scene13 待たせたな、ムサシ

「絶対に助けるって、言っちまったからな」士郎はそっとつぶやく。

 が、どうやって止める? ブレーキは効かない。ステアリングも怪しい。が、今はもうあれこれ迷っている段階ではない。できることはなんでも全部やってみる。それしかない!

 士郎は前方に目をこらした。

 現在大地を割るようにまっすぐ走る新道の左右は畑。右はキャベツ、左はビニールハウスが並んでいる。が、約五十メートル先で左側のビニールハウス群は終わりをつげ、そのあとは水田になっている。あそこなら突っ込んでも衝撃が少ないのではないか? そして、いかに妖怪が操るバスといえども、水が張られた水田にハマってそれでも走行可能だとは思えない。

 士郎はそっとステアリングを左右に揺すってみる。バスが反応し、車体を左右に揺らせた。コントロールはある程度こちらにある。妖怪は、いまは油断している。一か八か……。

 士郎はステアリングを握る指をゆるめ、妖怪の警戒を解こうと努力する。まんまと騙されてくれればいいと願いをこめてシートに深く腰掛ける。リラックスした風を装い、全身の力を抜いて手足を緩めた。ゆっくりとバスがのどかな田園風景の中を走り、左方に水田が広がった。一呼吸とぼけておいて、士郎は唐突にステアリングを左に切った。キキッとフロントタイヤが悲鳴を上げて、バスのノーズが左に向く。あっという間に幼稚園バスは路側帯を突っ切って路肩を越え、道路わきの水田に向けてダイブしかける。が、しかし、すんでのところで踏ん張り、弾き返されるようにステアリングが切り返され、一瞬否々と首を振るようにフロントを揺すると、ふたたび車道に復帰した。

「ちっ」士郎は舌打ちする。失敗だ。このバスをコントロールしている妖怪は中々反応がいい。

 が、しかしどうする。これほどの超反応でコントロールを抑えられては、ちょっとやそっとの奇襲は効かないだろう。このまま手をこまねいていれば、あっという間に未完成の橋に到着してしまう。が、かといって、なにか他にこのバスを止める方法が思いつくわけでもない。どうするか? 士郎が苦悩に身を固めたとき、あづち姫からの通話がきた。

「どうやら援軍が到着したみたいよ」

 最初、何の話か分からなかった。が、ふとサイドミラーに目をやると、黒い影が映っている。

 特徴的な黒いメット。片目を鍔の眼帯で覆った独特のフェイス。黒いブゲイスーツに身を包んだ男が、腰に二本の刀を差して自転車……、ロードバイクにまたがって追い上げてきている。

 ブラックジュウベエ! 黒田か!

 迂闊にも、ほっとしてしまった。奴の姿を見て、安堵するとは屈辱だが、この場面では助かる。ま、頼りになるかどうかは置いておいて、だ。

「待たせたな、ムサシ」ジュウベエから通話がくる。

「待ってねえよ」憎まれ口をたたきつつも、声がちょっと嬉しそうなのを自分でも感じてしまう士郎。「自転車とはいいアイディアだな。それならあっさり追いついただろう」

「これは水戸さんのアイディアだ。自転車に乗ればいいって。中華戦隊がどうとか言っていたが」

「あ、キナ子が思いついたのか。で、あいつは?」

「ツバチェンジャーを見つけたらすぐ追いかけるとさ」

「まだ探しているのかよ」

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