scene11 ムシじゃないからな

 もう距離がない。このままだと赤信号の交差点にまた突っ込むことになる。

「すこしタイミングが早いわ。ここでちょっとだけ待ってくれれば、あの信号は青になるから、そうすればあとは青信号ばかりで赤信号に引っかかることはないわ、しばらくの間は」

「いや、そんなことできないって」もう距離がない。交差点までもうすぐだ。

「ギアはニュートラルに入らない?」

「は? ギアってどれだ?」

「もうっ!」じれたような声を出して、後部窓から外に出ていたあづち姫の頭が車内にひっこむ。「園児たちに、なにかに捕まるように言って!」

 叫ぶや否や、前を走っていた白い外車のブレーキランプが灯った。ぐおっとばかりに白い外車のリアが幼稚園バスのフロントに突っ込んでくる。

「みんな何かにつかまれぇ!」後ろに向かって叫びながら、士郎はステアリングを握りしめる。

 ごん!という衝撃がきて、バスのフロントに白い外車のリアがめり込み、急減速がかかった。士郎の身体が前のめりに投げ出され、危うくフロントガラスに頭を突っ込みそうになる。減速は一瞬だった。スピードメーターの数字が時速二十キロを表示している。白い外車に頭を押さえられて減速した幼稚園バスがゆるゆると進む。前方の信号が青になった。

「よし」

 士郎が思わず快哉をあげるのと同時に、白い外車は加速してバスから離脱し、一定の距離をとって先導してくれる。後部窓からあづちの腕が突き出てきて、親指を立てる。

「みんな怪我はないか!」後ろの園児たちに向かって叫ぶ士郎。いつのまにか泣き声はやんでいる。「くそっ、うちの姫様は無茶しやがる」

 フロントガラスごしに士郎も親指を立ててみせる。

「おじちゃん、どうなってるの?」

 運転席のすぐ近くのシートの上でうずくまるようにして肘掛けに掴まっている男の子が、いまにも泣き出しそうな声でたずねてきた。

「おじちゃんじゃねえ」一応否定しておいたあと、士郎は出来る限りの大声で叫んだ。「みんな聞いてくれ! このバスはいま、妖怪に乗っ取られている。だけど、安心しろ! おれは剣豪戦隊ブゲイシャーのレッド、レッドムサシだ! きみたち全員、おれが絶対に助ける!」

 とくに返事はこなかった。

 が、だれかが小さい手で力ない拍手を返してくれた。それを合図に園児たちが拍手を合わせる。バスのほぼ全員が拍手しだし、だれかが叫んだ。

「がんばれ、レッドムシシ」

「がんばれ」

「レッドムシ、がんばってぇ」

「ムシぃ」

 あちこちから声援が飛んでくる。

「おう、任しとけ!」士郎はうしろを振り返り、拳を振り上げてみせた。「でも、ムシじゃないからな」

 こうなったら、四の五の言ってられねえ。このバスは、このおれ、レッドムサシが絶対に止めてみせる。

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