scene2 ミラーとスコープ
「まずいぞ、桃山」部室にもどるなり、但馬守が言ってきた。「ヴォイス・コンバーターからの情報だが、『人魚のミイラ』を手に入れられなかった警察は、犯人グループに偽物を掴ませる計画でいるみたいだ」
「そりゃ、そうするしかないでしょ」たしなめる様にあづちは答える。「本物はあたしたちが確保しちゃってるんだから、警察には他に方法がないじゃない」
「しかし、そんなことになったら、あのカマイタチのやつは、人質の二、三人は簡単に殺しかねないぞ」
「その二、三人の中に、赤穂くんたちが入ってないといいですね。戦力が減っちゃいますから」
あづちはそもそも、『人魚のミイラ』を渡さないという選択に反対なのだ。
「やっぱ『人魚のミイラ』を渡しちゃうわけにはいかないんですか?」
もう一度きいてみる。
「できない」但馬守は暗い表情で答える。なにか、過去の悲しい記憶をよみがえらせているような顔だった。
そのときあづちは天啓のようにひらめいた。
「もしかして、『人魚のミイラ』が妖怪三獣士の手に渡ったことが、過去にもあったんですか!」
但馬守の目が大きく見開かれる。そしてすぐに探るような視線に変わってあづちの様子を窺う。
「あったとしたら?」
低い声だった。
あづちは唇を噛んだ。
「そうだったんですか」そう言うのがやっとだ。「じゃあ……」部室の天井を見上げて考える。少なくともいま抱えている問題に関する答えは、部室の天井には書かれていなかった。「となると、突入するしかないですね」
「やはり、そうなるか」但馬守が顎をこすりながら、不敵に笑う。
「でも、人質は?」キナ子が口をはさんでくる。
「一気に突入して、一瞬で敵を全滅する。それしかないわ」あづちは肩をすくめる。「他に安全確実な方法があればいいんだけど」
「全滅ったってなぁ」急に弱気な声で但馬守が腕組みする。「中には妖怪三獣士が少なくとも一匹は待ち構えてるだろうからなぁ」
「いずれ戦う相手でしょ。だったら今やりましょう」あづちは決然と答える。
その言葉に但馬守がにやりと笑う。
「そうくると思ったよ」とパソコン画面をあづちの方へ回した。「これが赤塚信用金庫内部の見取り図だ。で、こっちが監視カメラの映像だ。こいつは警備会社に不正アクセスして得た映像だが、警察もこれはチェックしていると思う。あとは食事を届けるときに捜査官が変装して内部の様子を確認してきたようで、これがその報告書」
報告書はプリントアウトされたものをよこす。
あづちが但馬守とキナ子の顔を交互に見ると、二人とも目が笑っている。あづちの返答は聞かずに突入はすでに決めていたようだ。そしてその準備も整えてある、というわけか。
あづちは、再び小さく肩をすくめる。今度はさっきとは違った意味で。
「計画は?」
説明の前に、但馬守はテーブルの上に大型のミラーと小型の望遠鏡を置いた。
大型のミラーは、一辺三十センチほどの正方形。固定用にアームがついている。
小型の望遠鏡はなにかにネジで固定するためのパーツがついていた。
「これは?」
「こっちは、超耐熱ミラーだ」但馬守は大型のミラーを指さした。「吸着式のアームで、平らな面ならどこにでも取り付けられる。超耐熱で反射率も99・9パーセント以上。こいつなら、ガラシャ・ガーランドの銃弾を反射させることができる。で、こっちがガラシャ・ガーランド用のスコープ。このスコープを装着すると、スナイパー・モードが選択できるようになる。有効射程は2000メートルを超えるが、特殊な訓練なしでは300メートルがいいところだろう」
「狙撃ですか」あづちは少し驚く。
「水戸が隣のビルの屋上から、信用金庫が入っているビルの屋上に飛び移り、避難用階段を使って室内に侵入する。そして信用金庫のセキュリティールームからスイッチを操作して、一番右のシャッターを解放。一方桃山は事前に赤塚駅の橋上コンコースの三番目の窓直下の外壁に、この超耐熱ミラーを設置し、ただちにこのマップでいうと……、ここだな。このビルの外階段二階の踊り場で伏せ撃ちの姿勢で待機。シャッターが上がると同時に、敵の狙撃を開始。最初の目標は、この監視映像に映っている、カウンターに腰かけた男だ。おそらくこいつが妖怪三獣士の一人、カマイタチ。で、つぎがこっちの大男。こいつも妖怪だと思う。が、妖怪三獣士ではない」
「この、銃を持った迷彩服の男たちは?」あづちは監視カメラ映像を指さす。
「おそらくヒトガタだ。陰陽道で使われる呪術で、正体は紙で作った人形だが、敵の呪術師の力で人間の形を与えられている。が、銃を持っていることに変わりはない。早い段階で手早く打ち倒すこと。いいな」
「なかなか難易度の高い作戦ですね」
「時間がない。ただちに配置についてくれ。警察はすでに偽物の『人魚のミイラ』を犯人に渡す手筈を整えている。妖怪三獣士が偽物に気づき、人質に危害を加えようとする前に叩く」
あづちは無言でテーブルの上にあるミラーとスコープを取った。
傍らを振り返ると、キナ子がじっとこちらを見つめている。あづちは彼女と目をまっすぐに合わせ、小さくうなずいた。
「じゃあ、但馬守」あづちは小さく敬礼する。「行ってきます」
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