* * * * * *

 青い鳥が?

 シェーラがカゴをガチャガチャ言わせて走って来ました。

「居だ! ほらあすこさ! ベッキー網こっちゃ持って!」

「待ってけろぢゃっちゃ、おらもう息が……」

えーい、と網を振りかぶって振り下ろしたら、それはアリスを捕まえました。「あっごめっ」と言ってわたわたしていたら、インコのチャーリーが「バーカばか」と鳴いてアリスの肩に止まりました。

「鳥が」

クックックワーッと鳥が鳴いて毛づくろいしました。

「その鳥を探スてらったの。ベッキーの飼ってら、チャーリーっていう」

チャーリーが「かぁけ。チャーリー」と鳴きました。

「この猫は、私の飼ってるダイナって猫デス」

アリスが足元の猫を指して言うと、チャーリーが喚いて羽根をバサバサしましたがハンナが伸びる猫を抱いて落ち着かせました。

「なんか合流しちゃったね」

 バスで来る距離を走って来たの?

 体力さば自信があるほうだへでなス。それから息を切らして、「嘘だども」と続けました。

「今日、オラんァ誕生日だすけ、皆でケーキでも食べんべ」

「ケーキ買ってあるの?」

「ケーキは嘘」

シェーラは全く適当に思いつきアド・リブで喋っていました。

「はぁ? まあアルんとこ行けばいいか。あるでしょ材料くらい」

「作れるんだばジャーマンケーキさすてけろ。黒いチョコケーキにトッピングは白いホイップクリームの上さ、ちょこんと赤いチェリーこば乗せて、真ん中さロウソクを一本」

「それも何かのネタ?」

「まづ、ワシントン州のレッドモンドさハーフライフってゲームの開発元があって……その近くさある喫茶店で有名なのがそのケーキでよ……あーこえ。どっかさねまりて」

小ネタを解説しているうちに足腰に限界が来たシェーラは適当な流木に腰掛けました。

「ほらベッキー、こっちゃ来で荷担かだれ」

シェーラが遠くでもじもじしているレベッカに向かって言いました。

「こっちゃ!」

そう言うとようやくレベッカがおずおずとこちらに歩いてきました。

「んが昔っがらっコだったへぁんでな」

って?」

えーと、とシェーラが少し考えて答えました。

「【意気地いくずなす】のごど」

アリスが近付いて肩を寄せ、レベッカにチャーリーを渡して言いました。

「シェーラさんの妹さんの、ベッキーさんデスカ?」

レベッカはこくこく頷きました。アリスは二人が区別のつかないくらい、とてもそっくりだと思いました。

「双子の?」

レベッカはまた頷きました。するとアリスは、自信たっぷりに言いました。

「私たちも、双子ナンデス!」

シェーラとレベッカは眉を互い違いにして顔を見合わせて、よぐ分がんねけんども、まあ、良がべ。と思い、それから安堵の笑みが溢れました。ともかく双子はきっと来週にはプレステ3を買いに行って、『カジノ・ロワイヤル』を一緒に見に行くことでしょう。


(トゥイードルダムとトゥイードルディー

  互いに決闘を申し込んだ

 トゥイードルダムが言うところによると

  トゥイードルディーが新ピカのオモチャを壊したとか


 するとその時、巨大なカラスが飛んできた

  タールのバレルのように真っ黒で!

 二人の英雄はびっくり仰天してしまい

  喧嘩の事など すっかり忘れてしまった)


「……うん、今から帰るから。アリスちゃんもシェーラも一緒。レベッカも。皆でご飯とか食べよっか、って言ってたとこ」

電話の向こうでクレアは「今日、誕生日でしょ?」と言ってハンナは「うん、さっき聞いたとこ」と答えました。

「うん、アルのとこで良いかな。俺もキッチン借りて何か作るし……食べたいのあるなら、作っておくから。……タコ焼きとクラムチャウダー? おっけー」

そう言ってケータイの通話を切りました。「クレアも来れるって。タコ焼きパーティになりそう」と言ったら、シェーラが喜びました。「家からタコ焼き器、持ってこなきゃ……」と独り言ちました。

 オウムのチャーリーは「ホンズナス! ホンズナス!」と意味も分からないまま、嬉しそうに繰り返していました。

「シェーラさん」

二組の双子は歩きながら、アリスが呼びかけました。

「おら、レベッカのほうだども」

「あっ、スミマセン」

よく見分けが付かなくて……。

「髪の色が明るいほうが姉っちゃだよ」

「あっ、ナルホド」

「眼もミドリ色してらのが姉っちゃで、ほら、オラのは青がべ」

というよりもレベッカは、この子は見た目の他にどうやって人を区別しているんだ? と思いました。

「なんというか……んじるんデス」

まるのスか?」

アリスはフランス語の嗅覚ソンティールとイタリア語の聴覚サンティーレの間くらいの意味で言いました。アリスは猫を飼っていたし、ピアノを弾きましたから。動物が臭いでコミュニケーションするのと同程度には、言葉や音楽で自分を表現していると思っていました。

「サクラコが前、日本の香道について話しててさ、伽羅きゃら? っていうものを燻して匂いを嗅ぐんだけど。それは【嗅ぐ】よりも【聴く】って言ったほうが正しいらしい」

ジンチョウゲ科の木が傷付いた時に、樹脂ヤニを分泌して自分を治すんだって。その樹脂のお陰で比重が重くなって、軽いはずの樹木が水に沈み……だから沈水、沈香などと呼ばれる……。

「魔女は傷付いた自分を癒せねがったってごどか」

だへで、沈まねで水さ浮いたと。シェーラが煙草を吸おうと思ってやめました。

「シェーラさん、」

アリスはさっき言いかけた質問をしました。

「ホンズナス、って何デスカ?」

シェーラは「んー」とちょっと考えて、それから大きな口をグラスゴー・スマイルさせながら、火を点けない煙草で指差して、

「わざわざ【幸せの青い鳥】さ、馬鹿ばがっこだのホンズナスだの呟いて、周りさ拡めでらよったやづのごど」

「やぐど言ってらのスか!」

レベッカがぽかぽか怒りながら、「かぁけ、せっこぎ、くられる、せっちょはぐ!」と叫ぶチャーリーを鳥籠に戻しました。アリスはまた「シェーラさん、セッコギ・クラレル・セッチョハグとは……」と訊いていました。


 夕焼けの太陽は沈みかけていて、背中からは夜が迫っていました。暗い空にぼうっと浮かぶ月は、まるで出来損ないのいびつなレモンが、お互いをお互いに分け合って半分コしているようでした。

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