scene6 身を守る盾は不要


 床の上で長々と横たわっていた黒田武史が、大きく伸びをして目覚めていた。腕を伸ばし、首を回した黒田は、額から垂れた血がそのまま乾いた状態なのを気にもせず、ふらふらと立ち上がる。どうやら体に力が入らないらしい。なにか、生まれたての仔馬が厩舎の中で初めて立ち上がるような怪しげな震え方をしながら、大きく股を開いて、それでも偉そうにたちあがった。やぶにらみの目で辺りを見回し、状況を把握した、のか把握できていないのか。

「なんだぁ、小童」アミキリが嬉しそうに声をあげた。「まぁーだ生きていたのかにぃー」

「おー、お前はたしか……、なんだっけ?」黒田は頭を振る。やはり状況は把握できていないようだ。

「だから、おれの名はアミキリだにぃー。上級妖怪アミキリだにぃー」アミキリが長い首をいらいらと振り回す。「ちゃんと覚えておけ、だにぃー」

「上級妖怪?」黒田は首を傾げた。「マイナー妖怪の間違いじゃないのか?」

 ぷっと吹き出したのは、士郎のすぐ前にいた妖怪三獣士のヌエだ。

 アミキリは真っ赤になって、その場で地団駄を踏んだ。

「ふざけるな、小童。今度こそお前を切り刻んで、刺身にしてくれる!」

「面白い。やってみろ」黒田はツバチェンジャーを取り出した。「士魂注入! 剣豪ぅチェェーンジっ!」

 黒い竜巻が黒田の身体を包み、黒いブゲイスーツに身を包んだ隻眼の剣豪戦士が姿を現す。が、補修の終わっていないブゲイスーツはボロボロ。しかも、その右手に引っ提げた抜き身は、鍔元でぽっきりと折れていた。

数時間前の戦いでアミキリにブラックジュウベエの大刀は叩き折られていたのだ。

 黒田は折れた刀を一瞥すると、落ち着いてそれを腰の鞘に戻し、強化角帯に装着された印籠フォンをとりだすとアプリを起動して、設定を変更した。

 折れた大刀が亜空間に収納され、かわりに真新しいブゲイソードが出現する。

 そうだ。ジュウベエはブゲイソードをもう一本持っていたのだ。但馬守から新しくもらったネームドのブゲイソード。その名も、『風割一文字』!

 ブラックジュウベエは、するりと抜き放った風割一文字を真っ向正眼に構えた。切っ先をぴたりと相手の中心にそえている。明らかに体に力が入っていないのがわかる。やはり体力は回復していないのだ。

「くたばれ、妖怪奥義『九字の印』!」

 アミキリは手加減なく、鎌を持った三対の腕を開くと、縦横にそれを振るった。光の刃が、縦三横三の井桁を作り、打ち出されたようにブラックジュウベエに襲い掛かった。

「せいっ」

 ブラックジュウベエは軽く気合を放つと、上段にとり、そのまま下段まで一気に切り下した。

 飛んできた幾枚もの刃が、すべてジュウベエの一刀に切り裂かれ、ただの一枚も当たらない。ブラックジュウベエの放った一刀が、アミキリの『九字の印』の何枚もの刃をすべて切り裂いたのだ。

「なにぃー」アミキリが驚きの声をあげる。

「ふむ、さすがは『風割一文字』。軽い。しかも構えただけで、刀の方から勝手に中心軸に入ってくる」ジュウベエは感心したようにネームドのブゲイソードの刀身を鑑賞している。

「ふん」と鼻を鳴らしたのは、士郎の前のヌエ。「本来の『九字の印』は、四縦五横の九筋じゃ。あやつのは、三縦三横の六筋。もともと足りておらん」

「なぜだ! なぜ、おれの『九字の印』が当たらん!」アミキリが三対の腕を振り回す。

「なんだ、にぃーはやめたのか?」ブラックジュウベエは冷静に答える。「キャラ作りかよ」軽く突っ込みながら、一応うんちくだけは忘れない。「彼我の中心軸を合わせて、わが人中路を切れば、敵の太刀はすべてわが身にとどかず。これが新陰流がっし撃ちの原理よ。刃の陰に身を隠す術を会得したサムライに、身を守る盾は不要。ただ一刀のもとに斬り捨てるのみ。剣豪奥義!」

「妖怪奥義!」

「一刀嵐斬!」

「九字の印!」

 車に構えたブラックジュウベエが突進し、三対の鎌を振るったアミキリの刃が迎え撃つ。が、ジュウベエの脇構えからの一刀は、アミキリの刃もろとも妖怪の身体を縦に真っ二つにしていた。ざっと黒い風をまとって床の上を滑ったブラックジュウベエは、正眼に切り下した位のまま、くるりとスピンターンを決める。一刀両断されたアミキリの身体が細かい光の破片になって霧のように消えてゆく。

「成敗」ブラックジュウベエは親指を立てると、そのまま後ろにひっくり返って床の上で気を失った。

 そのタイミングで、イエロージンスケに脇差で手元を抑えられていたカマイタチが、ぱっと後ろに下がる。間を切られたジンスケもすかさず後退し、距離を大きくとった。

「ブゲイジャー、レッドムサシ!」ヌエがつつつとさらに三歩さがる。「今回はおまえたちの勝ちだ。カマイタチ、ここは一旦引くぞ。だが剣豪戦隊よ。われらを妖怪三獣士、『人魚のミイラ』は決して諦めぬ。次にまみえるときは、覚悟いたせ。いずれ雌雄は決しようぞ。そのときはお互い正々堂々とな」

 狒々の烏帽子の下で、青い肌のユリアの顔が不気味に笑った。彼女はその場でくるりと回ると、いままでそこにいたのが幻覚であったかのように姿を消した。

 カマイタチも、構えていた刀を、「ちっ」という舌打ちとともに優雅に納刀すると、その場で姿を消す。それと同時にさっきまでいたヒトガタの姿も消失していた。



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