scene5 最悪のシナリオ



 赤穂士郎は、さすがに焦りだしていた。

 壁の時計を見上げると、時刻は七時を回っている。ちょっとだけ開いたシャッターから見える外の様子はすっかり夜で、おそらく警察が照らすサーチライトの光芒が強い光と影を作り出している。こっそり覗いたゲーム画面では、古武研のフェイスブックになんの書き込みもないことが確認できる。但馬守は何をしているんだ? キナ子はしょうがないとしても、せめてあづち姫は気づいてくれよ。そもそもおれと黒田がここで人質になっていることにすら気づいていない可能性が出て来た。となると、警察に救出してもらうしかないのか? しかし、相手は妖怪。これ、このあと、どういう展開になるんだ? もう未来に対する不安しかない。

「助けは来そう?」

 隣に座ったユリアがそっとたずねる。

 ここは安心させて嘘をつくべきか。あるいは本当のことを言って、対策を一緒に考えてもらうのがいいか。

「こっちの救難信号はとどいていない可能性がある」

 士郎は後者を選んだ。ユリアはしっかりしている。頼りになる。ここは正直に話して、力になってもらう方がいい。

「うん」彼女はちいさくうなずいて、視線をさまよわせた。「妖怪たちに焦れた様子はないから、すぐにあたしたちが危険ということはないと思うけど、このまま朝までこうしていることになると、警察もあたしたちも消耗するからね。おそらく警察が最初に動くことになると思うけど、でも……」

 ユリアは目の焦点をずらして考え込む。

 かわりに士郎が先に進めた。

「警察が突入しても、妖怪は倒せない。それは最悪のシナリオじゃないかな」

「そうだね。だれの得にもならない、最悪のシナリオだね。状況に関する情報が欲しいな」ユリアは眉をひそめる。「そうだ」

 ちいさくつぶやいて、立ち上がった。

「あの、ショウさん」両手をあげて声を出す。

 ヒトガタの銃口とショウの視線がいっせいにユリアに集中した。

 士郎はまたもぎょっとして、ヒトガタの銃口が火を吹かないかとやきもきするが、ユリアは落ち着いたものだった。

「なんだ、人質」カウンターに腰掛けて脚を組んでいたショウは、つまらなそうな声をあげる。「トイレか?」

「あ、そうですね。トイレもそろそろお願いします」ちょっとたどたどしく、それでも芯に力強さを含んだ口調で、ユリアはこたえた。「あの、それと、いま思いついたんですが、テレビをつけるのはどうでしょう。あたしたちの気もまぎれるし、外の情報も把握できます。テレビ局が勝手なことをしてくれれば、警察の動きもこちらにバレて、ショウさんたちにも有利になると思いますし」

 ショウはちょっと笑った。

「べつに警察なんて恐れてないぜ。どっからかかってこられても、屁でもない。が、テレビはつけるか。たしかに退屈だし、外の出方を見て、人質の使い方も考えられる。そろそろ次の要求も出してみたいしな。なにがいい? デザートでも注文するか。饅頭とか羊羹とか」

「あ、じゃあ、水分補給をお願いします」言われて思いついたようにユリアが提案する。「あと、もしこのまま朝までここにいるなら、毛布とかももらわないと」

「朝までなんてかからねえよ」ショウはすこし不機嫌に答える。「深夜までには、終わらせる。それまでに『人魚のミイラ』は必ずもらう。それは間違いない。とにかく、テレビをつけてみようか。赤塚神社から『人魚のミイラ』ひとつ持ってくるのに、時間が掛かりすぎる。テレビをつけ、そして警察に電話だ。おい、だれかテレビのつけ方分かる人はいるか?」

 行員の何人かが身じろぎし、おずおずといった感じで青木さんが立ち上がり、小さく手をあげた。

「じゃ、きみ、よろしく」

 ショウの指名で青木さんが動き出す。ショウは立ち上がると電話の方へ移動した。受話器を取り上げながら、「トイレにひとりずつ行け。緊急のやつが早い順番でな。その辺は人質諸君で話し合ってくれ。おれはこれから警察に飲み物のオーダーをする。ただし、毛布は無しだ」



「剣豪戦隊出動って、それ無理でしょ」但馬守の司令に最初に噛みついたのは、あづちだった。「現場は警察に包囲されているし、あたしたちは秘密活動が原則なんでしょ、理由は知らないけど」

「そうですね」キナ子もうなずく。「さっき車のナビでテレビを見ましたけど、中継車もヘリも出てるみたいですから。ブゲイジャーが国家機密なら、警察とかマスコミの上層部にかけあって、彼らにいったん引いてもらうっていうのはどうでしょう?」

 キナ子の言い分は、あづちには至極まっとうな意見に聞こえる。が、

「そういうわけにはいかない」

 但馬守は否定的だ。

「警察やマスコミを撤収させるに足る十分な理由がない。それに向こうには人質もいる。うーん、そうだな。たしかにどうするか。おれも考えが足りなかったな。百歩ゆずって警察マスコミの前に、ブゲイジャーが姿を見せるとしても、人質をとって立て籠もっている妖怪に対してどう戦うかの答えにはならない? これは難題だぞ」

「中の様子、すくなくとも敵の人数、配置が知りたいですね」あづちは唇を噛む。「赤穂くんたちと連絡をとる手段はないのかしら?」

「印籠フォンを奪われちゃってるんでしょうねえ」キナ子も腕組みする。「あの二人、予備の携帯電話とも持ってないはずですから」

「他になんか、中の様子を探る方法があればいいんだが」但馬守も天井を見上げて考える。「ドローンでも飛ばすか?」

 それはすこし無茶である。あづちは思ったが指摘しない。言った本人も承知しているみたいだし。



 士郎は手早くカツ丼を掻きこむと、こっそりゲーム機を取り出して、古武研のフェイスブックを覗きこむ。

 なんと書き込みがある。やっと気づいたのかよ。遅えよ。


 書き込みは、

『赤塚信用金庫が妖怪にジャックされた。アミキリとショウ。ヒトガタ四体。人質二十四人』 赤穂士郎


 のあとに、


『ニュースでやってますね。大事件です。でもあたしは、電車が遅れていて迷惑。アミキリとショウ、ヒトガタってなんですか?』 井出萌香


 ああー。士郎は頭を抱えた。生徒会長の井出ちゃんじゃねえかっ!

 古武研のフェイスブックなんかチェックしてるんじゃねえよっ! この暇人!

 そして、他のやつらは、どうした。本当に気づいているのか? 妖怪が人質をとって信用金庫を占拠しているということに!




                                つづく

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