* * * * * *
人間一人ひとりが抱える事の出来る孤独と哀しみの限度は決まっています。だから私たちは家族を作って共にそれを分け合うのです。
溢れてこぼれ出した時に、私たちは
きっと私の家族もそうだったんだろう。
誰に責があるという話ではない。
誰かが糾弾されるべきという物語とは違う。
(毒も薬。つまるところ、物語は
私たちは
だけど、だからこそ想像する事はできる。
異国の言語を
死者に弔いが必要であるように。
私たちという異なる
ピアノの音が聞こえていました。
暗い森。村は明るく燃えている。踊る炎は婚礼の客で、ハロウィーンの
やがて歩き疲れてしまって、地べたに座り込みました。自分が誰かも曖昧になって、名前も思い出せなくなり、不安になってきて、だけど『名無しの森』では誰もが名前を失くしても生きてゆけるし名前が無くても友達になれるのでした。
涙が零れて止まらなくなり、傍に佇む白い花はその涙を糧に生きているようでした。その花言葉は【神話】。そびえる高嶺の天界の入口に咲き誇る
「ねえ、」
「君は誰なの? 白ウサギ……それとも、森の妖精?」
「
「分かんない……気付いたら、ここに居て……何も思い出せないの」
「それじゃあ、どうして泣いていたの?」
「それも、分かんない…………一人ぼっちで、ただ怖くて……」
私は死んでしまったの? いいえ私はいったい、どこの誰なの? ハンカチの花で涙を拭われて、
「それじゃあ、今は私が居るから。泣いている理由なんて、無くなっちゃったね」
鼻を啜って、袖で涙を拭うと、「そうかも」と頷いて言いました。手首にちらりと紅白の手編みの
「それ、【
「そうなのかな? 何も、思い出せないけど……」
「自分で思い出せなくても、きっと友達は覚えていてくれるよ」
そうなのかな、と自分に言い聞かせるように言いました。実際私たちが現世に留まっていられるのは(月並みな言い方になりますが)誰かの
白のエルフの女の子は、耳はあまり尖っていませんでしたし羽根も生えてはいませんでしたが森で長い期間を生きてきたように思えました。流れる時間の感覚が、人間とは随分違うのかもしれません。あるいはただそれに気付いていないだけなのかも。
「これ、おいしいよ。お母さんがよく作ってくれたの。お腹が空いてるかな、と思って」
お母さんって、なんだっけ? それも名前? わたしには二人居たような気がするわ。恐る恐るそれを口に運ぶと、少しだけ顔をしかめて、ちょっと苦い……けど周りの砂糖が甘い……と感想を述べました。女の子は笑いながら手を引いてくれて、やっと立ち上がる事ができました。
「泣き虫なんだね」
「そうみたい、」
白く明るい蝶がひらひらと舞っていました。花は狡猾な生き物で、生まれつき愛される術を知っています。盗蜜者の蝶は花粉を媒介する事なくその長い口吻で花がその奥に蓄える甘たい蜜を啜ります。アルビノの女の子と自分は遠くで楽しげに歓談しており、取り残されたどろどろした記憶は
泣き女ジョローナ。悲しみの時に泣くのが仕事の女たち。
(あぢさゐの花のよひらにもる月を影もさながら折る身ともがな)
つまり
* * * * * *
落ちた涙が土に浸みて、
人体の七割が水分で出来ているのと同じように、赤い血液が酸素と二酸化炭素を交換するように。社会の
人々は各々の価値を売り買いし交易し社会して共同体します。
私も価値ある商品になりたかった。
歪んだ鏡に映る女の子は痩せ細って手首の傷跡をなぞっています。
横に二本、斜めに一本、そして、縦に一本……。
女の子という生き物は、痩せていなくては価値がない…………、
美しくなければ。
完璧な
わたしは月の花、眠る水、
欠けた
ピアノの音が聞こえていました。
(それは都会の密林の中で)
演奏に合わせテレビジョンの中で、
独りの少女が繰り返し踊っています。
それは歪められた春の日の午後でした、
あなたはずっとそれに齧り付き、
不安の
何かに夢中し依存しているうちは、
面白おかしく創り上げられた黄色い報道で、
自らを傷付けることで安心できる。
自家中毒に陥っている限り……。
ウソの無い物語を紡ぎたかった。
今日はどこの誰かが幾人どうやって死んだだとか。
戦争はまるでスポーツの実況中継となり、
数字ばかりを気にしています。
ただ一つの真実ばかり探そうとします。
248の骨と器官、365の日数、合わせて613のミツヴァ。
(あのこ みじんこ あくまのこ……)
* * * * * *
血肉の赤が呪術であるならば骨格の白は魔法である。コトダマという呪術は詩や歌がそうであるように、祈り・祝福・憎しみ・呪い・願いを法や契約によらず感情のまま伝達する約束ごとの
刻まれた傷跡が文字の始まりであったように。
楽譜は魔導書。楽器はその
四分や八分に分かたれることによって。
エディット・ピアフの『テュ・エ・パルトゥ』が流れています。(至るところに、あなたが)
赤黒い
(それもまた古い映画のように明滅する、フィルムの形で焼き付けられた誰かの
彼らは海から上陸し命令され委託された暴力の行使を実行する。歩兵の領分はその場所を物理的に制圧し確保すること。
人間たちが自ずからそうしてきたように。
彼らも女性名詞の海から上がってきたのだ。
白い髪をした猫のような女と、赤茶けた髪をしたカラスのような女が歩いている。モーゼル拳銃『
ドイツの山岳猟兵がエーデルワイスを象徴とするように、その胸元には*【ベツレヘムの星】オオアマナの花が徽章されている。
誰だ! 大きく赤い「1」の書かれた
「軍曹! 女の人です」
日に焼けた肌のイタリア系の二等兵が言って、軍曹は向けたトミーガンの銃口を下ろした。
「フランク、通訳を。民間人だ」
「その必要は無いわ」
「英語を?」
「ええ、残念ながらね」
アメリカ軍の軍曹は名前をサンダースといった。「ハント伍長、しんがりを頼む。クラウン、ドゥ、先を行って見てきてくれ」
白い女はスプリングフィールド銃を持つ狙撃兵のドゥを一瞥して微笑んだ。『名無しの森』で生まれた彼は視線を外して命令に従った。
「君たちは【マキ】? それとも【コンバ】の者か?」
「そのどちらでもないわ」
あなた達の認識に合わせるならアナキストがいちばん近いかもしれないが、それは話がこじれるのでやめておきましょう。OSSでもSOEでも、亡命政府の使いでも、なんでも。
「けれど敵ってワケでもない」
赤毛の女が言った。彼女のレバー式『魔女のホウキ』、大統領が言うところの『
「女を探している。ヴァイオラという名のレジスタンスだ――なにか、知らないか?」
「いいえ、」
ウソを吐いた。あの子が森に行ったまま帰らないの。知っているわ。だけどこの軍曹たちはまだ知らないのよ。森の奥で何が行われているのかを。
これが互いの種を絶滅させるための戦争であることを。
(おいフランク、彼女たちは何を話してるんだ?)
(分かりません。どうも、フランス語じゃあ無いみたいで……)
(フランス語じゃない? じゃ何語で話してるっていうんだ)
(知りませんよ、言語特技兵でも、言語学者でも無いんですから……おれはただルイジアナ生まれっていうだけで)
「ヘイ、軍曹! 敵です」
ブローニング自動小銃を携えた伍長が戻ってくる。クラウン二等兵(彼はイタリア系でしたがアメリカに帰化する際に苗字をコローナからクラウンに変えました)(それは王冠。心優しいハートのキング、まぼろしの市街戦)は
「負傷者が居るのね。可哀想に」
呻き声を上げる。
「彼をこちらへ」
白い女が言った。彼女は負傷したドイツ兵に手をかざし、目を閉じて(それはまるで祈りであるかのように)痛みの部位に触れると、なにか小さく唱え始めた。
…………アブラカダブラ、みんな私の言うとおり
アブラカダブラ、この言葉のように居なくなれ…………
するとドイツ兵は表情を安らかに、呻き声を上げることも無くなった。フランクは「故郷で似たようなことをやっている婆さんが居た。トレトゥールやトレトゥーズと呼ばれる……」とひとり呟いた。軍曹は
「君は……医者なのか?」
「いいえ、」
暗い月、風の女王。(アスクレピオス、ヒュギエイア、ケリュケイオン。エヴァを唆した蛇もまた医者であり神の
「魔女よ」
* * * * * *
流れた血は、
押し寄せる波はどこまでも優しくありつつ抑圧的でもありました。
生物は海から陸上に選択され、卵殻の内部に各々の海を持って生まれ出て、その生存のために水分と塩分の供給を必要としました。
海は月の重力で満ち引いて、蒸発した海水が雲となり雨となり地上に降り立ち、
(私たちは、距離を取りすぎたかしら?)
ハンナ――いいえ、
羽化した
「けれど宝石でなくても、いいえ
あなたは、私の子供なのだから」
そう言ってわたしを抱きしめました。名前のない私は「だけどお母さんはお母さんをしなくてはいけないのだなぁ」と思いました。
お母さんにもお母さんが居なかったんだ。辛く苦しい思い出も今思い返せば素敵なものばかり? そうであるように、お母さんはぼそぼそと何か呪文を呟いて、我が子の「いたいの」をみな海綿のように吸い取ってしまいました。
(二人の足元では白い
改革派と、原理主義者と過激派と……。
私は背教者の魔女と呼ばれ、あなたもまた
私の行く先々で、いつもいつも騒ぎと災いが起こる。
あなたを巻き込んでしまいたくなかったから。
私達にはきっと帰る場所が必要だったのだから。
みんなに、何よりあなたに淋しい思いを、させたくなかったから。
これって、勝手かしら。
「私の心には、いつも母さんが居たよ、
だから離れていても、気持ちはずっと一緒。」
そう答えた
それは呪いでもありましたが。
世界は、名前によって切り取られる事で意味を持ちます。親は子に
糸が紡がれるのと同じように、
☦八端十字架の突き立てられた森の奥から、猫の魔女の植えた
(この「お母さん」の「いたいの」も、誰か癒やしてあげて)
流れるお星さまに少女は祈り、地に墜ちた孤独の流れ星はそれに応えます。血はもはや、充分に流された。復活の卵も塗り尽くされた。
(あなたたちの願いは聞き入れられたわ、)
ひらひらと気まぐれに白い蝶が舞います。
「いたいのいたいの、とんでゆけ~!」
役割を与えられたリリスは、楽しそうに魔法の
――ね、これで分かったでしょう、記憶の魔女。
あなたがあなたの子供の行方を思い出せないのは、
あの子がそう願ったからよ。
私はあくまでも鬼ではないわ、
猫には九つ魂があるものだから、
それをひとつ分けてあげましょう。
世界には二つの事物しかなく、
興味があるものと、まだ理解できないもの。
あなた達親子は、最大限努力をした。
けれど道を分かれてしまった。
それは、それだけの話。
あなたたちの「いたいの」は私が受け止めてあげる、
引き裂かれる孤独はすべて私のもの。
何もかも無かったことに。
あなたたちが初めからやり直せるように。
何もかも同じとはならないでしょう、
それが魔法の代償。払うべき対価。
絶望して死んでしまうなんて悲しすぎるわ。
これは、私の勝手だけれど。
あなたに悲しい顔は似合わないのよ、ペニナ。
忘れることで前に進めるのなら、
私たちは何度でも死んでは蘇り飄々として、
生きていくことが出来るのよ。それが貴女にかけた呪い。
遠い東の国の川の向こうで、
どうやら
ぷつん、と結ばれたミサンガが切れました。
(あら?)どうやら別の魔法みたいね、
これは
(何かを切るハサミの音)
(私たちの紡ぐ物語はあまりにも不完全だから)
紡いだり切ったり活けたり殺したり。
まだ繋がりがあるのだわ。
あなたはあの子の身代わりに?
アリスの事をよろしくね。
時が来る。
目覚めなさい。
誰でもない者よ。
――あっ、
けむり!
(にゃあ、と灰色の猫が鳴きました)
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