scene15 石燕の妖怪画そのまま

「シロウサギ幼稚園って言うのか?」乗り込んでくるなり、どうでもいいことを言いだす。「バスの横っ腹に書いてあったぞ」

 うしろで園児たちが、乗り込んできたブラックジュウベエを見て「クロ」「クロ」と叫んでいるが、ジュウベエは冷静に、パレードする大統領が観衆にするみたいに軽く手を上げて応じている。まあこいつの名前は黒田だから、クロでもあながち間違いではないが。

「くだらんこと言っているな。荒川ってのは川幅が広いが、それでも架かった橋は全長一キロもないはずだ。すぐに中央部に到達しちまうぞ」

「シロウサギ幼稚園なのに、なんでサイドのエンブレムは金色の鳩なんだ」ぶつくさ言うジュウベエをさらに一喝しようとしてムサシは「え?」と声をあげた。

 『シロウサギ幼稚園』。白いうさぎだ。

 たしかにキナ子もそう言っていた。そして横っ腹の金色の鳩マーク、それもこの目でたしかに見た。なんでウサギの幼稚園に鳩のマークがついている?

「ガラシャ!」士郎は叫んだ。「わかった。横っ腹の金色の鳩のマークだ。それが妖怪だ。妖怪がこのバスをジャックしてるんじゃない。妖怪はこのバスに憑りついているんだ。このバス自体が妖怪なんだ。横っ腹の鳩のマークを撃て。そいつが妖怪の本体だ!」

「大声出さなくても聞こえるわよ」うんざりした声で応じつつも、後方から白い外車が咆哮するようなエンジン音をあげてバスに並んでくる。が、それを嫌うようにバスもエンジン音をあげて急加速を開始した。スピードメーターの数字がぐいぐい上昇する。ムサシとジュウベエは身体を支えるために、ステアリングや手すりに掴まる。

 前方に、赤いコーンがいくつも並んでいるのが見えてきた。おそらくあの向こうに道はない。距離にして二百メートルあるかないか。

「ガラシャ!」士郎は叫ぶ。

 白い外車がフルスロットルで加速し、バスに追いすがる。左のサイドミラーごしに、後部座席でガーランドを構えるガラシャの姿がちらりと見えた。後部ドアを開け放ち、シートの上で膝撃ちの姿勢を取っているのだが、開いたドアが動いて邪魔らしい。

「もうっ」彼女は短気を起こして、白い外車のドアを蹴り飛ばす。外れたドアが千切れて落ちて、後ろに流れてゆく。太っ腹だ。さすがは社長令嬢。黒田のせこさとは大違いだ。

 ドアの分軽くなったわけでもないだろうが、さらに加速して白い外車は幼稚園バスと併走する。それを嫌った幼稚園バスはさらに加速しようとアクセルをあけたが、併走できたほんの二秒で十分だった。ガラシャ・ガーランドがマシンガン・モードで火を吹き、金色の鳩のマークにつぎつぎと銃弾が突き刺さる。銃撃をくらったバスが、悶絶するように車体を蛇行させる。士郎はあわててステアリングを抑え、車体を安定させる。赤いコーンまでの距離は百メートルを切っている。

「ブレーキだ」

 隣でジュウベエが冷静に指示を出す。

「そうか」すっかり忘れていたブレーキを踏んでみる。車体がつんのめるように減速を開始し、タイヤが悲鳴をあげる。「みんな掴まれ!」

「踏み過ぎるな。タイヤがロックすると止まらないぞ。おれが乗ってるロードバイクもそうなんだ」

 ジュウベエに言われて士郎は慌てて踏力を緩める。ペダルを踏む感覚でタイヤのスリップを抑えながら、バスをぐいぐい減速させ、やがてゆっくり幼稚園バスは停車した。赤いコーンまでぎりぎりの距離。最後はコーンがフロントガラスの下に消えていた。ほんの五メートル先で道路は切れ、その先は空に繋がっている。あそこから落ちたらどうなるかは、想像しないことにした。バスのバンパーに弾かれたコーンが転がってゆき、途切れた道路の先に落ちて消えて行った。

「ふうっ!」士郎は大きく息をついた。後ろを振り返って園児たちに声をかける。「みんな無事か? もうすぐ帰れるからちょっとだけ待っててくれ」

 そう言い残すと、すばやくバスの外に飛び出した。まだ妖怪は残っている。

 ぎりぎりで停車した幼稚園バスの後方にはあづち姫の白い外車が止まり、二台分ののたくるようなブレーキ痕がアスファルトの路面に黒々と残っている。そのさらに後方、細かい破片とともにバスの横っ腹から落下した金色の巨大なエンブレムが転がっていた。バイザーが警告を発し、自動車のタイヤほどもある金色の円盤が妖怪であることを知らせている。

 レッドムサシが腰から大刀を抜き放ち、ゆっくりと円盤に近づいてゆくと、左右からブラックジュウベエとピンクガラシャが姿を現して肩を並べる。三人が武器を構えて立ちはだかったのを待ったかのように、金色の円盤がゆっくりと起き上がった。暖められたチョコレートが解けるように、円盤の形が崩れ、泥人形のような人型が立ち上がる。色が褪せ、黒い髪が流れてその下からうつむき気味の暗い顔がのぞく。白い腕、露わだが美しさのかけらも感じられない垂れた乳房。古い血で黒ずんだ腰巻。ただしそこに細身の刀が差されている。

姑獲鳥うぶめだな」ブラックジュウベエがつまらなそうに鼻をならす。「石燕の妖怪画そのままだ」

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