scene10 次の信号が赤

 つぎつぎと車がきている。が、まったく間隔が詰まっているというわけでもない。右からくる車の列にわずかな間隙がある。あの間隙が交差点に入る瞬間、逆方向からは対向車は来ていない。一か八か、すり抜けるなら、あそこだ!

 士郎はアクセルを踏み込んだ。ブレーキがダメなら、アクセル。そのまま対向車線に飛び出し、交差点に向かう。左からは車がきていない。右からくる流れのわずかな間隙に向けて最大加速で飛び込もうとする。が、バスの加速は緩やかだ。やばい。間に合わない。

 と思ったその時、天の助けか、間隙の途切れるところ、車列の先頭を走る赤いエコカーが減速をした。しめた! 車間にあいた間隙が伸びる。あれなら、間に合う……、が。

 え? 減速したエコカーが左のウインカーを点滅させている。こっちに曲がってくる? いま士郎がいる対向車線に向けて、赤いエコカーがフロントを向けてきた。

 士郎は反射的にクラクションを鳴らした。

 吠えるような警告音が鳴り響き、赤いエコカーが急ブレーキをかけてタイヤから悲鳴をあげる。士郎は反射的にアクセルから足を離し、勢い良くステアリングを回してバスを左に回避させる。車体が激しく振られ、後ろで園児たちが悲鳴をあげる。

 衝突するか? 全身から汗が吹き出し、思わず肩に力が入る。が、クラクションを響かせたまま幼稚園バスは赤いエコカーを奇跡のようにかわして交差点に進入し、とぎれた車の流れの空隙をついて赤信号を直進した。そのまま交差点を抜けて他車のいない直線道路にとびこむ。時速がゆっくりと三十キロへとさがってゆく。

「ふぅううっ」

 士郎は大きく息を吐いた。

「みんな怪我はないか」

 後ろを振り返って一応声をかけるが、返事をまたずに顔を前へもどす。

 今のは危なかった。本当に、危なかった。こんなの何回もやれと言われても無理だ。が、しかしブレーキの効かないバスはいまも園児たちを乗せて走り続けているし、つぎの交差点も迫ってきている。信号は赤だ。

「勘弁してくれよ」

 マジで泣きたい。

 その時、うしろからプォーンというクラクションが響き、一台の白い外車が士郎の運転するバスを強引に追い抜いて行った。

 あぶねえと叫びかけてよく見ると、白い外車はバスの前で速度を合わせ、後部窓をあけて中から髪の長い女が顔を出した。桃山あづち。あづち姫だ。

 印籠フォンに着信がくる。ブゲイスーツを着装しているので、そのままメットからハンズフリーで通話に出た。

「あづち姫か、助かった」

「まだ助けてないわよ」冷たい言い方だが、ここは地獄で女神に出会えた心境だ。「ブレーキは効かないの?」

「踏んでも動かない。無理に踏むと折れそうなんだ」

「もうちょっとだけ減速できない?」

「できない。このスピードで安定している」

「この通りは、このままかなりの距離まっすぐで交通量もすくないの。法定速度の三十キロで走れば信号にひっかからないわ」

「次の信号が赤だ! とにかくなんとかしろよ」

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