に勝負を終える必要がある。
「それでは、早速、素数大富豪を開始させていただきます。」
平等院命題に、場の進行が移る。
いよいよ導来との最後の数戟が始めるというわけだ。
「ルールをおさらいいたしましょう。」
/*********ルールまとめ*******************************
・お互い手札は1から13の13枚から始める
・交互に数字を作り場に出していく。
・場にカードがある場合、その数字を構成するカードと
同じ枚数で作られた数字しか出せない。
・場に出ている数字より、大きい数字しか出せない。
・数字を出された側は、3つの選択
「出す」「パス」「ダウト」から1つ選ぶ。
・「出す」は、数字を出すこと。素数でなくても良い。
・「パス」は数字を出さず、場を流し、相手に番を譲ること。
・「ダウト」は相手の「素数」に異議を唱えること。
素数ならば、ダウトした方が、
偽素数ならば、ダウトされた側が、ペナルティを食らう。
・ペナルティとは、そのセットで場にあるカードをすべて受け取り、
相手に番を譲ることである。
・先に、手札を0枚にした方の勝利である。
ただし、最後のカードを出して、ダウトをされ、ペナルティを受けた場合は、
その限りではない。
*********************************************************/
「また、ゲームの進行を円滑にするために、それぞれの選択時間を、1分とさせていただきます。この制限時間を過ぎた場合、自動的に負けとなりますので、ご注意ください。」
平等院命題は、俺と導来の前に、それぞれ13枚のカードを置いた。
「さて、素数大富豪で重要となる、先攻、後攻の決め方ですが、今回は偶然性を排除するため、『素数』で決めたいと思います。」
「素数?」
「ええ。今から、本条さまと導来さまには、13枚の手札から、好きな素数を1つ作っていただきます。その素数がより大きい方を、先攻としたいと思います。」
素数が大きい方が先攻……待てよ、そうすると…
俺が色々考えている中、導来が平等院命題にツッコミを入れる。
「ケッ。出した素数は、そのまま捨てられるのかよ?」
「いいえ。これは先攻後攻を決めるだけですので、出したものはそのまま手札に戻ります。ただし、その出した素数を、それぞれの『禁止素数』とします。すなわち、その素数をこれからのゲーム中に出すことを禁止します。」
「禁止素数?」
平等院命題が、俺の側からトランプを1枚取り出した。
「例えば、本条さまが、先攻後攻決めで、13を一枚出した場合、素数大富豪中に本条さまは13を出してはいけません。ちなみにこれは、本条さまの『禁止素数』ですので、導来さまは13を出すことができます。」
「えっと……、1と3を組み合わせて出すこともダメなのか?」
「はい。この場合、13という素数が禁止されているので、それも駄目でございます。」
なるほど。だんだん理解が追いついてきた。
大きい素数を出せば、先攻を取れる可能性は高い。
しかし、そうすると、自分がそれを出せなくなる上に、相手に素数を知られてしまう。
つまりは、そこそこ大きい素数を出すとか、この先攻後攻決めにも戦略が考えられるわけだ。
「それでは、素数を1つお作りください!制限時間は1分といたします!」
俺は、自分の手札を見る。
1から13までのトランプが1枚ずつ並んでいる。
禁止素数があるとはいえ、先攻はまだまだ有利なはずだ。
ここは何としても先攻を取りたい。
素数を探せ。
2、3、5、7、11、13
一枚から作れる素数は、この6つだ。
これでは小さすぎるだろう。
17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、57、59、61、67、71、73、79、83、89、97
2桁の素数は、ざっとこんなものだ。
これでも数学徒の端くれなので、2桁の素数くらいだったら、感覚でだいたいわかる。
しかし、これでも小さいだろう。
相手はなんといっても、導来だ。
3桁の素数とか余裕で出してくるかもしれない。
それを超えるには、4桁。
4桁は、欲しい。
俺は、右端の2枚に目がいった。
1213。
この1213は、パッとみ素数っぽい。
確かめてみよう。
素数かどうかを確かめるには、それより小さい素数で割ってみて、割り切れないことを示せば良い。
でも、すべての素数で割って見る必要はなくて、その数の平方根までの素数までで良い。なぜなら、a=pqという風に分解できたとき、pとqのどちらかは、√a 以下であるからだ。
つまり、1213が、素数であるかどうか確かめるには、1213の平方根、ざっと、35くらいまでの素数で割って見れば良い。
2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31
11個。1213という大きい数に比べれば、それほど多くはない。
「残り、30秒でございます。」
やばい。早く計算しなくては。
ええと、まず、1213は奇数だから、2で割り切れない。
また、1213の各桁を足すと、7だから、3の倍数でもない。(3の倍数は各桁を足すと3の倍数だから)
それに、1桁目は3なので、5の倍数でもない。
見た目で簡単にわかるのは、このくらいまでか。
7で割って見ると、1213=7×173+2だから違う。
後は、
1213=11×110+3
1213=13×93+4
1213=17×71+6
1213=19×63+16
やばい間に合わない。
「時間終了です!それでは、素数を私にお渡しください!」
仕方なく俺は、1213を平等院命題に差し出した。
これで、もし素数でなかった場合、後攻になってしまう。
「それでは、本条さまの素数から発表いたします。それは、『1213』です!」
頼む。素数であってくれ。
「我々の素数データベースとの照合の結果、1213は、確かに素数であると確認されました!」
おおおおおおお!!!!!!
よし。よし。よし!
1213、まじ優秀な素数である。本家の素数大富豪でも頻繁に使われるに違いない。
後は、導来の手札次第だ。
自分でやってみて分かったが、1分で素数かどうかを判定するのは、意外と難しい。
チャンスは十二分にある。
それに、リスクを警戒して、小さめの素数を出してくる可能性もある。
導来が巨大な素数を知らない前提の話だが。
「それでは、導来さまの素数を発表いたします!」
勝て!勝て!勝ってくれ!
「それは、『2』でございます!これは素数であり、よって本条さまの先攻からと決定いたしました!」
え…………?
………2?
まじで?
導来の顔を見る。
鼻で笑うかのようにこちらを見ている。
こいつ…まさか……………いや、間違いない。
わざと一番小さい素数を提示してきやがった。
でもなぜ?なぜだ??
「それでは、先攻後攻が決まりましたので、早速、素数大富豪を開始したいと思います。まずは、本条さまの手番です。1分以内にどのカードを出すか、選択してください!」
1:00
0:59
俺の動揺が落ち着かないまま、素数大富豪は始まった。
0:58
0:57
0:56
0:55
やばい。時間が短すぎる。
どうする?まず何を出せばいい?
本条手札:1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13
導来手札:1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13
やっぱり、大きな素数を出した方がいいのか?
でも1213は禁止素数になってしまったから、もう出せない。
そうなると、今からもっと大きい素数を見つけて……
0:47
0:46
0:45
0:44
いやそんな時間あるのか?
それに大富豪の定石に従うならば、最初は小さい数から出した方が良さそうだ。
じゃあ無難に1枚のカードを出して…
0:39
0:38
0:37
0:36
いや、もしかしてそれが導来の狙いなんじゃないか?
さっきわざと後攻を取ったのは、カウンターを狙うため?
ひょっとすると、この素数大富豪は後攻の方が有利なのか?
0:27
0:26
0:25
0:24
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。
落ち着け。落ち着け。
そうだ。むしろ俺を動揺させるのが導来の作戦なんだ。
現に今も関係ないことで頭がいっぱいになってるじゃないか。
0:18
0:17
0:16
0:15
早く出さないと時間切れで負けになる。
とりあえず、2桁の素数で行こう。
安全牌で、大きくも小さくもない数だ。
俺は、残り5秒のところで、素数57を出した。
本条→(5,7)
「本条さまが、57を出されました。導来さまは、これに対し、1分以内に『出す』『パス』『ダウト』を選択してください。」
「………………ダウト。」
1分のカウントダウンが始まってすぐに、導来はダウトを宣言した。
へ………?あ!
「導来さまがダウトされましたので、素数チェックに入ります。我々のデータベースと照合した結果、57は『偽素数』であると判定されました。」
あ、あーーーーー!!!!!
「したがって、5と7のカードは本条さまの手札に戻ります。」
しまった……………………………。
57は素数じゃなかった。3×19と素因数分解できる。
というか分かりやすい3の倍数だ。
あー!ツイッターで『57は素数』ネタがあるせいだ!
というかグロタンディークのせいだ!
「続いて、導来さまの手番となります。」
本条手札:1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13
導来手札:1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13
まあ、いい。
出した57は手札に戻っただけだから、損はしていない。
ノーリスクノーリターンだ。
この際、導来の先攻から始まったと思えばいい。
「ワンターンキルって知ってるか?」
導来がトランプを持ったまま話しかけてきた。
ワンターンキル?
「カッ。カードゲームとかで、最初のターンで勝負が着くことをこう言うらしいぜ。まあ、オレはゲームなんかやったことねえから、よく分からねえが、つまりは、勝負が一瞬でついてしまうクソ仕様のゲームってことだ。くだらねえ。」
導来は自分の手番だと言うのに、悠長に話をしている。
俺は彼が何を言っているのか、真意が掴めないでいる。
「ケッ。せっかくチャンスを与えてやったっていうのに。」
「あ?どういう意味だよ?」
「ハァ。まだわからねえのか。…………こういう意味だ。」
導来は、ため息をつきながら、テーブルにトランプを出した。
1枚、2枚、3枚、4…………!?
「1425678910111213。これで、オレの勝ちだ。」
***
本条圭介と導来圏が戦っている頃、群城すずは、森の奥、とある滝の上流付近にいた。
群城すず。人々は彼女のことを「人の形をした獣」と呼ぶ。
その細い体から想像できないような豪腕は、岩を砕き、熊をも倒すと噂される。
しかし、彼女の恐れられている点は、「獣」であることではない。
「人」の形をしているところである。
人が獣をより優れている点は、いうまでもなく知識を吸収できるところだ。
肉弾戦において、それは「型」を習得できるということにつながる。
武道における型とは「最適化された武力」であり、人類の叡智の結果でもある。
群城すずは、柔道、剣道、合気道、弓道を始め、様々な武道に精通しており、それゆえに無敵の力を誇っている。
もし彼女がただの獣だったら、ただの暴力で勝てるだろう。
しかし、「型」を習得し、戦略を有する彼女の前では、誰も勝てないのである。
さて、そんな彼女が今、流れる川の中で片膝をついていた。
膝をつかされていると言った方が正確かもしれない。
その白い肌にはアザができ、口からは血が流れている。
そして、彼女の前には、一人の男が立っていた。
「最弱ッ!!実に最弱ッ!!病的にッ!描的にッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます