アディショナル・ゲーム(前編)

『素数大富豪』


「それでは、皆さんお集まりになったということで、改めてゲームの説明をいたします。」


俺たちは、森を二つに分断する大きな川の周りにいた。

大きな川といっても時期的に雨が少ないせいか、流れている水の量はそれほど多くはない。


「これから、本条さま、導来様にやっていただくゲームは、『素数大富豪』です。素数大富豪とは、整数論の研究者である『せきゅーん』(@integers_blog )さんが開発したゲームであり、各種メディアで取り上げられるなど、数学徒の間に根強い人気を誇っています。このゲームを、一言で表せば、『素数比べ』とも言えるでしょう。」


素数比べ……??

一体、どんなゲームなんだ?

平等院命題は、河川敷の上に設置されたテーブルの上に、トランプを並べる。


「皆さま、大富豪というゲームをご存知でしょうか。大富豪とは、プレイヤーは交互に手札からカードを出していき、一番早く手札をなくした人が、勝者、すなわち、大富豪になれるというゲームでございます。そして、場に出せるカードというのは、なんでもいいわけではなく、カードの数字ごとに強さが決められています。」

「確か、3、4、5、…、12、13、1、2の順番に、3が一番弱くて、2が一番強いんだよな。」

「本条さま、その通りでございます。例えば、場に11のカードが出されていたら、それより強い、12、13、1、2などのカードを出すことができます。しかし、素数大富豪では、カードの強さは、素数の大きさで決まります。」

「素数の大きさ?」


平等院命題は、2の数字のカードを一枚、テーブルの中央に置いた。


「例えば、プレイヤーは、2という数字を出すことができます。ご存知、2は最小の素数であります。これに対し、次のプレイヤーは、2より大きい素数を場に出すことができます。例えば、3です。」


2の上に、3のカードが重ねられた。

2→3


「そして、次のプレイヤーは、3より大きい素数を出すことができます。もし、5を出したら、次は、5より大きい素数……というように、どんどん大きい素数を出していきます。」


2→3→5→…


「他のプレイヤーが誰も出せない場合、場は流れます。これで1セットです。そして、前のセットで最後に出したプレイヤーから、新しいセットが始まります。」


もし、

2→3→5→7

で他の人は出せない場合、場は流れ、1つのセットが終わる。

7を出した人が、次のセットで、新しいカードを出していく。


「つまり、トランプの中での最大の素数は、13だから、13が一番強いカードってことになるのか?」

「それは、ある意味、正しく、ある意味、間違いです。。素数大富豪では、複数のカードをつなげて、1つの数を作ることができます。例えば、2と3のカードを持っていた場合、23という素数を場に出すことができます。」

「なるほど、この13が出されたら、23で返せばいいのか。」


俺は、一枚の13の上に、2と3のカードを重ねた。

13→(2,3)

*ただし、ここで、(2,3)は2と3から作った23を表す。


「いえ、それはできません。素数大富豪では、場に出されたカードの枚数と同じ枚数のカードしか出せません。一枚の13に対しては、2枚のカードで出来ている23を出すことはできないのです。すなわち、13は、1枚のカードとしては、最強のカードなのでございます。」


×13→(2,3)


「じゃあ、もし1と3で作った13に対しては、23は出せるのか?」

「ええ、その場合は、2枚と2枚ですので、出すことができます。」


◯(1,3)→(2,3)


「カッ。5枚とか10枚とかつなげて、素数出してもいいのかよ?」

「はい。大丈夫でございます。例えば、13、4、8、7の4枚のカードをつなげて、素数13487を出すことも可能です。もちろん、この場合、場に何もないか、13487より小さい4枚のカードの上にしか出せませんが。」


◯(2,3,5,7)→(13,4,8,7)

カードの枚数が一致しているので、OK!

×(2,3,7)→(13,4,8,7)

カードの枚数が一致していないので、ダメ!

×(13,7,2,1)→(13,4,8,7)

13721の方が13487より大きい数なので、ダメ!


*ちなみに、2357、237、13721はすべて素数。


「だいたいのルールは、以上でございます。本家のルールでは、『合成数出し』、『グロタンカット』などがございますが、今回は、ルールをシンプルにするため『超簡素版』として行います。」


平等院命題は、今まで使ったカードを一つに集め始めた。


「では、ここまでで何か質問はございますでしょうか。」

「ケッ。人数は、何人でやるんだよ?」

「本条圭介さまと、導来圏の一騎打ちで行います。」

「……普通の大富豪だと、最初の手札が強いやつが、勝ちやすいと思うんだが、その辺は、どうなんだ?」

「いい質問でございます。これは、ゲームといえど、歴とした数戟でございますので、可能な限り、運の要素は排除いたします。すなわち、ゲーム開始時のお互いの手札は、全く同じであり、それぞれ1から13までの、13枚のカードを持って頂きます。」


13枚!?

そんなに手札が多いのか。


「そして、勝敗の決定方法は、『先に手札を0枚にした方』を勝者といたします。通常の大富豪と違い、何回もゲームは行わないので、一発勝負と思ってくださいませ。」


13枚のカードを先に出し切った方が勝ちということか。

同時に、これは漸問答タルタリアの勝者にもなる。


「カッ。それで、素数かどうかの判定は、どうするんだ?お前らが判定すんのか?」

「それに関して、最後に、このゲームのキモとなる『特殊追加ルール』を説明いたします。それは、『ダウト』です。」

「ダウト?」


平等院命題は、俺と導来圏に、5枚ずつトランプを配り始めた。

俺は、1から5までのスペードが手札に入る。


「分かりやすいように、模擬ゲームで確認いたしましょう。本番は、13枚ですが、簡単の為に、今は5枚にいたしました。それでは、試しに、本条さまの先攻として、好きなカードを出してみてください。」


言われるがままに、俺は、最小の素数「2」を出した。



「これに対し、導来さまは、3つの選択肢を取ることができます。『出す』『パス』『ダウト』です。」


出す、パス、ダウト?


「まず、『出す』は、文字どおり、カードを出すことです。この場合、2より大きい素数3などを出すことができます。」


選択肢1:出す

2→3


・本条手札:1、3、4、5

・導来手札:1、2、4、5


「しかし、もし、出せない場合、出したくない場合は、『パス』をすることもできます。すると、この場は流れ、再び本条さまの番から始まります。」


選択肢2:パス

2→パス→流れ


・本条手札:1、3、4、5

・導来手札:1、2、3、4、5


・新しいセットが、本条の番から始まる。

(場は流れるので、もう2は関係なく、本条は手札から好きなカードを出せる)


「最後の選択肢は、『ダウト』です。もし、本条さまの出した2に対し、素数かどうかの疑念を感じた場合は、ダウトを宣言することができます。この時、我々管理委員会が、素数かどうかを判定し、その結果により、適切なペナルティが課せられます。」


選択肢3:ダウト

2→ダウト→?


「まず、本当に素数だった場合、ダウトをした側、すなわち、導来さまにペナルティが課せられ、そのセットで、場に出されたカードすべてを手札に加えて頂きます。さらに、場は流れて、次のセットは相手の番からになってしまいます。今回の場合、2は素数なので、ダウトは失敗し、2が導来様の手札にいきます。」


選択肢3:ダウト

2→ダウト→2は素数なので、ダウト失敗。2は導来の手札へ。


・本条手札:1、3、4、5

・導来手札:1、2、2、3、4、5


・場は流れ、次のセットは、本条の番から始まる。


「もし、素数ではなかった、つまり、偽素数だった時は、ダウトされた側にペナルティが来ます。例えば、」


2→3→4


「のように、本条さまが2を出して、導来さまが3を出し、それに対し、本条さまが4を出したとしましょう。この時、導来さまがダウトをすれば、4は素数ではないので、本条さまは、そのセットで場にあるカードをすべて受け取り、導来さまの番から次のセットが始まります。」


選択肢3:ダウト

2→3→4→ダウト→4は合成数なので、本条は2、3、4のカードをすべて受け取る。


・本条手札:1、2、3、3、4、5

・導来手札:1、2、4、5


・場は流れ、導来の番から始まる。


「このように、『出す』『パス』『ダウト』の3つの選択肢を駆使して、手札を少なくしていきます。」

「ちょっと、待て。もし、偽素数を出して、ダウトされなかったら、どうなるんだ?」

「その場合は、そのまま、素数とみなされて進行していきます。さっきの場合だと、導来さまは、4にダウトせず、5を出すこともできます。」


選択肢1−α:偽素数だけど出す

2→3→4→5


「カッ。言うなれば、ダウトしないやり方もあるわけか。」

「まあ、その辺に関しては、ネタバレになりますので、ここでは言及はしないようにしましょう。一通り説明が終わりましたので、ここでまとめます。」


/*********ルールまとめ*******************************

・お互い手札は1から13の13枚から始める

・交互に数字を作り場に出していく。

・場にカードがある場合、その数字を構成するカードと

同じ枚数で作られた数字しか出せない。

・場に出ている数字より、大きい数字しか出せない。

・数字を出された側は、3つの選択

「出す」「パス」「ダウト」から1つ選ぶ。

・「出す」は、数字を出すこと。素数でなくても良い。

・「パス」は数字を出さず、場を流し、相手に番を譲ること。

・「ダウト」は相手の「素数」に異議を唱えること。

素数ならば、ダウトした方が、

偽素数ならば、ダウトされた側が、ペナルティを食らう。

・ペナルティとは、そのセットで場にあるカードをすべて受け取り、

相手に番を譲ることである。

・先に、手札を0枚にした方の勝利である。

ただし、最後のカードを出して、ダウトをされ、ペナルティを受けた場合は、

その限りではない。

*********************************************************/


「それでは、これより、会場の説明に移ります。」

「ちょっと、待ってくれ。」

「どうされました?本条さま。」

「一点、保障してもらいたいことがある。」


俺は、今まで後ろで話を聞いていた群城たちの方を向いた。


「群城、南條、そして、環奈の身の安全の担保を、数戟管理委員会にしてもらいたい。彼女らを、漸問答タルタリア二回戦のような危険な目には、もう遭わせたくない。」


リスクを伴うのは、俺だけで十分だ。

それに、環奈は、自分より他人の心配をしたがるから、安心なところにいてもらいたい。


「分かりました。今回の勝利報酬でもある本条環奈さまの安全については、我々が責任を持って管理しましょう。槍の雨が降ろうとも怪我1つさせません。」


よし、やった……!

言質を取ったぞ。


「しかし、本来、部外者である群城さまと南條さまについては、責任を負いかねます。」

「な…」


群城はともかく、南條の戦闘力は、ほぼゼロだ。

女の子のような華奢な体は、導来の刺客に襲われたらひとたまりもない。


「カッ、カッ、カッ。その心配はねえよ。オレのを貸してやる。」


導来圏のそのセリフを、俺は理解することができなかった。

というより、理解より前に、事実が目の前に降ってきた。

ドシン、と地面に衝撃が走ったのだ。


「失敬。巨乳めがけて、着地したつもりデシたが、ハズレてしまったようデス。」

「……………ロス………ココロ……………コロス……」


突如、ラピュタのごとく、上から降ってきたのは、1人の男と、1つの物体だった。

男の方は、紳士のような礼装をしていて、片方メガネの高身長。

物体の方は、黒いベールに包まれていて、球体のような形状をしている。


「紹介するぜ、こいつらが、これからお前らを守る、オレのボディガードだ。」


紳士と物体は、それぞれ自己紹介を始めた。


「ハジめまして!東京都数学科学生連合、高層ハイパーシーフ第9位、杉裏解析と申しマス!群城サン、あなたをお守りしまショウ!病的に!秒的に!」

「…………………………高層ハイパーシーフ第6位………………………………内打位相……………………………ナンジョウ………………コロス………………ユルサナイ………………」


/*********杉裏解析***************************************

*血液型:A型

*ランク:高層第9位

*能力:「病的な解析学徒パソロジカル・アナライザー

*特徴:???

*********************************************************/


/*********内打位相***************************************

*血液型:O型

*ランク:高層第6位

*能力:「位相幾何学者の正弦曲線トポロジスト・サインカーブ

*特徴:???

*********************************************************/


高層とは、東数の上位10人のことである。

1人1人が、独自の専門分野を持つ、スペシャリスト集団だ。

それが2人も揃うなんて、どうなっているんだ。


「カッ。というわけで、頼むぜえ?お前ら。こいつらをしっかりと、やってくれ。」


そういうことか。

しまった。先手を打たれてしまった。


「圭介、大丈夫だ。こいつらは、アタシらがなんとかできる。」


群城が手を、俺の肩に乗せる。

その顔は、険しくも自信に満ちた雰囲気だ。


「小屋の時は、迷惑かけてすまなかった。もう、あんな失態は犯さない。今度こそ、自分の身は、お前の身は、アタシがちゃんと守る。」


南條もその言葉に続く。


「愚問。元会長の私が、高層ごときに負けるなど、天文学的確率で、まずありえない。」


頼もしい限りである。

彼女らの心配など、杞憂だった。

いろんな意味で最強の2人なのだから、問題ないだろう。


こうして、2人は、とともに、森に消えていった。


「それでは、話を戻しまして、会場の説明に入ります。セッティングは、平等院補題にお願いいたしました。」

「はーい☆☆みんな〜!!補題ちゃんだよ〜☆☆もう〜、ルール説明ばかりで〜、退屈だったんだからね〜♡♡」


と言いつつ自然な流れで、俺と導来に手錠をつけた。

女の子から、こんなプレゼントをもらったのは、もちろん初めてだ。

嫌な予感しかしない。


「素数大富豪の敗者に〜、待ち受けるのは〜、『激流葬』☆☆☆ 次回、水死で死す!なの〜〜☆☆☆( ´ ▽ ` )」



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