scene4 四露死苦!
あづちは、ぎゅっと唇を噛みしめると、両の拳を指が白くなるほどに握ってうつむいた。
士郎はそんなあづちの姿を見て、少なからず驚く。あの気の強いあづち姫が、ひと言も言い返さないのか。いや、それより、本当にこのまま母に命じられてブゲイジャーを抜けてしまうのか?
士郎は息を殺して、うつむくあづちを見守る。彼の両隣でキナ子と黒田もあづちの言葉を待った。
がちゃり、と部室のドアが再び開いた。一同が振り向く。一番ドアに近かった桃山伏見がちらりと振り返り、入ってきた女性に道をあけて一礼する。ドアを開いてするりと入ってきたのは、三十歳くらいの女性。おばさんというにはちょいと若いし、お姉さんという年齢でもない。しっかりした大人の女性といった感じだった。で、なぜかその女性、白い刺し子の道着に、藍染めの袴を穿いていた。ぱっと見、合気道の女性師範という感じ。薄化粧で、長い髪を後ろで束ねている。すっと伸ばした背筋といい、芯の強い立ち姿といい、凛々しい印象だ。
「おかあさん!」今度はキナ子が叫んだ。「な、なんで、ここにいるのっ!」
「おっす、みなさん。初めまして。キナ子の母の杏です。四露死苦!」
杏と名乗ったキナ子の母は、三十年前のアイドルみたいに、快活に敬礼してみせた。
「えっえーっ!」士郎たち古武道研究会のメンバーが驚く中、桃山伏見だけは冷静に挨拶を返す。
「はじめまして。桃山あづちの母の、伏見でございます。娘がいつもお世話になっています」
「いえ、とんでもない。こちらこそ、うちのキナ子がみなさんにご迷惑かけてなければよろしいのですが」
水戸杏が武人らしい一礼を返す。
「わたくしの方の要件は済みましたので、これで失礼させていただきます」あづちママこと伏見は、杏に、ついで士郎たちにも会釈して部室を出ようとし、そこで一度、娘の方を振り返って鋭い視線を注ぐ。
士郎はその視線をたどり、伏見が娘・あづちを見つめているわけではないことに気づく。
伏見はテーブルの上を注視していた。
士郎はそっと振り返る。
テーブルの上には、さっきあづちが拾ってきた三毛の子猫のミーコが行儀よくお座りし、なにかに夢中になっている。じっとテーブルの上を見つめて、前足をリズミカルに振っていた。飛んでいる虫でも追っているのか、あるいはあれは猫のダンスなのか。
士郎は不思議に思って伏見に視線をもどすが、あづちママはにっこりと笑顔を見せると、もういちど頭を下げて部室を出て行った。
うつむいて立ち尽くすあづち姫は、ぴくりとも動かなかった。
「お母さん、いったいどうして……」口を開いた娘を手で制して、母・杏はキナ子に詰め寄った。
「あんた、それで、初発刀は会得できたの?」
キナ子は虚をつかれたように口を「あ」の形に開けると、動きを止める。
「あたしが来たのは、それを含めて、このあたしの力をここのみんなが必要としていると考えたからよ」
にっこりと笑ってキナ子ママこと水戸杏は周囲を見回した。
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