scene3 まじで脱退?
そして話は、四日ほど進む。
ブゲイジャーたちがランボルギーニの姿を借りた火車を逃した翌日。昨夜の雨はどこへやら、すっかり晴れたその日の放課後。四人は部室に集まって、それぞれ勝手なことをしていた。
黒田武史はあいかわらず愛用の木刀を持って、素振りは禁止されたので、本日は構えの研究。窓ガラスに映る自分の姿を見ながら、カッコいい八双の構えを模索している。
士郎はいつものごとくゲーム雑誌のページを何となくめくっているが、それほど集中しているわけでもない。
キナ子は、ならべた机の上で子猫と遊んでいる。白い毛に茶のまじったいたずら盛りの子猫は、あづちが部室に来る途中、渡り廊下脇の花壇で「みーみー」鳴いていたのを見つけ、あまりの可愛さに部室まで抱いてきてしまったものだ。
「猫なんか飼えないぞ」と冷たく言う士郎を無視して、キナ子は猫にミーコという名前をつけ、頭をなでたり顎をなでたりしていたのだが、ミーコの方はいいかげんうんざりしてきたようで、キナ子の手を逃れて、机の上で作業しているあづちのそばでちょこんと座りこんでしまった。
あづちはならべた机の上で、現在はガラシャ・ガーランドの銃弾をマガジンに詰めたり、クリップでまとめたりする作業に没頭していた。ガラシャ・ガーランドで使用する銃弾はモードによって何種類かあり、通常弾は七発ごとにクリップでまとめ、やや小さめのマシンガン弾はバナナマガジンに三十発装填、大型のマグナム弾は専用マガジンに五発つめこむ。毎回戦闘後にこの弾込め作業があるため、あづち一人は他の三人に比べてちょっとだけ忙しい。
だから、部室のドアが力強くノックされたときも、反応したのはキナ子と士郎だけ。二人は「ん?」という表情で目を合わせると、士郎がとりあえず「どうぞ」と答えた。
勢いよくドアが開き、後ろにダークスーツの男性を従えた女性が入ってきた。歳のころなら三十代後半から四十代といったところ。ベージュのスーツをきっちりと着込み、あでやかにセットした髪をアップに束ねている。襟につけた真珠のアクセサリーは上品で、指にはゴールドの指輪。美人だがケバさはなく、上品。が、引き結んだ赤い唇と、吊り上った目は、厳格な印象を与える。
「古武道研究会の部室はこちらかしら?」女大統領といった口調で女性がたずねた。
とたんに、ぱっと顔をこちらに向けた桃山あづちが、素っ頓狂な声をあげた。
「お母さん!」
「ええっ!」
残りの三人が声を揃えて驚く。
「古武道研究会のみなさん、はじめまして」あづちの母親はゆっくりと一礼する。「桃山あづちの母で、桃山伏見と申します。いつも娘がお世話になっております」
「いえ、とんでもない」士郎が思わず立ち上がり、つられたようにキナ子と黒田が横に並ぶ。「こちらこそ、お世話になっております」
三人は一列横隊で、しゃっちょこばって頭をさげる。
「お、お母様……、こんなところに何しにいらしたんですか」すぐに冷静さを取り戻して立ち上がったあづちが、非難するような口調で母に詰め寄る。
「牧島からすべて聞いたわよ」
「え?」
母にぴしりと言われて娘はだまる。あづちは一瞬、あいつ喋りやがったなという顔で唇を噛んだが、すぐに表情を消してたずねる。声のトーンが異様に低い。
「なにを聞いたのよ?」
「すべて、よ。ブゲイジャーのことも妖怪退治のことも」
あづちが息をのみ、士郎たち三人はゆらゆらと身じろぎする、一列横隊で。
「あいつ……」あづちは悔しげに噛んだ唇のあいだからつぶやく。
「あづち、牧島を責めるのはお門違いよ」母・伏見は半眼で娘を見下ろしながら言う。「牧島の雇い主はわたしですし、彼には責任上あなたに関した情報をわたしに報告する義務があります。それに、いくらなんでもうちの車の後部ドアを吹き飛ばしておいて、あんたとぼけ通せるつもりでいた訳じゃないでしょうね」
まあ、たしかにそりゃそうだな、と現場を見ていた士郎はこっそり納得する。
「国家機密だかなんだか知らないけれど、剣豪戦隊ブゲイジャーの活動は、いささか高校生の部活動の範疇を逸脱しているわね」桃山伏見は宣言するかのごとく、声高らかに命じる。「すぐに剣豪戦隊を脱退しなさい。妖怪退治なんて危険な任務、うちでは許可できません。だれか別の人に代わってもらいなさい。あなたは将来お父さんの会社を継がねばならない大事な身でしょう。優秀な婿をとって、祖父の代からつづいた企業を背負っていく立場にあるのよ。万が一、取り返しのつかないような大きな怪我でもしたらどうするの? 即刻、ブゲイジャーを脱退すること。いいわね」
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