* * * * * *

 バスに揺られていました。アリスとハンナの二人は隣の席に座って、ぼんやり窓の外を眺めたり、停車駅のアナウンスを聞いたりしていました。

「これはクレアから聞いたんだけどね……」

と、ハンナが勿体ぶって言いました。アリスがほとんど動物的にハンナに向き直りました。

「あのバスのアナウンスはね、ほら運転してるのは男の人なのに女の人の声でしょ? ――小さい妖精さんが、あの運賃箱の中に入って喋ってるんだって」

「そうなんデスか?」

「らしいよ」

へー、と言ってアリスは感心してしまいました。

「クレアさんは、誰から聞いたんデス?」

うーん、とハンナは唸って、

「ヘンリーから聞いたって言ってたかな」

「ヘンリーさんは、誰から聞いたんデス?」

「たぶん、確か、お母さんから」

 クレアは、お母さんに会ったことないし。

 どうして?

 クレアを産んだ時に死んじゃったんだって。

「ハンナさん、」

アリスは長年の疑問をぶつけてみました。

「『死ぬ』って、何ですか?」

ハンナはもう一度「うーん」と唸って、

「死んだことないから、俺には分かんないけど」

生きたことしかないから。とハンナが身もフタも無いことを言って、アリスは「ハンナさんらしいデス」と笑いました。

「でも、きっと一人ぼっちで淋しいって事だよ」

ハンナはどちらかというと自分の胸にそう言って聞かせました。


* * * * * *


 海は唸っていました。潮がぶつかって白く跳ねては消えて、波は砂を暗く濡らしては脈動を繰り返していました。それがあたかも一つの大きな生命体であるかのように。

「少し不気味デスネ」

「そうかも」

空にはカモメが飛んでいて足元には星型のヒトデ、貝殻、それに海藻なんかが打ち上げられていました。連れてきた猫のダイナがナマコを踏んでふしゃあああと叫びました。

「カメラ持って来れば良かった」

「写真、撮るんデスカ?」

「父さんが撮ってたらしいんだよ。俺はよく知らないけど」

「どうしてデス?」

アリスが尋ねると、ハンナがいたずらっぽく笑って言いました。

「どうしてだと思う?」

でも、アリスちゃんはもう気付いてるでしょ?

「それは、…………」

 ハンナさんは、私の……。

 アリスちゃんの?


 双子の片割れだった胞衣パスリェートだから。


 彷徨えるオバケカボチャジャック・オ・ランタンは猫の魂と混ぜられて人間の皮を被っていました。皮はよく伸びてチェシャ猫のように笑いました。

「よく覚えてないけど。たぶんそんな感じ」

人は聞かされてその生まれを知るものだから。

「お母さんは魔女だったんです」

「ハンナのお母さんもそう。二人は友達だったんだって」

アリスちゃんのお母さんは、ハンナのお母さんを悲しませないために俺とか猫とかをひっ捕まえて手頃な材料にしたんだと思うよ。

 ハンナの事をたすけるためにね。

 ハンナさんは、それで良いんですか?

 分かんないや。けどクレアは、ハンナの事を大切に思ってるみたいだから。

 大切にしすぎて壊してしまうこともあるだろうけど。

 だけど壊さないで済むのなら、わざわざ壊す必要も無いかなって。

「壊すって、何をです?」

ハンナは、ニヤニヤ笑ってシーッと指を立て、海の音に掻き消される程の小さな声で囁きました。

おとぎ話ファンタジーのこと」

「信じてくれますか?」

アリスが不安げに訊いて、ハンナが笑って答えました。

「何を疑って何を信じるかは、アリスちゃんが決めて良いんだよ」

ハンナはアリスの唇にそっとキスしました。

 青い鳥が飛んできて、二人の間を通り過ぎてゆきました。

 アリスは頬を赤らめて、ハンナはいつものように笑っていました。

 それはアリスの初めてのキスでした。

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