scene16 みなさん、お待たせしました

「……おまえたち、何者だ……」絡みつくような舌使いで、姑獲鳥がささやくように声を出した。「……なぜ、わたしの、子どもたちを奪おうとする……」

「へっ、妖怪も口をきく種類が結構いるんだな」レッドムサシは笑いを含んだ声をあげる。「ひとつ言っておくが、あの子たちはおまえの子供じゃねえぜ。そしておれたちは、おまえみたいな妖怪どもを退治する戦隊。剣豪戦隊ブゲイジャーだ。おれは、レッドムサシ!」

 刀を片手上段に構えて、大きく脚を踏み開き、左拳を突き出して大きく決めポーズを取った。

 やってくれるかな?とちょっと期待して待ってみると、隣で黒田が左肩を大きく突き出して叫ぶ。

「同じく、ブラックジュウベエ!」

 絶叫に近かった。

 反対側であづち姫が、仕方ないなという感じで舌打ちして、それでもクラシックバレエのプリマドンナの挨拶みたいなボースを綺麗に決めて、凛と声を張る。

「ピンクガラシャ!」と名乗った後で小さく、「このこと、他の人に言ったら承知しないわよ」と付け加える。

「あたしは、産女うぶめ、妖怪・姑獲鳥うぶめさ」

 軋るように叫んだつぎの瞬間には、姑獲鳥はレッドムサシの顔の前にいた。

「え?」と思った時には、下からばっさり斬り上げられていた。後ろに吹っ飛ばされたムサシは、ブゲイスーツの胸がばっくり裂けて内部メカが火花を散らすのを呆然と見下ろしながらそのまま地面に倒れた。バイザーの内側で赤いメッセージが激しく点滅し、警告音が鳴っている。「エマージェンシー」とか「エラー」とか「デンジャー」とかの文字がなんとなく読める。やばい、立ち上がらなくちゃと手足を動かすが、身体はまるで胸の上に十トンの重りでも乗せられたみたいにぴくりとも動かない。痙攣したように首を動かし、赤い文字がちかちかと点滅するバイザーごしに姑獲鳥の姿をさがす。

 黒髪で半裸の女の妖怪・姑獲鳥は、そのときちょうど、左右に立ったブラックジュウベエとピンクガラシャを、居合の達人が巻き藁を斬るみたいに、ばっさばっさと切り捨てて背を向けるところだった。

 ブゲイスーツの胸から火花と青い煙を吹きながら、どっさりと倒れるジュウベエとガラシャを見向きもせず、姑獲鳥はゆっくりと停車している幼稚園バスの方へ歩いてゆく。

 おい、ちょっとまてよ、妖怪。レッドムサシは姑獲鳥に向かって震える手を伸ばした。その子たちはおまえの子供じゃないぜ。勝手にあの世に連れて行こうなんてしちゃだめだ。本当のお母さんお父さんのところへ、返してやれよ。

 立ち上がれ。立ち上がって、あいつを止めなきゃ。そう思うのだが身体は言うことを聞かない。頼りのブゲイスーツも、警告を発するばかりで全然おれの力になってくれない。

「みなさん、お待たせしましたぁー」脳天気な声が響いた。「もう、あたしったら、最低ですよ。変身アイテムなくしちゃうなんて。まるで転送戦隊ゴセイダーのレッドみたいで、こんなやつに地球の平和が守れるのかって、感じですよね。でも安心してください。左のポケットに入ってました。ありがちですよね、反対側のポケットとか」

 大声でまくしたてながら、ママチャリがレッドムサシの足元を走り抜けてゆく。

「みなさん、だいじょぶですか?」ママチャリから飛び降りた水戸キナ子は、制服のスカートの裾をゆらして足を肩幅に開いた。「あたしが来たからには、もう妖怪の好きにはさせませんよ」

 ばっと突き出した両腕の先には、ちっちゃいツバチェンジャーが握られている。

「剣豪ぅ! チェェンジィッ!」

 女子にあるまじき気合で叫んだキナ子の身体の周囲を、大気を焼いて黄色く染まった稲光が走った。

 鮮やかなレモンイエローのブゲイスーツが彼女の小さい身体を包み込み、クマさんをデザインした面頬が顔を覆う。金色の籠手と脛当、胸を紐で編んだベストにホットパンツ。腰にはサイドとバックだけを覆うミニスカート重ね履き。ちょっと大きく見えるメットにはクマさんの耳がついている。

「黄色い閃光!」一度かがみ込んで、のち大きく伸びあがって腕を振り回す。本人ノリノリの決めポーズを取ってから、大喜びで叫んだ。

「イエロージンスケ!」

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