scene17 せっかく考えてたのに

 小柄な黄色い戦士の向こうで、姑獲鳥がゆっくりと振り返る。うつむき加減の暗い顔からは、殺気らしい殺気は伝わってこない。だが、やつは人間が想像もつかない速度で動く。

 まずい、キナ子。逃げろ、そいつは普通じゃないんだ。レッドムサシは声を上げようとするが、舌も顎も自由にならない。が、そんなことも言っていられない。このままじゃあ大変なことになる。

「に、……逃げ……」

「……おまえも、わたしの……邪魔……をする……」

「はい。ブゲイジャーですから」キナ子は小さい鍔を腰にもってゆく。亜空間から彼女のブゲイソードが転送されてきた。左腰、強化角帯の上下から、柄と鞘がそれぞれ前後へにょきにょきと伸び始めた。柄が長かった。ムサシの大刀よりずっと長い。拳ふたつ分は優に長いのではないか。そして鞘はさらに長かった。ぐいぐい伸びる鞘は、長刀だ。佐々木小次郎が背中に差したといわれる物干し竿。まさにそれだった。三尺刀。正確には三尺三寸。刃渡り一メートルの長刀だ。レッドムサシは息をのむ。あのちびのキナ子にあんな長い刀を鞘から出すことが出来るのか? どうみても腕の長さが足りない。それどころか……。

 キナ子は身体を少し前に傾けた。そして強化角帯に差した長刀の鞘、鍔の近くを掴んで鞘ごとずいっと突き出す。

 バカっ。ムサシは心の中で叱咤する。鞘ごと刀を前に出したら、なおさら抜きにくいじゃねえか!

 キナ子の前方でゆらりと立っていた姑獲鳥が、腰巻に差した細身の刀に手を掛けた。

 ムサシは叫ぶ。動かない顎と舌を鞭打って、声帯が裂けるほどに絶叫した。

「逃げろっ、キナ子!」

 姑獲鳥の身体が揺らめいた。ムサシの目には間を詰めた姑獲鳥の動きはまったく見えなかった。アッと思ったときには、キナ子と入れ違い、腰の刀を抜き放って水平に突き出していた。

 ムサシは息をのむ。

 次の瞬間、びゅうっと音を立てて赤い血煙が噴きあがった。姑獲鳥の首が椿の花のようにぽとりと地面に落ちる。

「え」

 イエロージンスケの方に目をやると、彼女も抜き放った長刀を水平に突き出していた。

 抜けたのか? ムサシは目を丸くする。いつ?

 そして、ざっと体中に鳥肌が立った。

 あの速度で突っ込んでくる姑獲鳥に対して、あの長刀──重量も相当あるはずだ──を一瞬で抜き放ち、相手の攻撃よりも速く首を落としたのか。そんなことが、人間にできるのか? あれはブゲイスーツのアシストうんぬんの話ではない。事実ムサシたち三人は、姑獲鳥の速度にまったくついていけなかった。

 たしか水戸キナ子は、武術をやっていると言わなかったか? 居合をやっていると。あれが、武術の力なのか。あんな動きが、鍛えればできるのか。

 レッドムサシは呆然とイエロージンスケを見つめた。

 彼女は、ゆっくりと血ぶるいすると、よどみない動作で長刀を鞘に納めた。物理的に何をどうやってあの長い刀が鞘に納まったのか、自分の目で見ていても皆目見当もつかない。

 事もなげに納刀したジンスケは、自分の頭をぺしりと叩いて言った。

「いっけない、必殺技の名前を言い忘れちゃったよ。せっかく考えてたのにぃ」









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