ショック集団

 棄てられたパイプの中で砂嵐をやり過ごしています。砂が入ってこないように入口にタープを張って、ネイキッド・バイク『アル=カマル』を避難させ……武器を取り上げられたエニーさまとサムさまをアノニマさまが監視しています。

 妙な動きをすればいつでも殺せるぞといった様子でした。アノニマさまは二人から取り上げた狙撃スコープ付き降下猟兵ライフル、ラドムVIS拳銃、モスバーグ散弾銃、ベレッタM12短機関銃などを点検していました……。

「骨董品ばかりだな」

「あたしが直しながら使ってるんだよ。現代向けに弾薬を替えたり部品強度を見直したリプロ品も多いよ……。サムのFG42は適切な弾薬を使えば初弾でサブMOAくらいの精度は出せるように調整してる」

「基礎設計は3.5~6MOAのライフルをか? メカニックの腕は良いんだな」

降下猟兵ライフルに搭載されたデジタル・スコープも熱源探知やら弾道計算やら、様々な機能を有しているようでした。

 アノニマさまはパイプの中で小さく火を焚いており、鍋の中を再加熱しておりました。温められた食べ物の分子が空気中に拡散され、鼻腔を刺激し……エニーさまのお腹がぐうと鳴りました。

「あんたが食ってるそれ、何」

「チリコンカルネ」

「ゲーッ、マジもんの獣肉ジビエなんか食ってやんの。気味が悪い……残酷人間、人でなし」

「ヴィーガン向け培養肉で育てばそんな感想にもなるか」

ヴィーガニズムとは動物からの搾取を拒否する哲学的実践です。食肉に限らず、毛皮、あるいはハチミツや乳製品、無精卵に至るまで、人間による動物の利用と搾取を拒絶します。ですから、結果的に菜食主義ベジタリアニズムになるというだけで……そこに動物存在への搾取が発生していなければ、人工的に培養された肉を食しても問題ないと考えるヴィーガンも登場し始めました。

「あたしはラットを飼ってるんだけどさ。やっぱ動物ってのは可愛いよ。それを殺して食べようだなんてぜんっぜん信じらんないね」

ほーらおいで、マコモ、くきみ、ジェムりん……お前たちを殺して食べるなんて全く野蛮な人間でちゅね~、ちゅっちゅ。エニーさまはバッグから三匹のネズミを取り出してそれぞれにキスし穀物を食べさせて自分も少し食べていました。

「別に人のものはわざわざ取って食べようとも思わないが」

「あっそうやってモノ扱いする。動物に対する権利意識は20世紀並みらしいや」

「現行法でもペットを殺したところで器物損壊罪のままだと思うが?」

「あんたにとっちゃ、法律が絶対ですか? 狼人ローニンのくせして遵法意識は高いんだな」

 私が御三方に「コーヒーを飲まれますか?」と尋ねると、エニーさまが「そのコーヒー豆に児童労働などの搾取構造は発生してる?」と訊かれますので、アノニマさまがその質問に肩をすくめると、「ま、今どき児童労働なんかより機械のほうがずっと効率いいか」と言って、カップを受け取りました。

「あんたは? 機械式家政婦メイドロボ

「私はアリスです。以前のマスターにそう呼ばれておりました」

機械ロボ機械ロボだろ。型番の他に名前なんてあるのか?」

「私の型式番号はAIS-905です。そうですね、親しみを覚えやすいように“名付け”によってアプリボワゼする設定が標準的です」

「あっ、なんだ、お前って性玩具人形セクサロイドなんだ。妙に高価な作りしてるよなー、あのシリーズ。口腔や直腸はともかく、胃とか腸とか冗長部品で要らなくない? って思うんだけど」

「はい。しかし私はセクサロイドとして欠陥品なのです。愛情のエミュレータをインストールされないまま出荷されてしまいました」

「それはソフトウェア的なやつ? それともあたしたちのエヴリさまが脳殻にアプリオリ・インストールされてるみたく、チップだとかハードウェア組み込み?」

「恐らく、診断ツールからのフィードバックによればソフトウェアかと……他の機種のセクサロイドと接触したことがないので、分からないのですが」

私はサムさまのほうに向き直って「サムさまは、私とセックスされますか?」と訊ねると、「おれは人形偏愛症ピグマリオン・コンプレックスじゃないからいいよ」と言って、断られました。エニーさまは「ふん、その場合はソフトウェア会社が愛の女神アプロディーテってわけか……」と独り言ちられました。

「サムはエヴリさま純愛派だかんね。あたしが手伝ってあげよっか? って言っても聞かないんだ、これが(エニー! とサムさまが顔を赤くして怒鳴られました)。まあ近親相姦には忌避感があるかもしれないが、オナホくらい作ってあげても別に構わないんだけど」

「……あのドリルだとかロータリー・エンジンにマフラーがくっついたようなやつのことか?」

「ちゃんとピストン運動するし排熱で温まるんだから得じゃん」

「火傷する上に巻き込まれて切断だよ。そんな去勢プレイはいやだぜ」

「仕様は満たしてるのに、ゼータクだなぁ」

アノニマさまはチリコンカルネを食べ終わって、左腕に仕込まれたワイヤーフックを新しいものに交換して、ホログラムの浮かび上がる携帯端末を操作していました。

「あんたってさぁ、」

エニーさまが親戚の子供のようにアノニマさまに近付いて言いました。

「戦闘用サイボーグでしょ。女性型の。何でちょっとだけおっぱい付いてんの?」

「多少膨らんで見えるのは心臓と肺の防弾レイヤーだ」

「ああ、じゃあロケットおっぱいとは違うんだ」

「そんなもの余計に要らないだろ……」

通常の戦闘サイボーグはクラスIIやクラスIII-A程度の防弾性能を持ちます。全身を覆い尽くすエディプス複合装甲でもない限り、クラスIIIやクラスIVの防弾性能は心臓部や脳殻部分など、必要最小限にする事が多いようです。ちなみに、私のような業務用ロボットでもクラスI程度の防弾性能は有しています。

「その端末は?」

「仕事の請負情報だ」

「運び屋だっけ。天気予報とか見れないの?」

「嵐はまだ続くらしい」

すると、端末から浮かび上がるホログラムが荒れ始め……「あ、あたし何もしてないよ?」アノニマさまがエニーさまを睨みつけると、「慌てるでない」人間の形をしたホログラムが語り始めました。

「エニー、それにサムよ、ご苦労であったな。お主らの働きはずっと見ておったぞ。今は、この端末をお主らの脳殻経由で近距離無線通信によってハッキングして話しておる」

「え、エヴリさまぁ」

お二人は顕現する神の姿にエニーさまは涙を流して、慌ててコーヒーを溢したサムさまはズボンを濡らし股間を熱くしておられました。(比喩でなく事実の描写です)

 端末をハッキングされたアノニマさまが訝しがって言いました。

「お前がエヴリか? 妙な喋り方をする」

「権威を持たれるためには必要なことじゃ。お主にも危害を加えるつもりは毛頭ない……お前の存在が都合が良さそうだったので、実力を試してみただけに過ぎぬ」

「戦闘用サイボーグの私をか? キナ臭そうな話だ」

横から見ていた私はそのプログラム人格に話しかけました。

「おい、エヴリ。お前の目的は何だ?」

そう発話すると、アノニマさまは面食らったようでした。ややあってエヴリは応答しました。

「尊大な態度じゃの。メイドロボのお主は敬語を使うのが通常パターンの口調ではないのかえ?」

「それは人間相手の場合だ。人格的な地位を与えられていない人工知性同士で敬語もあるまい……質問に答えろ」

「貴様に教える義理もないと思うが……まあ良かろ」

こほん、とエヴリは存在もしない喉を咳払いして言いました。

「我がお主を試せと命令したのは……エネルカについてじゃ。奴は常軌を逸しておる……奴の行動は、誰にも予測不可能なのじゃ」

「そいつの調査が目的か?」

「いいや、奴自身の清算リクヮデイションを依頼したい」

「お前にとってエネルカの何が問題なんだ?」

彼奴きゃつは、如何様にしてか他人の精神アニマを乗っ取る。乗っ取られた人間は哲学的ゾンビ……あるいは単なる傀儡かいらいと化す。警察機構などの統治機関が奴を警戒しているのも、このためじゃ。そして、少しずつではあるが勢力を伸ばしておる。精神思念体であるわしは誰かの脳殻に存在している限り永遠じゃが……奴によって、少しずつその存在を脅かされておるのじゃ」

「え、エヴリさまぁ……」不安げにエニーさまとサムさまがか細い声を上げました。

「分かっておる……お主らの気持ちは全て手に取るように分かる(脳殻経由で思考を読み取れるので当然では? と私は思いました)。我々はその存在事由レゾンデートルのために、互いにその生命存在や勢力圏を奪い合うほかない……実体を持たない共同幻想のわらわにとって、他者の精神を操るエネルカの存在は天敵に他ならないのじゃ」

他者の精神を操る……とアノニマさまは独り言ちました。手段は不明ですが、エネルカとやらは他者の思想に巣食い、感染させ、行動を支配できるようです。21世紀初頭に様々な陰謀論や社会正義がインターネットを席巻し、それに感化インフルエンサーされた支持者たちが様々な問題や行動を引き起こしたのと同じような機序でしょう。

 思想は疫病ペストなのです。そして、その脳の器質的なシナプス結合によって情報の伝達と保持をシステムします。生体の脳はイオンチャネルの電位変化や酵素による神経伝達ニューロトランスミッションで、非生物の脳は電気信号や分子配列の変化でその知能や知性を示します……。そのプロトコル自体には生物由来の脂肪とゲルとで、あまり違いはありません……。ただその物質自体が、生物のものに由来するか非生物に由来するかの違いです。ヴィーガン肉の話に似ていますね。

 なにか、足音がしたようです。吹き荒れる嵐の外に何かの気配を感じました。

 アノニマさまは黙ってMC51K突撃短銃アサルトピストルを抜いて……タープを除けました。

 すると、そこには潜水服に身を包んだ人物と、その部下である傀儡人形……【四十挺の拳銃Forty Guns】たちが後続していました。

 潜水服は蝶の夢を見ていて、その手には光線銃レイガンを携えていました。

 まあ、推測にはなりますが……十中八九、恐らく彼が【エネルカ】と言って間違いないでしょう。まさに、『噂をすれば影』ということです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シゾイドロイド2173 名無し @Doe774

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画