エピソード6「人魚のミイラ」

scene1 赤塚神社


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「妖怪三獣士?」あづちは聞きなれない言葉に眉をしかめた。

「桃山っ! 水戸っ!」但馬守の言葉は、撃ち放つ弾丸のように鋭かった。「すぐに出撃して、『人魚のミイラ』を奪取してこい。最優先事項だ。警察の手に渡る前に、この赤塚神社とかいう場所に突入して、接収せよ。抵抗する勢力は速やかに排除。武力の行使もやむなしだ。急げ!」

 振り返った但馬守の目は血走っていた。瞳孔が開き、目に殺意がこもっている。あづちは思わずたじろいだが、負けずに言い返す。

「ちょっと、まって。意味が分からないわ。『人魚のミイラ』って、それ、一体なに? なんであたしたちブゲイジャーがそんなものを奪い取る必要があるの? そんな命令承服しかねるわ!」

「急げ。『人魚のミイラ』を妖怪どもの手に渡すわけには、絶対にいかない。なんとしても奪い取って来い。なんとしても、だ!」

「理由を説明してください」あづちは少しだけ落ち着きをとりもどしてきた。「なぜ、あたしたちブゲイジャーが、そんなものを奪いにいく必要があるのかを」

「説明は、いまはできない」但馬守は唇を噛んだ。額に冷や汗をかき、頬の筋肉が微かに震えている。とてもまともな状態には見えない。「が、いまは人類の危急存亡のときだ。なんとかしてくれ。おまえたちに頼る以外にないんだ。おれのことを信じて、ここは命令にしたがってくれないか」

 あづちは、たっぷり二十秒間、但馬守の目を見詰めた。そして、結論を出す。

「いいわ。いきます。でも、田島先生、わたし、あなたのことを信用したから行くんじゃありません。あなたの真剣な目を信じることにしただけですから」

 あづちは、不安げにこちらを見てくるキナ子に、小さくうなずいて出撃を促すと、くるりと踵を返して走り出した。部室を飛び出し、廊下を駆けながら、印籠フォンではない自分のスマートフォンを取り出して、通話ボタンを押す。

「牧島、いまどこにいる? 緊急出撃するから、すぐに車を裏門の方へ回してちょうだい。大至急よ、いいわね。……ええ、もちろんそう、妖怪退治よ」



 赤塚神社の裏手に桃山家所有の黒いベントレー・フライングスパーが到着したとき、社務所わきの駐車スペースにはすでに一台のパトロールカーが止まっていた。運転席には制服警官が一人じっと待機しており、後部座席にのってきたはずの二人の私服警官の姿はなかった。ここへ到着するまでの道すがら、但馬守より警察無線からピックアップされた情報がつぎつぎと流れ込んできていたが、それによると『人魚のミイラ』は警察からの依頼により、赤塚神社の方で貸与することで話がついたらしく、受け取りには二人の女性警察官が向かったらしい。ただし、細かい連絡はどうやら携帯電話によってやり取りされているようで、正確な動向はまったくつかめず、赤塚神社の裏手に到着してみて、やっといまリアルタイムで『人魚のミイラ』の受け渡しが進行していることが見て取れた次第だ。

 あづちは牧島氏に、この先の角を曲がったところで待つよう伝えて、キナ子と二人、黒のベントレーの後部座席から降り立った。ちなみにいつも乗っていた白のベントレーは、先日あづちが後部ドアを吹き飛ばしてしまったので、あえなく廃車となっている。これは二台目のベントレー・フライングスパーであり、しかもW12Sにランクアップしていた。

 あづちは、赤塚神社へ入ろうとするキナ子を手で制して、生垣の陰から中の様子をうかがう。まさか制服姿で警官を襲うわけにもいかないから、剣豪チェンジしてからということになるが、まだ二人の女性警官がもどってきていないうちからブゲイジャーになってここに立っているわけにもいかない。あづちは、中の様子をゆっくりと観察し、監視カメラの類を確認した。そのあとで自分たちの周囲にカメラがないかも確かめ、ゆっくりと周囲の街並みを見回す。

 現在目撃者なし。中に人の気配のある家屋の窓もなし。路上のカメラはもちろん、停車中の車のドライブレコーダーにも気をつけて周囲を監視する。

「あーあー、変身して普通の人間と戦うなんて、それってちょっとどうなんでしょうね?」キナ子がけっこう大きな声で愚痴をたれる。ちょっと誰かに聞かれたらどうするのよ!とばかりに、キッと睨んでやるが、彼女はどこ吹く風。というか、いっそだれかに見つかって、作戦が中止になることを期待しているのかも知れない。

「変身して人間をやっつけたってエピソードは、円陣戦隊ゴーインジャーにあったけど、あれだって、相手は銀行強盗ですからね。警察官相手ってのは、さすがに無いわぁ」

「ちょっと。静かにしなさいよ」あづちは社務所の方を指さす。「来たわよ」

 二人の黒いスーツ姿の女性が社務所の玄関から現れ、見送って出て来た神主だか宮司だかのおじさんに、しきりに頭を下げている。傷つけないようにしますとか、絶対に返しますとか約束しているのだろうが、残念ながらその紫の風呂敷で大切そうに包まれた神社の秘宝は、これから剣豪戦隊ブゲイジャーがもらいうけることになる。ごめんなさいね。

「いくわよ」あづちはキナ子を促すと、ツバチェンジャーを取り出した。

 ざっと前にかざすと、電源ボタンを押そうとして、隣のキナ子を振り返る。

「ちょっとキナ子ちゃんさぁ、いつも思うんだけど」

「へ?」変身体勢に入っていたキナ子は、きょとんと顔をあげる。

「それ、脚、開き過ぎじゃない? 煽りで撮られたらパンツ見えちゃうわよ」

 キナ子は剣豪チェンジのときに、脚を肩幅の倍くらい開く。ツバチェンジャーもただ前に突き出せばいいものを、なぜか一度真後ろに引っ張ってから、身体を半回転させて前に突き出す。そんな余計なアクションは要らないでしょう、とあづちはいつも思っているのだ。

「いえ、これは、豪快戦隊カイゾクジャーのレッドの変身ボーズに対するあたしなりのリスペクトなんですよ。カイゾクレッドは、変身のとき脚をあまりにも開き過ぎるから、メンバー一の長身なのに、メンバー一背が低いカイゾクピンクよりも頭の位置が低くなっちゃうんですよ」

 と、大真面目に力説してくる。

 いや、おめーがブゲイジャーのなかでは一番小さいだろっ、という突っ込みは飲みこんでおく。

「ま、いいわ。いくわよ」気を取り直して、あづちはツバチェンジーを突き出す。

「剣豪チェンジ!」

 笑っちゃうくらいに二人の声がぴったり揃った。

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