scene9 素振り三千本なら三時間
木刀をおおきく上段に取り上げて、中段まで振り下ろす。急がずゆっくり、力まず柔らかく、大きくゆったりと振る。四人のブゲイジャーとともに、師範である典善先生も木刀を振る。順番にひとりずつ掛け声をかけて、一から十まで数えて一周。それを二回り一セットで百回。百回振って、ひと休みし、再び百回。そこでまた一休みしてもう百回。合計三百回振ったところで、休憩にした。
さすがに普段から運動しているあづちは息があまり乱れていない。ゲームでしか刀なんか振らない士郎は汗だくで、息も荒い。キナ子はまったく平気な顔で、それこそ心拍数すらあがってない様子だった。木刀を三百回も素振りして顔色ひとつ変えないなんて、いったいどうゆう鍛え方をしてるんだろうと士郎は思うが、ぜえぜえいう呼吸を整えることができなくて質問する余裕すらない。そして士郎と同様、黒田もハアハアと息を乱していた。
「おい、黒田」なんとか息を整えながら、士郎はさすがに黒田には文句を言う。「おめー、普段から、素振り、してたじゃないか。……なんで、息が、あがって、るんだ」
「いつもの、素振りとは……、ちがう、からだ」黒田も士郎同様とぎれどきれに答える。「第一、三百も、振ったこと、はない」
「自慢げにいうなよ」士郎はあきれる。「じゃあいつもはあの素振り、何回くらいつづけてたんだ? 百回か? 五十回か? そもそも素振りって、普通何回くらいやればいいもんなんだ?」
「何回やればいいんだろうねぇ?」キナ子がちょっとおかしそうに口をはさんできた。「あたしも昔は素振りを結構やったけど、いまくらいのゆっくりしたペースだと、だいたい一時間で千本、二時間で二千本くらいだよ。三時間やって三千本振ってもいいけど、そんなに暇な時間は取れないしね」
「三千本!」悲鳴のような声をあげたのは黒田だった。「そんな回数振れば、却って雑になるんじゃないのか?」
「黒田くんは力み過ぎだよ」キナ子は微笑する。「刀はもっと力を抜いて楽に振るの。大事なのは力じゃなくて、形だから」
黒田はご自慢の素振りのことを否定されて、ぷっと頬を膨らませた。お前は幼稚園児か、と士郎は心の中で突っ込むが、言葉にはしない。
「黒田くんはさすがに普段から素振りをしていたようで、身体ができているね」典善先生が静かな口調で語りかけてきた。「体幹がしっかりしているよ。筋肉がしっかりしているから、ここからは脱力して楽に振ってしまって構わないと思う。力まなくても、君が自身で鍛えた筋肉はきみのことを裏切らない。今日から全身の力を抜いた素振りを心がけたまえ」
「でも先生、力を抜くと、剣の打撃力が弱まります」さすがに素振り慣れしている。すでに回復した黒田は、大真面目な顔で先生に反論した。
「さあて、それはどうかな?」意味ありげに典善先生はにっこり笑ってみせた。
ふと士郎が気づくと、遠くで剣道部の連中がこちらをじっと見ていたが、先生が、「じゃあ、もう一度三百回素振りしましょうか」と促し、五人で素振りを始めると、興味を失ったように顔を背けた。そして小さい声で「あんな素振り、実戦では役に立たないぜ」と囁き合っているのが聞こえてきたが、先生は意に介さず素振りを続けた。しかし、士郎は、「この素振りは実戦では役に立たないのか?」と、素振りを続けながらも強い疑問を持った。
古武術の素振りは実戦では役に立たないのか? それはどうして? すごく気になったが、とりあえず今は、教えてもらった通りにするしかない。剣道でじっさいに打ち合いを練習している剣道部の奴らがいうことは間違いないだろうが、士郎は現実に古武術を学んだキナ子の太刀遣いを見ている。
古武術は役に立つのか? 立たないのか? 士郎は強い疑問を感じつつも、木刀を振り続けた。
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