scene4 これ、いったい、なんに使うんだ?
2
あづちとキナ子が部室にもどったとき、但馬守は開口一番こう言った。
「二人とも尾けられてないだろうな?」
嘘でもいいから、「二人とも怪我がなくて良かった」くらい言えないのか、いやまじで。
「さあどうでしょう」あづちはすっかり怯えてしまっている但馬守をからかうように、パソコンの画面を指さした。「ちゃんと妖怪サーチャーの画面見ていた方がいいですよ。なにせ相手は反応を消すことができるみたいですから。現場から追跡されていて、いきなりこの部室に出現されても、あたしたちじゃ、手も足も出ませんから」
但馬守は情けない顔で肩をすくめた。
「いじわる言うなよ。それより二人とも怪我がなくて良かった。で、さっき言っていた獅子丸とかいうやつ、稲妻を使ったんだな? とすると、妖怪三獣士の雷獣か。手ごわいな」
「妖怪三獣士って、そもそもなんなんですか?」キナ子がたずねる。
「妖怪三獣士は、人語を解す上級妖怪のさらに上、超上級妖怪の三匹だ。知能が高く、人間に変化するのも得意だという伝説の妖怪幹部どもさ」
「雷獣と、あとの二匹は?」あづちもその辺りは気になる。
「三獣士というくらいだから三匹いるんだろうが、雷獣とカマイタチ、あとの一匹は不明だ。ま、化け猫とか化け狸のたぐいだろうが」
「どっちも、もう出てますよね」キナ子が口を尖らせる。
「ねえ、それより、これはどうするのよ」あづちは机の上に置いた紫の風呂敷包みを指でつつく。
「おっと、そうだ。いまは妖怪三獣士より、『三種の魔器』だな。噂に聞く『人魚のミイラ』、拝ませてもらおうか」
但馬守が手を摺り合わせて風呂敷をほどく。
「だいじょうぶですか?」じっと観察していたあづちがたずねる。「獅子丸は手を火傷してましたけど。封印がされているとかなんとか」
「え」風呂敷をほどく手を止めて、但馬守はあづちを見る。
「あれきっと、妖怪に対する封印でしょう」キナ子が自信満々で断言する。「だって、その前に警官たちは何事もなく触ってましたから」
「たしかに」納得してうなずく、あづち。
但馬守はふたたび手を動かし始める。
風呂敷がとかれ、なかには利休紐で結ばれた桐の木箱。表書きは毛筆でなにやらのたくたした字で墨書されているが、読めない。わきに、六つ目の怪物をデザイン化したみたいな絵が、おなじく墨で丁寧に描かれており、おそらくこれが封印の正体だろう。
紐をほどき、蓋をとる。つつんであるウコンの布をひらき、薄紙で何重にも巻かれた中身を丁寧に露出させる。中から埃っぽい木の破片みたいなものが出て来た。
砂漠で十年寝かせたような、乾燥した木材みたいな質感で、形は一応、元生物、っぽい。
猫か狸みたいな頭は、耳と毛が残っていて、胴体は骨だけの手とあばら骨、内臓は消えてしまって無い。下半身は、鯉の胴体をつないだのだろうか? なんかちょっとサイズ感がちがって、ものすごい偽物臭はするが、まあ、人魚のミイラと言われると、そうだね、ということになる。言葉にすると「そうだね(偽物だけど)」ってな感じだ。
「なんじゃこりゃ」但馬守がつぶやく。
「え? でも『人魚のミイラ』で正解なんですよね?」
期待外れといった声を上げた但馬守に、キナ子が取り成すような問いを投げかける。
「そうなんだが……」但馬守は首をかしげる。「これ、いったい、なんに使うんだ?」
「いや、使う物じゃないでしょ」あづちがすかさず突っ込む。
「伝承によると、妖怪三獣士が集めた『三種の魔器』は、三つ揃うと恐ろしい力を得ることが出来るという魔法のアイテムのはずなんだ。が、これはどう見ても、怪しげな見世物小屋で展示されている冗談アイテムにしか見えん」
「あ、でも」キナ子が指をぱちんと鳴らす。「人魚のミイラだから、不老不死になるとかそういう力があるんじゃないですか?」
人魚の肉を食べた人間は不老長寿になるという伝承がある。八百歳まで生きたといわれる
「食べてみるか?」
いたって真面目に但馬守が言う。
「いや、それ違うと思いますけど」
極めて常識的な回答をあづちがする。
「とりあえず、しまっときましょうか」
キナ子の結論は、とても現実的だった。
再び薄紙とウコンの布で包まれ、桐箱に納める。紐をちょっと適当に結び、但馬守は腕組みするとため息をついた。
「どうする、これ?」
「でも、但馬守が奪ってこいって言ったんですよ」あづちは桐箱を指さす。
「そうなんだけどさ」但馬守は肩をすくめた。「それは、とにかくこれを妖怪三獣士の手に渡すわけにはいかないからだ。が、しかし、われわれが持っていても特に役には立たない。つまり、妖怪どもに渡さない、ということが肝要なわけだな」
「それはいいんですけど」あづちは少し深刻な顔になった。「じゃあどうしますか?」
「なにがだ?」
「人質!」
「おっとぅー」但馬守は額をぴしゃりと叩いた。忘れていたらしい。
そうなのである。銀行強盗の犯人グループが要求しているのは、現金ではない。『人魚のミイラ』だ。この『人魚のミイラ』を渡さないとなれば、どうやって人質を解放するのか。
但馬守はパソコン画面のまえにいって、ヴォイス・コンバーターの履歴をチェックしだした。
「中の様子が知りたいな」過去に交わされた警察無線の会話を紐解くが、おそらく指揮車が現場に到着したのだろう。本部との会話的なログが極端に減ってしまっている。命令や情報の交換が、警察無線ではなく対話によってなされ始めている証拠だ。「こうなると、お手上げだぞ」
「中の様子がわかったとして、こちらの戦略としてはどうします?」あづちは但馬守の後ろに立つ。
「やつらは、要求した『人魚のミイラ』が来ない限り、人質は解放しないだろう。となると、もう交渉の余地はない。やつらが怒って人質を殺しはじめるまえに、突入するしかないだろう」
「人質を殺しますか?」一応あづちは確認する。
「殺す。やつらは、警察を恐れて立て籠もっているわけじゃない。『人魚のミイラ』が欲しいだけなんだ。だから、警察が持参するのを待ちきれず、直接雷獣が奪いに行った。が、施された封印が強力なため、手を出さずに帰る。おそらくこの『人魚のミイラ』は、赤塚神社内の結界が張られた場所に保管されていたのだろう。妖怪の力ではそこから持ち出すことが出来ない。だから、銀行強盗の真似をして人質をとり、信用金庫を占拠した。人間の手によって、『人魚のミイラ』が結界の外に出されたなら、それを奪って終わらせる。そんなつもりだったのだろう。ところが、『人魚のミイラ』の箱にも、強い封印が施されている。が、焦ることはない。人間たちに信用金庫まで運ばせて、蓋を開けさせればいい。だから、素直に撤退した」
但馬守は腕組みする。
「だから、『人魚のミイラ』さえ渡せば、人質は無事に戻ってくる。が、渡さずにこのまま時間をかければ、やつらは人質を殺し始める。全員殺したら、また別の場所で、同じことをすればいい。やつらにとって、人の命は軽いし、人間はいくらでもいる。時間だってたっぷりあるんだ。『人魚のミイラ』が手に入るまで、殺し続けるだろう」
かたかたとハードディスクが鳴り、ログが動き始めた。
警察無線による会話が始まっている。
『人魚のミイラ』を紛失したこと。突然の落雷で捜査官が全員失神していたため、紛失した経緯は不明であること。そして犯人に対して、どう対処するか?という上層部へのお伺い。上層部からの指揮車への命令は、時間を引き延ばすことと、偽物の用意、だった。犯人の要求の真意は不明だが、似たような物を渡せばいいだろうということ。さらにSATの準備がととのったとの報告も入る。
「当たり前ですけど」キナ子がくしゃくしゃと頭をかいた。「普通の人間相手だと思って、対応してますね」
「そりゃそーだ」そう言った但馬守の声は鋭かった。「相手が妖怪ならば、おれたちの出番だ。桃山、水戸、人質を救出するぞ。剣豪戦隊! 出動だ!」
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