scene7 ヒーローはつらいぜ


 士郎は「ほうっ」と大きく息を吐いた。刀を鞘から抜きもしなかったが、こんなに消耗した戦いは初めてだった。

「みんな無事?」ガラシャ・ガバメントのハンマーを起こしたままサムセイフティーだけかけて、ピンクガラシャが駆け寄ってくる。

「こっちはなんとか」大太刀を拾いにいったイエロージンスケが左手をあげて合図している。

「全員無事か?」但馬守の声が響いた。なんか久しぶりな感じがして、あのおっさんの声が懐かしく思えるのが悔しい。「警察のSATが突入してくる。いそいで撤退しろ。ところで黒田はだいじょうぶか? すっかり忘れてたけど」

「あいつなら、剣の極意を会得したみたいだから、死んでも悔いはないでしょう」士郎は答える。「あと、人質にも怪我人はいません。戦闘開始前に、全員カウンターの陰に避難して、まだ出てきていませんから、われわれの姿も見られてないと思います」

「よし、早く脱出しろ」急かす但馬守の声はすこし嬉しげだ。

「ジンスケ、行くわよ」ピンクガラシャがもたもたしているキナ子を急かす。「ムサシとジュウベエは、チェンジを解いてここに残りなさいよ。人質の人数が合わないから」

「あ、そうか」すっかりガラシャたちと一緒に帰る気になっていた士郎は頭を叩いた。「ちぇっ、こりゃあ、警察の事情聴取とか大変そうだな」

「仕方ないでしょ」ピンクガラシャは親指を立てた。「でも、今回はあたしたちの勝ち戦だったわ。人質が無事だったんだからね」

 言うやいなや、ピンクガラシャとイエロージンスケは奥の扉にむかって駆け出していた。

「ヒーローはつらいぜ」士郎は人質が隠れているカウンターを見て、目撃者ゼロを確認すると剣豪チェンジを解いた。ついでに黒田のチェンジも解いてやる。

 それとほぼ同時に、少しだけ開いたシャッターの間やら、後ろのドアやらから、黒い戦闘服に身を包んだ完全装備の警察の特殊部隊が室内に突入してきた。

 士郎はとりあえず、その場に倒れて気を失った振りをする。黒田と一緒ってのが、気に入らなかったが。



 その翌日。

 古武道研究会の稽古日。

 新しく新調した剣道着で、黒田武史が武道場に向かっていると、剣道部の清水と上原、あとその他大勢二人くらいの、合計五人くらいと階段で行違った。

「おう、黒田。なにいっちょまえに道着なんか着てるんだよ。また今度試合しようぜ」

 上原が笑声をあげながら、黒田の前に立ちふさがる。

「ああ、いいよ」黒田は即答した。「いつでも試合の相手ならしてやる。おまえたちにとっては試合が本番なんだろうからな」

「なんだと?」言葉の意味はわからないが、バカにされたことを感じた上原の顔が朱に染まる。

「おれにとって試合は所詮、いつくるか分からない真剣勝負へのリハーサルに過ぎん。試合で打たれて、それが本番で少しでも役に立つのなら、負け試合も本望だ。いつでも声をかけてくれ」

 黒田は剣道部の集団をよけると、その場を去った。



 同じころ、武道場に先に着いた赤穂士郎は、きょろきょろうろうろしている水戸黄粉を見つけて声をかけた。

「なにしてるんだ、おまえ」

「あ、赤穂くん」キナ子はきょろきょろしながら返事した。「実は、母がいないか探してまして」

「ああ、杏さんか」士郎も周囲を見回す。「でも、きょうは典膳先生がくるから、姿現さないんじゃないのか。なんか用かよ」

「実は前回カマイタチに抜刀の抜きつけで負けて……」

「ああ、あれな。でも、キナ子の武器は大太刀で、不利だから仕方ないんじゃないか?」

「まあ、そこは要修行ということで。で、そのあととっさに一刀流の小太刀の『切り落とし』で応じたんですが、そこから先がわからなくて」

「は?」

「子供のころに母より一刀流の小太刀を一本目だけ習ったんですが、切り落としてからどうするかがどうしても思い出せなかったんですよ。あの時あの先を覚えていれば、カマイタチを倒せたかな、と思いまして」

「あ、思い出した」士郎はぱんと手を叩いた。「『一刀流』って名前の流派があるんだっけ。刀一本もって戦う流派が一刀流じゃなくて、たしかそういう名前の流派があるんだよな」

 キナ子は、じろりと士郎を睨み上げた。

「そこからですか」



 演劇部と打ち合わせしていて、少し遅れた桃山あづちは、渡り廊下を走っていた。

 向こうからきた物理の田島先生が、「おい、廊下は走るな」と気のない注意をする。

 あづちは、立ち止まり、田島先生に話しかけた。

「ねえ、但馬守。ひとつだけ教えてもらいたいことがあるんだけど。どうしてもそこだけ分からなくて」

「おう、なんでも聞いてくれ。電流か? 磁場か? 質問なら大歓迎だぞ。相対性理論でも不確定性原理でもどんとこい、だ」

「ねえ、但馬守。あなた一体、何年くらいの未来からやってきたの?」

 きっとびっくりするだろうと思ったら、但馬守は嬉しそうに笑っただけだった。

「やっぱ気づいてたか。おまえなら、さもあらん。だな」小さく肩をすくめる。「おれは、いまから一千年後の未来からやってきた」

「一千年!」さすがのあづちも大声をあげた。「ごめんなさい」

 あわてて周囲を見回す。

「どこで、気づいた」

「どこで、もなにも。どう考えてもブゲイジャーの装備は現代の科学じゃないでしょ。妖怪サーチャー動かしたときも、『この時代なら』なんて、口すべらせてたし」

 但馬守はにやにやとあづちを見守っている。

 ちょっと待ってから、あづちはさらに尋ねた。

「一千年後の未来って、どんな感じですか?」

 但馬守はふんと鼻をならして、つまらなそうに答えた。

「地獄だな。一千年後の人類は、妖怪に支配されて、奴隷として使役されている。とてもじゃないが、一千年後の科学力をもってしても、やつらを倒すことはできない。でもな、やつら妖怪の力がまだ弱い一千年前なら、まだなんとかできたかもしれない。ここで妖怪隆盛の芽を摘んでおけば、あの悲惨な未来は防げるかもしれない。そう考えて、おれたちは決死の覚悟でこの時代に飛んできた」

「一人じゃないんですか?」

「ああ。仲間がいる。そいつらがブゲイジャーの装備のメンテナンスや、新開発を行っている」

「未来、変えられると、思いますか?」

 聞いてはいけないと思いつつも、あづちは尋ねてみた。

「さあな」白衣のポケットに手を突っ込み、但馬守は晴れ渡った空を見上げる。「でもな、戦隊について事前にリサーチしたところでは、こういう言葉があるらしいじゃねえか。『明日の天気は変えられなくても、一千年後の未来は変えられるかもしれない』ってな」

「さあ、知りません」

「質問はそれだけ?」

「はい、今は」

「このこと、他のやつらには内緒にしてくれ」但馬守は人懐っこく笑った。「それとも、すでに薄々感づいてるかな?」

「赤穂くん、黒田くん、水戸さんは、本当にすごいと思います」あづちは肩をすくめて笑い出した。「だって、剣豪戦隊ブゲイジャーのこと、まったく疑問に思ってませんからっ!」














『赤塚信用金庫が妖怪にジャックされた。アミキリとショウ。ヒトガタ四体。人質二十四人』 赤穂士郎


『ニュースでやってますね。大事件です。でもあたしは、電車が遅れていて迷惑。アミキリとショウ、ヒトガタってなんですか?』 井出萌香


『赤穂くんと黒田くんが人質になってたんですってね。びっくりしました。でもほんと、二人とも無事で良かったです』 井出萌香





                                   終



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