ことの次第

「どうしましょうか、アノニマさま?」

「どうもこうも……」

私たちはひらけていて天井の高い空間にある、刑務所のような檻の中に閉じ込められていました。まだ罪が確定したわけではありません。ここはあくまで一時的な留置所または拘置所です…………たぶん。

「誰かに保釈金を払って頂いて解放してもらうのが良いのではないでしょうか」

「そんなコネが私にあると思うか?」

運び屋ヴェクターのアノニマさまには私よりも他者との関わりが存在すると推察しました」

「そりゃ、お前よりはな」

家庭用労働機械ロボットの私はご主人マスター以外の人間と関わる機会をほとんど持ちませんでした。外の世界へと出るのは、社会と関わりを持つことそのものです。私はその意味で箱入り娘だと言えます……(出荷される際の形態の話ではありませんよ)。

 私たちはリッチーさまに預けていた死体を署に届け、懸賞金を貰う手筈でした。そこを突然拘束されました。重い扉を開ける音がして、私たちをこの檻に閉じ込めた張本人――ネナ・エモニエ保安官さまが腕を組み愉快そうに笑いながら言いました。

「ふはは、いい気味だ。私が自ら檻を開けるまで、貴様らは囚われの身だ」

「私らが何の罪を犯した? この身体拘束は不当なんじゃないのか」

「公序良俗違反、風紀紊乱びんらん……そんなところだ。――うんうん、これで良かったのだ。まず逮捕してから、じっくりと余罪を追求する。鴨がネギ背負ってやってきた、というやつだ!」

「保釈保証業者に連絡しろ。私が受け取るはずだった懸賞金を保釈金として払わせてくれ」

「お前は馬鹿か? その懸賞金は既に没収した」

「給料は幾らだ。その倍を出すぞ」

「それは買収か? また罪が重くなったぞ…………第一だいいち、あの死体はなんだ。生体認証できるのは残された顔と指紋だけで、内臓なかみはそっくりないじゃないか」

ネナさまがそう言いますと、「あれは……くそっリッチーめ、勝手に売りやがったな……まあいい」とアノニマさまがボヤきました。

「映画で見たことがあります。しかしエモニエさま、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ネナでいいよ。苗字で呼ばれるのは気恥ずかしいんだ」

「では、ネナさま。私は法人格すら持たない労働機械ロボットです。私は司法において裁判を受ける権利すら持っていないのではないでしょうか……」

アノニマさまが横で「おい、お前だけ助かろうとするな」と言いました。

「心配しなくても良い。お前は大事な証拠品扱いだよ。たとえ証言に効力が認められなくとも、お前に記録されている映像・音声データがこいつの罪を立証してくれるはずだ」

「だから、私に何の罪があるんだ。どちらかと言えば発言自体はこいつの責だろ」

「うるさいな、がたがた文句を言うな。法は罪をためにあるんだ」

暴論ですが、往々にして権力とはそのようなものかもしれません。人間本来の持つ自然性・暴力性が国家などの権力に移譲・委託されることで、国民は暴力を行使する必要なく市民生活を送ることが可能になります。そうでなくては、人々は不安から互いを信用することもなくなるでしょう――ホッブズの言うリヴァイアサンが機能していればの話ですが。(17世紀と22世紀では随分状況も異なることでしょう……)


 そのような次第です。生きとし生ける生物たちと比して、時間は常に機械人形オートマタの私に味方しますが、アノニマさまにとってはそうではありません。冷たく固い拘置所の地面に、産まれる事に退屈した胎児のように丸まっています。

「もう何日か経ちますね」

「風呂に入りたい……」

「アノニマさまは人工皮膚のサイボーグですから、別にくさくありませんよ」

「気持ちの問題だ」

それは交感神経や副交感神経の話でしょうか?

「私は発話や喫食、口腔性交オーラルセックスなどの人間的行為の再現のため口内も衛生・湿潤に保たれています。ゆえに舐めて毛繕いグルーミングして差し上げることも可能です。猫がするように」

「……いや……、…………遠慮しておく」

「そうですか」

アノニマさまは随分気落ちしているようでしたので、前向きな話題に変えました。

「アノニマさまは、何か檻をこじ開ける手段などを持っておられないのですか?」

「…………ないことはない。あの小娘は新人ニュービーで不慣れだからチェックは甘いらしい」

アノニマさまは上体だけ起き上がると、左前腕部に内蔵された高周波ブレードを一瞬だけ展開しました。

「なるほど。では、それで」

「だがそれは違法な手段だ。あの保安官自身に檻を開けさせる必要がある。要は、手続きプロトコルの問題だ」

「アノニマさまは戦闘用サイボーグです。お強いのではないのですか?」

するとアノニマさまは「む」と言って不満げに口を「へ」の字にしました。

「……いいかアリス、よく聞いておけよ。私だって別に、追われる身になりたいワケじゃあない。戦争だって待機してる時間のほうが長いもんだ……塹壕を掘ったり行軍したり、眠ったり飯を食ったりな。兵隊が全て冷酷な殺人者で、ずっと殺し合ってるなんてのは安い物語フィクションが作り上げた幻想ファンタジーだよ。余計なリスクや不安は背負いたくはない……要するに血も涙もない戦闘用サイボーグにだって、豊かで平穏な暮らしのほうが良いって奴も居るんだ」

アノニマさまの言葉に、私はしばらく硬直しました。何とお答えすればいいか、よく計算する必要があったためです。

 ややあって、留置所の扉が開かれました。背中に大刀ダイカタナを差した保安官の影が見えます。私はようやくアノニマさまの言葉に答えました。

「…………名前なまえ、」

「あ?」

「初めて私の名前を呼んでくださいましたね」

「……お前と話していると、どうも調子が狂う」

「そうでしょうか?」

我々を拘束している張本人の足音が近付いてきました。ネナさまは地べたに寝転がるアノニマさまを見下ろすように蹲踞して訊ねました。

「さて……何か吐く気になったか?」

「吐く? あの冷え切って食えたもんじゃない臭いメシのことか?」

私も分析しましたが、あの色のない穀物の粥の栄養バランスは正しくありました。

「冗談と言いがかりはよせ。私の故郷Vaultの味だぞ」

「お前の手作りだったのか? 作るのが上手いのか下手なのか」

ネナさまにも何か美味しい料理を作って差し上げたいものです。咳払いをしてネナさまが言いました。

「あの野盗バンディットども……アレはお前の部下か?」

「そっちこそ冗談はよせ」

「とぼけるな。お前を拘束してからというものの、動向が活発になってきてる。お前を取り返そうと躍起になってるんじゃないのか」

「その短絡思考ショートカットが人類の選択的淘汰の結果か? 私はあくまで正当防衛の範疇で奴らを片付けていただけだ。ここ数日見かけないもんだから、しめたもんだと思ったんだろう」

「けっ、自警団ヴィジランテ気取りが……お前のようなタマの正体は読めてる」

ネナさまは人工皮革の革手袋でアノニマさまの顎を持ち上げて問い質しました。

「いい加減、エネルカについて話してもらおう」

「――エネルカ?」

すると、爆発音が轟きました。破片が飛び散って、留置所の壁に天井に大穴が開いています(しかしながら、私たちはまだ檻の中に閉じ込められたままです)。野盗バンディットたちの一団がその穴から飛び入ってきました。彼らは釘バットを始めとし、鉈や手榴弾、猟銃にクロスボウ、レーザー銃などで武装しています。ネナさまは他の警察官や警備ロボットたちに対して「狼狽うろたえるな!」と啖呵を切りました。

「秩序を守る保安官たるもの、この程度の事態を鎮圧できなくてどうする!」

ネナさまは左肩から背中の大刀ダイカタナを抜いて、構えました。

「行くぞ!」

ネナさまはその大刀ダイカタナを大きく振りかぶると――叩き付けるように投げました。刀身が電磁場のローレンツりょくによって回転します……そして輪切りの人体。ネナさまがサイバネ義肢をかざすと、その手元に大刀ダイカタナが舞い戻ってきます。

 ネナさまが再び刀を振るいます。横薙ぎからの逆袈裟、鉄兜ヘルメットごと両断する唐竹。義肢の人工筋肉アクチュエータ増強オーグメントされています。

「もう一丁!」

再度、大刀ダイカタナを投擲します。様々な色や種類の体液や人工血液が床を濡らします……それを跳躍ジャンプ等で避ける者も居ます。核戦争アルマゲドン前はパラリンピックで活躍した義体持ちでしょう。ネナさまは腿から個人防衛火器PDW機関拳銃マシンピストルを抜いて、物理的な強制通用力を執行――すなわち世界の共通貨幣たる鉛弾によって、対象を清算リクヮデイションしました。

「薄々そんな気はしていたが。あいつ頭に血が昇ると周りが見えなくなるタイプだ」

「先程の発言を撤回されますか?」

血やら弾丸やらの雨が降る中、アノニマさまがそんなふうにボヤきました。黒光りするエディプス複合装甲の戦闘員が、のっそりこちらに近付きます。ゲームで言うところの【ボス】です。両手に電気ノコギリのように唸る機関銃マシンガンを持っています……。

 半ば正気を失ったようにすら見えるネナさまが「ふ、ふ、ふ」と薄ら笑いを浮かべています。大刀ダイカタナを鞘に納めると、太刀緒を引いて居合の構えを取ります……。

 一閃。その右手に刀は握られていません。

 大刀ダイカタナはサイバネ義肢の電磁力に引き寄せられて抜刀。加速度は刀身に乗って対象の複合装甲を貫きます。圧力は面積が小さいほうが貫通力を増します……それは対装甲の貫徹力に特化した居合術イアイジュツです。

 それに合わせアノニマさまは左腕に仕込まれた高周波ブレードを収納します。檻が切断されています……アノニマさまはそそくさと自分の荷物を回収していました。

「あっこら待て! 私の許可なく逃げるな!」

我に返ったネナさまは機関拳銃マシンピストルを向けて言いました。

がこの檻を破壊したんじゃないか。お前は確かに言ってたぞ、『私が自ら檻を開けるまで』ってな。そうだろアリス」

私は実際に檻が破壊される場面を見逃していましたので、正直に本当のことを言いました。

「はい。私の音声記録にもそう残されております」

「そういう事だ。だいたい不当な拘束なんだから非があるのはそっちだ。次はちゃんとした令状を持ってくるんだな」

「ぐぬぬ」

アノニマさまは荷物の入った鞄を背負い私を抱きかかえると、左腕を天高く掲げました。

 それからひゅるると手首が飛びました。ワイヤー付きで。アノニマさまの左手が天井の穴に掴まると、掃除機のコードがしまわれるときのように私たちを素早く上方に射出しました。

 着地。天井から滑り降りて、停めてあったバイクに飛び乗ります。署内から……というよりも壁や天井の穴から、「いいから追え!」というような声が漏れ聞こえてきたような気もします。

「すごいですね。ロケットパンチも出来るのですか?」

「……お前の見た教育シーズニングプロトコルの教材は絶対に偏ってるぞ」

自動二輪オートバイの後部座席でアノニマさまの背中に掴まりながら、私は「そうでしょうか?」と答えました。

「私にも何が起きたのかくらい端的に説明することは出来ます。すなわちゴエモンとゼニガタの捕物帖ですね」

「……絶対に偏ってる」

アノニマさまがスロットルを回すとバイクは発進、私達は再び乾いた砂煙の中へと姿を消しました。

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