scene5 敵ながらあっぱれ



 タイミングとしては、ピンクガラシャが先に飛び込んできた。彼女は燃え上るパトカーの炎をバックに、閉じはじめたシャッターの下から飛び込んでくると、手にした拳銃を構えてヒトガタを狙う。が、撃たれたはずのショウが立ち上がっているのに気づいて、一瞬躊躇したが、かまわずヒトガタに発砲した。赤い光弾が走り、手前のヒトガタが撃ち倒される。

「てめえか」吐き捨てるように言ったショウは、両手を広げて吠える。「妖力解放!」

 ばっと黒い瘴気が紫色の火花を散らして八方へ噴射された。

 ショウの来ていた服が千切れ飛んで燃え尽きる。中から毛足の長い毛皮に包まれたしなやかな野獣の肉体が現れる。するすると亜麻色の布地が走り、ショウの身体にからみつく。長方形の布が上下に走り、上半身で着物の襟と袖に、下半身で五本の襞をなして袴になる。長い首と長い胴を持つ獣の身体が、亜麻色の和服に袴を着用し、腰には一振りの大刀を差している。一種異様な姿であった。

 あれがショウの正体か。一瞬で妖怪の本性を露わにしたショウは、すかさずピンクガラシャに対して攻撃態勢をとったが、そこへ、奥の扉から突入してきたイエロージンスケが突撃していた。

「カマイタチ、こっちだ」

 イエロージンスケは、左手で腰の大太刀を柄ごと前に出したいつもの姿勢で間合いに踏み込むと、躊躇なく抜き放つ。

「ちっ」ショウが応じて腰の大刀を下から切り上げた。

 横に薙ぐ大太刀と、下から切り上げる大刀が交差する。がきん!と鋼が打ち合わされ、ジンスケの大太刀がびぃん!という音を立てて跳ね飛んだ。大太刀がジンスケの手から離れて向こうのソファーに突き刺さる。空っぽの右手を振り上げたイエロージンスケに対して、ショウことカマイタチは切り上げた大刀をそのまま切り下した。

 キナ子が斬られる!

 そう見えた瞬間、イエロージンスケは電光石火の早業で、腰の脇差を抜き打ちにカマイタチへ斬りつけていた。

 しゃん!という音を刃が立て、切り下すカマイタチの大刀と、切り落とすジンスケの脇差が絡み合う。へその高さまで切り下された二本の刃は、なぜかジンスケの脇差がカマイタチの手元をおさえ、長さで優るカマイタチの大刀は外に逸らされていた。そして両者はその体勢のまま硬直してしまう。

 一方ヒトガタ四体相手に銃撃戦を挑んだピンクガラシャは、最初に一体を倒したものの、すぐに残りの三体より反撃を受け、壁際のソファーの陰に飛び込んでいた。飛び出して反撃したいのはヤマヤマなのだろうが、ヒトガタの背後には人質がいて、おいそれと銃撃ができない。あちらも一種の手詰まりだった。

 イエロージンスケ対カマイタチ、ピンクガラシャ対ヒトガタ三体で、戦場が拮抗した。すかさずアミキリが布を脱ぎ捨て、カマイタチの援護に向かおうとしている。士郎はカウンターの内側をかがんだままの姿勢で、アミキリの背後に回り込みながら小さく叫んだ。

「士魂注入、剣豪チェンジ!」

 ぱっと赤い炎が散って、ブゲイスーツが亜空間より3マイクロ秒で転送されてくる。

 よし、行ける。いまならあの手ごわいアミキリの背後が取れているはずだ。キナ子がカマイタチを抑え、あづちがヒトガタたちの相手をしているあいだに、奴を仕留める!

 レッドムサシに剣豪チェンジした士郎は、カウンターの内側で刀の柄に手をかけると、さけんだ。

「剣豪奥義! 烈火──」

 アミキリの背後からカウンターを飛び越えて剣豪奥義『烈火巌流崩し』をぶち当てようとした士郎の腕を、背後から何者かが掴んだ。それもものすごい握力だった。

「え?」

 振り返ったレッドムサシのバイザーの前に、ユリアの顔があった。

 彼女は金色に光る両眼を怒りに見開き、その頬は血の気を失って蝋のように白く、唇は鮮やかな藤色だった。きらめくような黒髪は、たちまちのうちに紫色に染まってゆき、身にまとっていたゴスロリ調の黒い服は、まるで構成分子が原子変換されるがごとく、くるくるとメタモルフォーゼを起こしてゆく。

 ムサシの腕をつかんだ手は、虎革の手甲に覆われ、細い体は茶の狩衣を纏う。頭には狒々ひひの顔貌が意匠された不気味な烏帽子、腰には蛇が巻きついた怪しげな拵えの太刀を佩き、あいた左手には、太刀と揃いの、蛇が巻きついたデザインの長柄の薙刀を袖がらみに携えていた。

「ユリアさん、これは……」士郎は息をのむ。続く言葉が見つからない。

「士郎、背後から斬りかかるとは、卑怯であろう」青い肌に、金色の目。藤色の唇に、紫の髪の少女は、きんきん響くような高い声で士郎のことをなじった。

「あんた、妖怪だったのか……?」かすれた声で士郎はやっと、それだけ言う。

「その通り。妖怪三獣士が軍師、ヌエじゃ」縦に裂けた瞳が蛇のように細い。その細い瞳をさらに細めてヌエは答える。「士郎、妖怪がもう一匹いるという、おまえの読み、見事だ。ただし、どこか遠くで高みの見物ではなく、人質に紛れ込んでの見物だったがな。おまえの読み通り、この作戦を考えたのはいかにも、わしじゃ。ヒトガタを作り出したのも、確かにわが呪術。よく見抜いた。敵ながらあっぱれ」

「おれは、剣豪戦隊ブゲイジャー・レッドムサシだ」言い切りつつも、士郎はブゲイスーツの中で、背中をつうっと汗が伝うのを感じていた。敵がもう一匹いた。いままでの瞬間は、三対三の戦力比で、士郎がアミキリの背後をとって有利な戦局だった。が、ここであのユリアが妖怪のヌエであったことで、一気に戦局は敵の有利に傾いた。

 だがしかし、この次に士郎が吐いた言葉は、あとあと考えてみるにこの状況で極めて有効な言質であった。ほぼ理想的な反論である。

「ユリアさん、いや妖怪三獣士のヌエよ。さきほどおまえは、背後から斬りかかるのを卑怯と言ったが、では、人質をとって人間を脅すお前らの戦い方は、卑怯ではないのか?」

 むむっ、とヌエが息を呑み込むのがわかった。

 ヌエは、レッドムサシの腕を離し、つつつと三歩下がった。その場で薙刀を矛伏せに構えて動きを止める。言葉は返さない。が、隙もない。こちらが動けば、向こうも動くはず。

 まずい。いま士郎の背後ではアミキリがフリーで動ける状態だ。もしかすると、このまま背後から自分がアミキリの鎌を食らうかもしれない。

「う、うあぁぁぁぁぁああー、……ういぃっーん!」

 フロアの隅っこで起こった変な声に、全員が一瞬戦いを忘れ、振り返った。

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