scene14 もうあとがない

 会話しているうちにブラックジュウベエはすうっと加速して幼稚園バスを追い抜いてゆく。窓から見下ろしている幼稚園児たちが「クロ」「クロ」と勝手に名前をつけて手を振っている。士郎はあえて訂正しない。

 いったん前に出たジュウベエはバスの真正面を避け、センターライン上を走る。リスクを回避する戦略的なポジショニングと評するべきか、ただ単に轢かれるのが怖いだけと侮るべきか。

 が、横によけていたジュウベエのロードバイクがすっと車線の中央に寄った。なんだ?と思って士郎がゆく手を見ると、未完成の料金所があって、その手前に車止めが設置されている。有料道路の入り口だ。しかも、当たり前だが、進入禁止になっており、鉄製のバリケードが並んでいる。

 このまま、あれに突っ込んだらどうなる? もしかして止まるのか?

 一瞬そう考えるが、後ろには園児たちが乗っていることを思い出す。だが、あの料金所を越えると、その先で未完成の橋から五十メートル下の水面に落下することになる。それならばここで多少の無茶をしてもバリケードに突っ込んで無理やり止めた方がよくないか?

 士郎が煩悶するうちに、前を走る白い外車が猛然と加速して料金所に突っ込んでいく。

 突破する気か!と息をのんだ瞬間赤いブレーキランプを光らせて急減速をかけながら、反対車線に飛び出して行く。ここはもう行き止まりだから対向車は来ない。そう考えるとセンターライン上に回避していたジュウベエの腰ぬけっぷりは何なんだと思うが、そんな考えが頭をよぎっている間に後部ドアを開いて飛び出してきたピンク色の影が、くるりと地上で飛び込み前転を打つと、片膝ついて腰を落とし、長大なカービン銃を構える。膝撃ちの体勢でガラシャ・ガーランドを構えたピンクガラシャは、マシンガン・モードでトリガーを引く。

 緑色の光弾が朝日を裂いて空を走り、がっちり固定されたバリケードを引き千切るように撃ち砕いた。

 フルオート射撃をうけて砕かれた料金所バリケードの、まだ土埃がもうもうと舞う中に幼稚園バスは粛々と突っ込んでいく。土埃を抜けて視界が開けると、そこからは緩い上り坂。綺麗に舗装された中央分離帯のある片側二車線道路が、見事に晴れ渡った春の空にむけて伸びている。この橋を登り切った位置が、すなわち終着点。その場所で、ジ・エンドだ。

「ムサシ、右車線に寄れ」ジュウベエの声が耳に響く。「ドアをぶち破って、おれも中に入る。もうあとがない。そのバス、止めるぞ」

「オッケェー」士郎はステアリングを切ってバスを中央分離帯へ寄せる。左のミラーにロード車を漕ぐブラックジュウベエの姿が映り、ぐいぐいと近づいてくる。扉を開くためにあると思われる<開>と書かれたボタンを一応押してみるが、ドアは開かない。が、ジュウベエとしてはそれくらい想定内であるようで、すうっと加速してドアと並んだ瞬間、腰の刀を抜き放って、ぴっちりと閉じた前部ドアに向けて斬りつけようとする。が、その瞬間、ぷしゅうーっという圧搾空気の音をたてて、素直にドアが開いた。どうやら妖怪の奴は、不用意にバスを破壊されることを好まないようだ。

 ジュウベエはちょっと考えたが、自転車のサドルに腰をおろした状態から器用にジャンプして車内に乗り移ってきた。すかさず、回れ右して外を確認している。どうやら乗り捨てて転倒した自転車を心配しているらしい。このあたりが、本当にせこい。ちょっとだけ確認して、どうやら大丈夫と判断したらしい。ステップをあがって車内に入ってきた。

 もし自転車がダメだったら、こいつは大急ぎでバスを降りて自転車の元に駆け付けたんじゃないかと、士郎は疑ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る