* * * * * *

 髪を編んでいました。レベッカの髪はシェーラが結っていました。双子は美容師さんとお客さんのごっこ遊びに興じていました。

「お客様、痒いところは御座いませんかぁ?」

「なんか首の後ろの、左のほう」

「あー、膿んでますね」

 これは粉瘤アテローマですね。

 えっホントさ?

 いや冗談だども。

 やめでけろぢゃ。

「お客様は今日はどうされるんですかぁ?」

「彼氏と映画を見に行こうかと」

「まあ、映画を!」

彼氏と! 存在しない恋人の話をしていました。

「“私は野球が大好きなんですよ。そういえばアメリカにあのー、ブルックリン・ドージャスという野球のチームがありますね? ずいぶん強いんでしょうねぇ。あの日本からも今カワナミなんかが今野球の方へ行ってるんですけどね、私カワカミの大ファンなんですよ? アメリカへ一度でも行ってみたいと思ってるんですけどよ。向こうの野球はまた、日本と違って面白いでしょう?”」

シェーラは映画の話題となると初手で『東京暗黒街・竹の家』や『ゾンビ特急“地獄”行き』の話をしてしまうので会話が出来ませんでした。

「見さ行ぐなら何の映画さする?」

「じゃ、『リオ・ブラボー』のドイツ語吹き替え版とか」

レベッカは『竹の家』よりも『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』のほうが僅かに好きなので、同作で引用されていたジョン・ウェインの西部劇の名前を挙げました。

「おらジョン・ウェインあんま見だごどね」

同時代ならリチャード・ウィドマークのが好ぎだへで。シェーラが『拾った女』や『地獄と高潮』の話をすればレベッカは『ラン・ローラ・ラン』や『U・ボート』の話で返しました。(でもドイツ映画だと『都会のアリス』はシェーラも好きでした)

「『真昼の決闘』はデュークだっけか?」

「“それはゲイリー・クーパーだ馬鹿たれ”」

ホーホーホーと笑ったあと、「で、」と言ってシェーラは妹の長い三つ編みを終えました。

「何の映画さする? 『ザ・ルーム』見さ行って皆さ荷担かだってスプーンでも投げるべが?」

「『プラダの悪魔』か『ステイ』、映画祭でやってら『サラエボの花』、リバイバルでやってんのだど『コーヒー&シガレッツ』とか」

シェーラはマルボロメンソールに火を点けて、煙を吐きながら言いました。レベッカは自室に戻って、シェーラはハンガーラックから『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』でクリスタ・ラングの着ていた紺色のミニ・ワンピと、『空飛ぶモンティ・パイソン』の【不発スコットランド人】のコスプレ衣装に挟まれた服を取りました。

「おらレンタルでも良んだけんども」

シェーラは母親もカヴァーしていたフランス・ギャルの『おしゃまな初恋』(原題:サメの赤ちゃん)を鼻歌で唄いながら、目やにを取る仕草をして鏡を見るとチークで血色を与えマスカラを付けました。

っちゃ、」

した? とシェーラは続けて細めた右目のほうに(左手で左側の視野が隠れるので、窮屈そうに)マスカラを塗りながら答えました。

「チャーリーが居ねんだけども」

チャーリーというのはレベッカの飼っている【幸せの青い鳥】ルリコンゴウインコの名前です。

「“チャーリー・ウムラウト? 可笑しな名前だ”」

「冗談でぐよ」

それにチャーリーはチャーリーでも、この場合『裸のキッス』に出てくる大家さんの夫の勲章を付けたマネキンのほうでした。その劇中で大家さんと主人公の元娼婦のケリーは、聞き上手のマネキンに悩み事を打ち明けるのでした……。

「窓開げだの姉っちゃ?」

「鳥籠ァちょスてねがんすよ」

「質問さ答えてねえぢゃ」

先刻さきた換気すんべ思ってヨ、もすかすれば触っだがもんね」

「化粧塗だぐってら場合だが! このホンズナス」

言われてシェーラは右の瞼がピクピクしました。

 レベッカは「こんな時でも男の目を気にするのか」という意味で言ったつもりでしたが、シェーラは「【カワイイ】は猫であり液体リキッド……【カワイイ】は社会や関係性における流動資産リキッド・アセット」と考えていたので、本当は「んが何そっただ肝焼いで繰言喚ぐやめいでらのスか、腹塩梅悪はらんばぇわるぐなったぢゃ、強情張じょっぱりの腐れ者」くらい言いたかったのですが、ぐっと唾を飲み込みました。

 本当は謝るべきだったのでしょうが。

 対等であるはずの双子でありながら姉という立場からシェーラは化粧を手短に終えると、立ち上がって言いました。

「だあれ、ごんぼ掘ったって仕方ながべし、すたら、あンべ。探すさ行ぐべ」


* * * * * *


「……当時スー族は居留地に追いやられ、狩猟も禁止され、酷い飢餓に苦しんでいた。【ゴースト・ダンス】が流行ったのもこの時期。その呪術を恐れた白人たちが、サウス・ダコタ州のウンデット・ニーに集まったビッグ・フット一行を皆殺しにしたのね。白人たちはインディアン社会の酋長チーフのことを調停者ピースメイカーでなく、指導者リーダーやアフリカ社会の首長のようなものだと勘違いしていたから。その民族浄化を生き延びた赤ん坊の一人がジトカラ・ヌニ、白人の言葉でロスト・バードという。南北戦争の英雄だったレナード・コルビー准将は自身をジャクソン大統領と重ね、幼い彼女を無理やり屋敷に連れて育てた。【ウンデット・ニーの虐殺を生き延びた少女】という偶像としてね。しかしその偶像的な扱いに反発していたのが、当時の妻であり女性の人権活動家でもあったクララ・コルビーだった。しかし、クララもまた白人的な価値観で、彼女をあくまで『立派な白人の女性』として育てようとしたので……ロスト・バードは白人学校にもインディアン寄宿学校にも適応できず…………」

「あの、」

シェーラは話を遮って訊きました。

「お兄さん、何の話スてらのすか?」

黒い髪で緑のメッシュの入ったモヒカン頭をトサカのように逆立てた厚化粧の男は、「あら、」と言って目を丸くしました。

「『ロスト・バード』の話じゃないの?」

「いえ鳥が迷子さなって」

そう言ってパソコンで作って印刷したチラシを渡しました。

「あら、とんだ勘違い。ごめんなさいね。オウム?」

「インコです。ルリコンゴウインコ」

「喋るの? あたしも昔オウムを飼ってたわ」

「そりゃもう色々と」

それからシェーラは思い出して言いました。

「【ゴースト・ダンスの上着】は小学校の頃、グラスゴーの博物館で見だごどありますよ」

「あら、スコットランドの方。その節はどうも」

「いえいえ」

「チラシ配り、よければ手伝うわ」

「ありがとがんす。何があったら、そごの番号さ電話コかげで下さい」

それから「まんつ」と言って別れました。レベッカからケータイに電話が掛かってきて、それを取りました。

「なした?」

「海で見がげだがもすんねって人が」

都鳥ユリカモメでねのが?」

ユリカモメは秋から冬にかけてイギリスから渡ってくる冬鳥でした。

「分がんねけんど、でも……」

うーん、と唸ってシェーラは(おらが言わねばなんねんだべな)と思って、言いました。

「んだら、海で合流すんべ。も少し配ってがら行ぐへでよ」

「あの、姉っちゃ、もし……」

仮令もしの話は止すべ」

そう言って電話を切りました。お互いに、「あー、とんだ誕生日さなった」と思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る