scene3 「金」と「庫」



 赤塚駅まで車で移動。そのあと素知らぬ顔で駅に入り、階段上のコンコースから、指示された窓の外にミラーを張り付ける。ミラー自体の角度は遠隔操作でコントロールできるので、あづちは触らない。周囲を確認して、自分を見ている人がいないのを確かめると、今度は駅を出て、これまた指示された古いビルの非常階段を探す。人気のないことを確認してこっそり剣豪チェンジ。ビルの外壁に取り付けられた非常階段を二階までのぼり、その上の踊り場に陣取る。

 駅のコンコース外壁に取り付けられたミラーまでの直線距離は二百メートル。線路をまたいでいるので、付近に警察の姿はない。ミラーからロータリーをはさんだ信用金庫までの距離は百メートルちかいので、トータル三百メートルの狙撃になる。ガラシャ・ガーランドにスコープをとりつけ、二脚(バイポット)を展開し、身を横たえて伏せ撃ちの姿勢をとる。準備を続ける間にも、イエロージンスケからの報告と但馬守からの指示が耳元に響いている。イエロージンスケはすでにビルの屋上を伝って、信用金庫の入ったビルに侵入成功。警察の特殊部隊SATの姿がちらほら見えるらしいが、補足はされていない。現在避難用階段を降下中で、二階の施錠されたドアから信用金庫二階のオフィスゾーンに突入の予定。但馬守より、監視カメラ映像では二階に人影はないが、音には注意せよとの指示。

 ガラシャ・ガーランドのスコープを覗き込んだあづちは、駅のコンコースの外壁の一点に狙いをつけ、模擬弾を放つ。ぴしりと黒い弾痕が壁面に穿たれるが、それはスコープの十字、クロスゲージというのだが、その中心より少しずれた場所だった。あづちはガーランドの銃身を動かさないように注意して、スコープのつまみを調整し、照準を合わせる。きちんと弾着がクロスゲージの中心にくるまで、同じ行為を四回繰り返す必要があった。

 その間に、イエロージンスケは信用金庫の警備室に侵入成功し、シャッターの開閉スイッチを見つけ出していた。

「右のシャッターのスイッチってやっぱ右のボタンですかね?」

「だと思うがなぁ」

 ジンスケと但馬守の言葉に緊張感はないが、声は二人ともかすかに震えている。

 あづちはスコープ越しに、超耐熱ミラーに映った赤塚信用金庫の右のシャッターをにらむ。一番右のシャッターには「金」と「庫」の文字が描かれているので間違いない。

「こちら、ピンクガラシャ。いつでも準備オッケーです」

「少しまて。警察が動いている。偽物の『人魚のミイラ』を渡すようだ。あれが偽物だと分かった時の三獣士の反応が怖い」

 しばらくの待機時間が与えられた。永遠とも思える空白。但馬守が静かに実況を続ける。半分だけ開いているシャッターから警察が風呂敷包みを犯人グループに渡している様子は、あづちの覗くスコープからは見えない。ガラシャ・ガーランドを動かしてそちらに向ければいいのだが、この狙撃位置を一度変えてしまうと、もとにもどすのに時間がかかり、火急の場合に間に合わないので、ここはじっと我慢する。

「ヒトガタの一匹が包みを受け取って、それをカマイタチに渡した。あーあー、ろくに見もしないで床に叩きつけたぞ。相当怒っているな。水戸、人質の命が危ない。シャッターを開けろ」

「はい。ただちに」キナ子の声が答える。「スイッチ入れました」

 あづちはトリガーに指をのせて、スコープの中の映像に集中した。あれ? おかしくないか?

「ちょっとまって」あづちは囁くような声で鋭く言い放つ。「シャッターが動いてないわ! スイッチが違うんじゃないの!」

「確認する!」但馬守がすかさず返答。「水戸、左のシャッターが開いている。逆だ、逆のスイッチを入れろ」

「逆?」おろおろするキナ子の声が響く。

「逆よ!」あづちは低く叫ぶ。「左のスイッチ!」

「ごめんなさい、いま入れました」

「大丈夫だ。おまえが悪いわけじゃない」但馬守が冷静にフォローする。「桃山、狙撃だ。水戸、桃山のフォローで突入準備! 決めるぞ!」

 ゆっくりと、あまりにもゆっくりと右のシャッターが上がり始めた。「金」と「庫」の文字が上昇し、地面のあたりから信用金庫内部の明かりが漏れはじめ、じわじわと中の様子が明らかになる。

 ガラスの向こう。低いベンチが並び、プランターが見える。その向こうにカウンター。立っている迷彩服の男が何人か。銃を持っている。あれはヒトガタ。みな、あたふたと動いている。シャッターが開き始めたことに動転しているのだ。そして、カウンターに腰かけていた男。ゆっくりとカウンターから滑り降り、こちらに近づいてくる。長身。しなやかな身ごなし。あいつが妖怪三獣士……。あづちはスコープの十字を男の頭の中央に合わせた。トリガーを引こうとして躊躇する。あれは本当に妖怪なのか? まさか人間では? もし万が一、人間だったとしたら……。さっと全身に汗が噴き出す。怖くてトリガーが引けない。人差し指が、石のように動かない。

「桃山」但馬守がしずかに語りかけた。「無理なようなら、水戸を突入させる」

「いえ、大丈夫です」我ながら、負けん気が強いと思う。あづちはトリガーを引いた。

 がん! と突き上げるような衝撃がきて、銃が跳ね上がる。一瞬スコープから目が離れるが、慌てて銃を再固定し、スコープごしに索敵する。

 当たったのか? 

 確認するより先に、つぎのターゲットを探す。あとは正体不明の妖怪が一匹とヒトガタが四体。

 妖怪の巨体が倒れた人影に走り寄っている。倒れているのがカマイタチか?とふと思うが、あづちは冷静にヒトガタを探す。うち一匹が銃を人質の方へ向けている。まずい。あいつから排除する。

「ヒトガタが一体、銃を人質に向けています。あいつからやります」あづちはトリガーに指をかけた。が、次の瞬間、なにか銀色の物が、ふいの彼女の視界を遮った。

「え?」かすれた声をあげて、スコープから顔を外し、肉眼で信用金庫を確認する。肉眼といっても、ブゲイスーツによって強化アシストされた望遠暗視視界だ。ここから信用金庫までの距離なら、十分視認できる。「え?」

 あづちは息をのんだ。

 赤塚駅のホームから外れたところに電車が止まっている。あとで知ったのだが、そこは赤塚駅の引き込み線で、赤塚行きの各駅停車が入り込んでスイッチバックして折り返し、赤塚発の各駅停車になるための転回用の線路だったのだ。よって、ホームから外れた場所ではあるが、電車が止まることがある。そしていま、その場所に停車した電車によって、あづちの狙撃のための火線と視界は完全に遮られていた。

「但馬守! 電車が邪魔で、狙撃不能! 人質の命が危ない。ジンスケを突入させて!」

「水戸っ! 飛び込め!」

「あたしも行きます」言い終わらないうちに、あづちは立ち上がった。「ガラシャ・ガーランド! マシンガン・モード!」非常階段の手すりを飛び越え、そのまま線路に降下する。すかさず地を蹴って跳躍すると、電車の上を走りながら、駅前ロータリーの警察の展開を素早く確認する。架線とパンタグラフが邪魔だ。

「まて、桃山。おまえは待機……」

「正面から突入します!」

 一番右に停車しているパトカーの周囲には人が誰もいない。一瞬で見て取ったあづちは、パトカーに向けてガラシャ・ガーランドのフルオート射撃を叩き込んだ。

 夜の駅前ロータリーを背景に、ぼっとオレンジ色の炎をあげたパトロールカーが盛大な火を放つ。

「水戸、桃山が突入する。シャッターを全部閉めろ。白兵戦だ」

 ピンクガラシャは大きく跳躍すると、炎に気を取られた警官隊の視界を避けて大型護送車の影を走り、一直線に開いたシャッターめがけて疾駆する。但馬守の指示ですでにシャッターが閉まりはじめている。

 あづちは、長銃ガラシャ・ガーランドを亜空間に収納し、腰のホルスターからハンドガン『ガラシャ・ガバメント』を引き抜く。拳銃を使うのは初めてだが、そんなこと心配している場合ではない。左手でガラシャ・ガバメントのスライドを引くと、ピンクガラシャは、閉じようとするシャッターの下を転がって信用金庫内部に飛び込んでいった。



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