エピソード7「一刀両断」

scene1 もう一匹


   1



 桃山あづちは、東上線赤塚駅のホームにいた。

 時刻は午後の八時をまわっている。帰宅ラッシュの時間帯に入るため、入ってくる下り電車はのきなみ混雑しており、到着のたびにかなりの降車客がホームを埋める。が、それとは別に、スマホのカメラを掲げた野次馬もかなりの数がいた。

 赤塚駅は、いままであまり意識したことがなかったが、斜面に建っているらしい。

 南側ホームから見える商店街裏手はホームとほぼ同じ高さなのに、北側ホームは高架になっており、地上二階の高さから、駅前のロータリーを見下ろすことができた。

 現在赤塚駅の下りホームからは、警察によって封鎖されたロータリーが俯瞰できる。

 黄色いテープで非常線が張られ、何台もの警察車両が並び、赤い回転灯が光を投げかけている。一列にならんで盾を構えて最前列に待機する機動隊。後方を走り回る制服警官。パトカーの無線で必死になにか訴えている私服警官。

 警察の部隊の後方には、マスコミのカメラと記者、さらに後方に報道車両。ロータリーの端では、臨時のバスターミナルが設置され、そこに複数のバスと地面を埋め尽くすほどの乗客がひしめいている。

 交通規制された車道は、片側一車線にされており、事件を知ってか知らずか、迷い込んだ一般車がゆっくりと制服警官によって誘導されている。

 そんな様子が駅のホームからは一望できる。ちょっとした特等席だ。

 というわけで、たくさんの野次馬が赤塚駅のホームに陣取って、赤塚信用金庫の人質立てこもり事件を見物している。みんなして、スマホのカメラを向けて動画を撮影したり、自撮りしたりとお忙しいようだ。あづちもとぼけた顔で印籠フォンをかざすと、最前列にある撮影の列に加わった。

 まずは何枚かシャッターを切り、ついで動画で周囲をぐるりと撮影する。ロータリーの様子から、周囲の建物の配置まで、ゆっくりと丁寧にカメラを向けた。撮影した画像と動画はリアルタイムで転送されて、但馬守とキナ子がいる部室のパソコンで保存および解析がなされているはずだ。

「どう? いいかしら?」

 通話をパソコンに繋いで、但馬守に確認をとる。

「オッケーだ。これで行けると思う。すぐにこっちに戻ってきてくれ。作戦を練ろう。あまり長引かせたくない」

「わかった、急いでもどります」

 あづちは印籠フォンをしまうと、人ごみをかき分けて改札に向かった。ここまでは電車できたわけではない。移動に手間がかかるので電車も車もやめて、キナ子の自転車を借りてきていた。ここから学校まで戻るとちょっと時間がかかるが仕方ない。但馬守の読みでは、妖怪三獣士は朝まで待ったりしないだろうということだった。それはつまり、人質の命が危ないということで、これに関してはあづちもおなじ考えである。

 が、但馬守は『人魚のミイラ』は絶対に渡せないと断固主張するし、そうなれば交渉による人質解放は絶望的になる。となると、強行突入の四文字がちらつくが、警察の特殊部隊であっても妖怪相手になにができるものでもない。ここは当然剣豪戦隊の出番だ。が、国家機密である剣豪戦隊の存在を警察やマスコミに知らせるわけにはいかない。じゃあ、どうするか。キナ子の意見としては、「じゃあ、国家の筋から話を通して、警察とマスコミを下がらせればいいじゃないですか」ということになる。

 しかし、あづちは、それもできない相談だろうと予測していた。但馬守は、「隠密性を保つため」とか「情報公開範囲の埒外」とか、難しい表現で煙に巻く戦法を使っていたが、おそらく剣豪戦隊ブゲイジャーは、国家機密ではあるが、本当は国家なんかと繋がっていないのだ。その辺の事情はわかる。わかるが、ではどうするのだ? このまま時間ばかりが過ぎていけば、人質たちの命が危険にさらされることになる。妖怪どもは、警察が要求を呑まない(というか呑めないのだが)となれば、遠慮なく人質を殺すだろう。いくら殺しても、警察は『人魚のミイラ』を持っていないのだから、要求が受け入れられることはない。そして、その辺の事情を、今度は妖怪が知らない。

「さて、どうしたものか」あづちは改札階へあがる階段を見上げて唇を噛んだ。「なにか、すべてが丸く収まる見事な解決法でも思いつければいいんだろうけど」



 カウンター一番奥にある扉が開いて、人が入ってきた。あの扉は、信用金庫の職員専用スペースにつながっているので、あそこから入ってくるということは、てっきり事件に気づかずにいた信金の職員が、現在の状況を把握せぬままここに来てしまったのかと、赤穂士郎は考えた。

 さらに人質が増える。もしくは、状況に気づいてこっそり逃げ出してくれれば、捕まらずにすんだのに。そんなことまで考えてしまった。

 が、入ってきたのは、短い頭髪を金色に染めた、なんかチャラチャラした男だった。細い眉と、吊り上がった細い目。とても信金の職員には見えない。白いスーツといい、色を合わせた白い靴といい、なんか安っぽいホストみたいな男だった。口元に笑みはたたえているが、冷酷そうな男。そいつは入ってくるなり、ショウに「よう」と気さくに声をかけた。

「おう、獅子丸ちゃん」カウンターに腰かけて、退屈そうにテレビの特別報道番組を見ていたショウは、嬉しそうに手を振った。ちなみにいまショウが見ているテレビ番組は、現在進行中の赤塚信用金庫立てこもり事件の特番であり、その主犯はショウ本人である。

「で、どうだった? 『人魚のミイラ』は手に入ったかい?」

「いや」獅子丸と呼ばれた男は小さく首を横に振った。「それが、箱にも、ものスゲー封印がされていてさ、触ることもできなかった」

「ははは」ショウは乾いた笑声をあげる。「じゃあ予定通りこっちに任せてくれよ。順調に進んでるからさ。警察の方からは、『人魚のミイラ』はちゃんと手に入れたから、すぐに持っていくって連絡が入っているんだ。あと二時間ばかりで決着がつくよ」

「へっ、バカバカしい。二時間も待ってられるかよ」獅子丸は吐き捨てるように言う。「おれは、帰るぜ。せいぜい偽物つかまされないように注意しろよ。人間は小狡いからな」

「なぁに、そんときは人質の三人も殺せば大人しくなるさ。まあ、見てろって」

「おれは帰るぜ。これじゃあ、全部あいつの作戦通りじゃねえか。くそ面白くもねえ」

 獅子丸はくるりと踵を返すと、入ってきたときと同様、するりと扉から出て行ってしまった。

 ショウと獅子丸の会話をきいていた士郎は首を傾げる。

 『人魚のミイラ』とは、ショウが電話で警察に要求していた身代金、いや身代物だ。それをこの獅子丸という男は直接取りに行ったのだろうか? 状況から見てこの獅子丸も妖怪である可能性が大だが、だとして直接取りに行くとはどういうことか? ものスゲー封印とは、なんだ? つーか、そもそもなんで、妖怪が人質をとって『人魚のミイラ』なんてものを欲しがる? それはどんなレアアイテムなんだ?

「もう一匹いやがるな」士郎はつぶやいた。

「え?」隣に座ってテレビを見上げていたユリアが首をかしげる。「どうしたの?」

「うん」士郎はうなずく。「あのショウと、今来た獅子丸ってやつは、あっちでマントをかぶっているアミキリと同じ妖怪だ。が、おそらくこの事件に関わっている妖怪はもう一匹いやがる」

「もう一匹」ユリアが怯えたように周囲を見回す。「気配を感じるんですか?」

「いいや」士郎はユリアにならって周囲を注意深く見回した。どこかに姿を消してもう一匹の妖怪が潜んでいるかもしれない。あるいはなにかに変化してとか、ものすごく小さくなってとか。その可能性は捨てきれないが、もう一匹はどこか遠い場所で高みの見物を決め込んでいのではないか。士郎はそう推測する。

「思うんだけど、あの獅子丸ってのも妖怪だろ。だけど、そんなに考え深いやつには見えない。あっちのショウにしても、頭は悪くないが、きちんと計画を立てて準備を整え、それを正確に実行するタイプには見えない。これはおれの勘なんだけど、もう一匹妖怪がいて、この立てこもり事件はそいつが計画を立てた。妖怪が人質をとって物を要求する。しかもその物が、どうやら封印されていて妖怪たちにはさわれない。その触れない物を人間に開封させて届けさせようっていうんだ。なかなか頭がいい。で、きっとあのヒトガタってのも、そいつが作ったんだな。だってそうだろ? 黒田にやられて一匹減ったのに、補充しようとしない。おそらくショウもアミキリも、そして獅子丸も、ヒトガタは作れない。ヒトガタを作れるのは、そのもう一匹だけなんだ」

「なるほど」ユリアは士郎のことを尊敬したような眼差しで見つめた。「赤穂くんって、頭良いね。そうだよ、きっとそうだ。もう一匹妖怪がいて、そいつが全部計画を立てている……、うん、それはあり得るよ。でも、そのもう一匹は、どこにいると思う?」

「頭のいいやつだからな、どこかに隠れて計画の進行を見守ってるんじゃないかな? ここじゃなくて、どこか安全な場所で様子をうかがっていると思うな」

「うんうん」ユリアは嬉しそうにうなずく。「じゃあ、どうする? なにか対策はある?」

「いや、今は特に、なにもしなくていいと思う。計画は順調に進んでいるし、順調である限りは、なにも問題はないと思う。だけど、そう上手くいくかな」

「そうだ。赤穂くんの仲間が助けに来るんだよね」

「いや、それがさ、なんかうまく連絡がつかなくて」士郎は頭を掻いた。「でも、当てにできるやつらだから必ず来ると思うんだけど」

「いつくらいに、助けに来てくれるのかなぁ?」

「うーん」士郎は首をひねった。「そんなに遅くはならないと思うけど……。おれや黒田が消耗しきらない時刻、深夜前かな。ああ、でも、このまま警察が犯人の要求をのんで『人魚のミイラ』とかいうレアアイテムを素直に渡して人質が無事に解放されるなら、案外それを待って、助けに来ないとかもアリかなぁ?」

 そこまで考えて士郎はふと大変なことに気づいた。

 そもそも『人魚のミイラ』ってなんだ? それ、簡単にあげちゃえるような代物なのか? 少なくとも妖怪が欲しがるようなレアアイテムなわけだ。もしそれが国宝級の美術品だったらどうする? ネーミング的に国宝ではないだろうが、でもさっき、あの獅子丸ってやつは箱が封印されていると言った。封印されている? 誰によって? 妖怪が触れない封印を現代人が果たしてできるのだろうか? もしそれが昔の僧侶や陰陽師によってなされた封印だとすれば、それはなぜだ。簡単に妖怪には渡せないような代物だからじゃないのか? 警察はそれを本当にショウに渡す気なのだろうか? テレビドラマなんかでは、誘拐事件のときですら、身代金を偽物の現金にして犯人をダマす展開が多い。今回も警察は本物の『人魚のミイラ』を持ってくるのだうか? いやそれ、ちょっとあやしくないか?

「まさかとは思うけど」士郎は声をさらにひそめてユリアに言った。「警察が偽物を渡す可能性も考えたほうがいい」

「え?」ユリアは心底驚いた顔で士郎の目を見つめた。「そんなこと、するの?」

「もし、『人魚のミイラ』が簡単に渡せるものなら、それはないと思う」心配させすぎたかな?と、士郎はちょっと後悔する。「でも、簡単に渡せないような物なら、偽物を渡してくる可能性がある。なにせ警察は、犯人がただの人間だと思っているから、それっぽい偽物でも十分にダマせると勘違いしてるかもしれない」

「そんな……」ユリアは眉根を寄せる。「偽物なんて渡したら、ショウのやつ、人質の一人や二人は簡単に殺しちゃうよ」

「いや、きっと大丈夫だよ」士郎は笑顔を作る。芝居だけど。「それは仲間が阻止してくれると思う。うちの組織は国家機密なんだ。警察にそんな真似はさせないよ」



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