scene12 高さは五十メートル

「赤穂くん?」あづち姫から通話がくる。「この道路はしばらく直線で、時速三十キロの法定速度なら青信号のまま交差点で引っかかることはないわ。すこし余裕が出来たから、いま妖怪サーチをかけてみたんだけど、やっぱりそのバスに反応があるわ。車内のどこかに妖怪が潜んでいるはずよ。なんとか探せない?」

「こっちのバイザーではエラーが出るんだ。位置が特定できない」言いつつ士郎はそっとステアリングから手を離して様子をみる。バスは時速三十キロで等速直線運動をつづけており、士郎が運転しなくてもコースから外れることはないようだ。士郎は運転席を刺激しないようにそっと立ち上がると、シートにつかまりながらバスの中をゆっくり後方まで移動した。

 バイザーのサーチ機能を動かしながら、シートをひとつひとつ確認してゆく。ついでに園児たちの様子をうかがいながら、「だいじょうぶだからな」、「任せておけよ」とちょっとヒーローらしい言葉をかけてゆく。

「あづち姫、だめだ。やはりエラーが出る。妖怪の位置を特定できない。これじゃあ攻撃のしようがないぞ」

「こっちからはきちんと反応が出ているわ。……ちょっと、なにやってんの!」

「は?」

「ウィンカーが点滅しているわ。まさか右折するつもりじゃないでしょうね!」

「いや、おれは……」士郎が驚いて運転席の方を見た瞬間、幼稚園バスは急カーブを曲がるようにタイヤを軋ませ、車内の園児全員とレッドムサシの身体が左側へふっとぶように押し付けられた。何人かの園児たちが座席から転がり落ちて通路に飛び出してくる。バスが急旋回して交差点を右折したようだ。

 座席をつかんで転倒をこらえたレッドムサシは車内の前後を見回し、「みんなだいじょうぶか? 怪我しているやつがいないか、隣のやつが確認してくれ」と叫ぶと、運転席へ走る。

 運転席のステアリングは、右折を完了していまは直進状態へとゆっくりともどっていっている最中だ。

「くそっ、妖怪がコントロールしてやがるのか」士郎は運転席にとびこんで、再びステアリングをにぎる。後ろをふりかえり、もう一度「怪我をしているやつはいないか?」と確認する。なにせ乗せているのは園児たちだ。口で確認しても答えようがないかもしれない。こちらから目視でチェックしたいところだが、いまはステアリングを妖怪に渡すわけにはいかない。

「あづち姫、この道路はどこに繋がっている? 信号は?」前を睨みながらたずねる。なんだろう。えらくすっきりした道路だ。信号らしい信号が見えない。農地の間をただ真っ直ぐ走る新しい舗装路だ。この状態が続くのなら却って安心だが、せまい日本、この先が一体どこに繋がっているのか不安になるなという方が無理だ。

 だれかに話を訊いているみたいな間があって、あづち姫が答えてきた。

「まずいわ。この新道は開発中の有料バイパスで、この先の荒川を越えて埼玉中心部へ繋がる計画なんだけど……」計画という言葉ですでにいやな予感がしてきた。そして続くあづち姫の言葉は彼女にしては珍しく、焦って舌がもつれていた。「橋はまだ中央部が完成していなくて、えーと、ここから約二キロ先で終わっているわ」

「橋の中央部が完成していないのか?」士郎は一応確認する。

「そう。このまま走ると、未完成の橋から落下して河に落ちることになるわ。高さは五十メートルだから……」

「五十メートル!」おもわず叫んだ。それ以上説明は不要だ。幼稚園バスごと五十メートル下の水面に落下すれば、ブゲイスーツに身を包んだ士郎はともかく、後ろの園児たちは全員助からない。つまり、それまでにこのバスを絶対にとめなければならないということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る