scene2 なんか調子でないですねぇ
亜空間から転送されたブゲイスーツが、わずか3マイクロ秒で二人の身体を包み込み、ブゲイメットが頭部を覆う。両腕に籠手アーマー、両脚に脛当アーマーが装着され、強化角帯が腰に巻きつく。「面頬オン」して顔を隠し、「バイザーロック」で目をカバーしてチェンジ完了。ただし、「剣豪戦隊ブゲイジャー!」と名乗ったのはキナ子一人。
剣豪チェンジした二人は、肩を並べてゆっくりと神社の鳥居をくぐる。あづちがちらりと見やると、キナ子は腰に大太刀を装備していない。脇差だけだ。ツバチェンジャーは変身ツールであると同時に、各自のメインウェポンの一部でもある。当然剣豪チェンジすれば腰に持って行ってブゲイソードの転送位置に合わせなければならないが、電源ボタン長押しで剣豪チェンジすると、ツバチェンジャー自体を含んだメインウェポンを亜空間から転送せずにチェンジを完了することができる。今回は人間相手ということで、キナ子は大太刀をつかわずに作戦を遂行するつもりらしい。もっとも、かく言うあづちにしろ、ボタン長押ししてガラシャ・ガーランドは亜空間から出していない。予備の
「なんか調子でないですねぇ」キナ子が相変わらずぼやいている。
しかし、調子が出ないのはあづちも同じだ。だが、ここで変に躊躇していては、ことを仕損じる。いまは任務に集中。そのあとで、但馬守にはたっぷりと説明してもらうつもりだった。
女性警官二人は、神主だか宮司だかの男性と別れてパトカーへ向かって歩いている。後ろを歩くほうの女性警官が紫色の風呂敷包みを気持ち悪そうに抱えていて、どうやらあれが『人魚のミイラ』とかいう不気味なアイテムであるようだ。
「こっちに気づかれたら、ダッシュで突入するわよ」
「奪うのをやります。邪魔してきたら、警官の排除をお願いします」
キナ子がそう言ってから三歩ほど足を進めた時、天空から突き刺さる槍のように落ちてきた赤い落雷が、地面が揺れるような衝撃とともにパトカーのボンネットを叩いた。不可視の巨大なハンマーで叩かれたようにパトカーの車体がひしゃげてへこみ、打撃の反作用で白黒の車体が一メートル近く地上から跳ね上がった。
周囲が一瞬赤く染まったような強烈な落雷に、あづちとキナ子は思わず首をすくめた。カメラのフラッシュを浴びたみたいに、視界が白く焼けている。
「なに?」あづちはかすれた声をあげる。
青白い煙をあげているパトカーの運転席に警官の姿は見えない。シートの上に倒れているのかもしれない。至近距離に落雷を受けた二人の女性警官は地面に倒れて長々と身体を横たえている。死んでいるのか、はたまた失神しているだけか、ここからでは分からなかった。
「なんなの、いまのは?」周囲を見回しながら、あづちはゆっくりとパトカーに近づく。空を見上げ、次の落雷が来ないか不安そうに視線を走らせるが、上空には雲ひとつない青空が広がるのみ。雷雲はもとより、ちぎれ雲ひとつ見当たらない。
「ガラシャ!」隣でキナ子が鋭く声を放つ。「あいつ!」
「え?」
あづちが目を向けると、神社の奥から男が一人、こちらにゆっくりと歩いてくる。
背は高くない。金髪に染めた短髪、白いスリーピースの下に真っ赤なワイシャツをなんかだらしなく着込み、細く吊り上った目は酷薄そうで、歪めた唇は残酷さを感じさせる。全体的に昭和の売れないホストみたいな見た目だった。
ピピピピピーっと警告音が鳴り、妖怪サーチャーが反応しだした。
妖怪? あいつが? どう見ても人間だけど。
あづちが躊躇している間に、キナ子が駆けだした。
白いスリーピースの男に向かって突撃していく。
「ちょ、と、キナ子……」
男はゆっくりした足取りで、落雷を間近に受けて失神している二人の女性警官のそばに転がる紫色の風呂敷包みへ、無造作に手を伸ばそうとしているところだった。
まずい。あづちも慌てて駆けだした。あいつも『人魚のミイラ』を狙っているんだ。
「ガラシャ・ガーランド!」鋭く叫んで音声スイッチを入れる。亜空間から長銃ガラシャ・ガーランドが飛び出してくる。「ジンスケ、伏せて! マシンガン・モード!」
グリップを掴むや否や、銃床を肩にあてて膝撃ちの姿勢にとり、そのままトリガーを引いた。青い光弾が空を走り、飛び込むように地面に伏せるイエロージンスケの頭上を越えて、白いスーツの男に次々と突き刺さる。もしあいつが人間だったら大変なことになるな、とあづちは一瞬心配したが、すぐにそれが杞憂だと思い知る。
白いスリーピースの男は、無造作に突き出した掌で、ガラシャ・ガーランドの銃弾をことごとく受け止めていた。
「なんだ、おめえら」片膝をついた低い姿勢で、片手のひらを突き出したまま、男はこちらを睨みつけてくる。その瞳が金色に光り、瞳孔が猫目のように縦に細く裂ける。
綺麗に受け身をとって何事もなかったかのように立ち上がったイエロージンスケが、なにやら複雑な名乗りポーズを決めて叫ぶ。
「剣豪戦隊ブゲイジャー! イエロージンスケ!」
あれはたしか先週あたりに部室で一生懸命キナ子が練習していた名乗りポーズのうちのひとつで、おそらくは『中華戦隊チャイナジャー』のレッドの名乗りだ。キナ子に言わせると、チャイナレッドの名乗りポーズは中国拳法に見えて、じつは槍の型らしい。正確には、中国拳法は武器術からきた身体運用を多用していて、ちょうど日本の剣術と柔術が身体の使い方がまったく同じなのと似ているらしい。ま、なんにしろこの状況でテレビのヒーローのポーズを真似している余裕があるキナ子の胆の据わりっぷりがうらやましい。なにせ目の前の敵はいま、ガラシャ・ガーランドのマシンガン・モードを掌で受け止めてみせたのだ。マシンガン・モードを掌で受けられるということは、最低でもマグナム・モードで攻撃しないとかすり傷ひとつつけられないということだ。
「同じく」あづちは名乗りと見せて、とぼけてマガジンをマグナム弾の弾倉に切り替える。「ピンクガラシャ!」
「へえ、おまえらが近頃うわさの剣豪戦隊か」男は嬉しそうに笑った。心底嬉しそうな笑顔だったが、冷たく光る目は笑っていない。にいっと歪めた唇の間から、びっしり並んだナイフのような歯がのぞく。やはり人間ではない。
男が立ち上がった。
ジンスケが素早く動いて、男の背後にまわりこむ。
男は楽しむように左右をうかがい、ジンスケとガラシャの位置を確認する。
「おれの名は、獅子丸。獅子丸ちゃんと呼んでくれて構わない」軽口を叩きつつも、目配りに油断はない。「剣豪戦隊のジンスケさんよぉ、その位置関係だと味方の銃の火線上に立ってないかい?」
「え?」とキナ子が反応する。まぬけな話だが、たしかにいまイエロージンスケはガラシャと獅子丸の延長線上に立っている。もしここであづちが引き金を引けば、流れ弾をくらう確率が高い。それを指摘されて、「え?」と反応したキナ子に注意を奪われた一瞬のうちに、獅子丸はあづちの目の前に来ていた。あっと思った時には、反射的にトリガーを引いてしまっていた。がん!と突き上げるようなリコイルで銃が跳ね、赤い光弾がひゅっと開けた空間を走る。
獅子丸はすでに身をかわして銃口の前から姿を消している。外れたマグナム弾は数メートル先に立つイエロージンスケの頭を掠めて空へ飛んでゆく。流れ弾がジンスケに当たらなかったことにほっとしたあづちは、すぐに自分が獅子丸によって「撃たされた」ことに気づき、やられたという思いとともに前方へすぐに身を躱すが、側面から襲い掛かる獅子丸の貫き手を完全に外すことはできなかった。接触と同時に、火薬の爆ぜるような衝撃がブゲイスーツの上から脇腹にとどき、息を詰まらせながらあづちは横に吹っ飛んだ。
地面に転がりつつも、すぐに反撃しなければと銃を向けようともがいたが、腕が思うように動かない。息も詰まったままで、身体に力が入らない。目の前には赤い文字で「ダメージド」と「エマージェンシー」と「システムエラー」が点滅している。獅子丸は容赦のないサッカーボールキックで、ガラシャ・ガーランドを蹴り飛ばすと、すぐに後方へ跳躍した。さっきまで獅子丸がいた位置を、銀色の刀身がきらりと陽光を反射させて横に薙ぐ。
イエロージンスケの大太刀だった。
刃渡り三尺三寸、柄一尺一寸、全長にして百四十センチの長刀を抜き打ちに横に薙いだジンスケは、前に伸ばした拳を額に引きつけ、眉の高さで横一文字にとると、一重身にとりながら長刀の刃を上段に構えた。
「居合剣法か」獅子丸が嬉しそうに頬を緩める。「が、黄色君は、まだまだ兵法家として未熟だな」
人差し指を伸ばして天を指す。
一瞬イエロージンスケが身を固めた瞬間を見逃さず、獅子丸はその指をさっと下ろした。
どぉぉおん!という、天空に革が張られた大太鼓が打ち鳴らされたような轟音が落ちてきて、ジンスケの大太刀に上空から青白い落雷が突き刺さった。周囲がカメラのフラッシュを焚いたように白く光って視界が奪われる。自動車一台を吹っ飛ばすような雷撃を受けて、ジンスケの身体が一瞬のけぞり、全身から白い煙を立てながら、硬直したままゆっくりと後ろに倒れる。
「キナ子……」叫んだつもりが、あづちの声は喘ぎにしかならない。とにかく銃を取らねばと、地面を這ってガラシャ・ガーランドに手を伸ばすが、全然届かない。あと三十センチ。こんなに遠い三十センチは、生まれて初めてだ。「あの、妖怪……野郎、が……」
動かない身体と作動不良を起こしているブゲイスーツを叱咤するようにして匍匐前進を始めるあづちの目の前で、速足で歩いてきた獅子丸がガラシャ・ガーランドの銃身に足をかけ、あづちからさらに二メートルは遠い場所へ蹴り飛ばす。
「くそっ」
歯の間から毒づく。が、獅子丸はそんなあづちを無視して、つかつかと靴を鳴らして歩み去ると、落ちている紫色の風呂敷包みに手を伸ばした。
シルバーの指輪が嵌った手で器用に包みをほどき、中の木箱に手を伸ばす。
「あつっ」
が、中の桐箱に伸ばした指を、火に触れでもしたかのように引っ込めた。指を抑えて、憎々しげに桐箱を睨む。唇を噛みながら、つぶやいた。
「封印されていやがる」
悔しげに箱を睨んでいたが、やがて諦めたように立ち上がり、周囲を見回すと小さく肩をすくめて歩き出した。
そのまま、後ろも振り返らずに駐車場を抜け、神社の境内がある方向へ消えて行った。
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