scene6 ドンドコドン

 白いワイシャツ姿の運転手さんも、後部を確認してバックミラーを覗きこみ、いま乗った園児が着席するのを待っているだけ。とくに様子がおかしいところはない。

 あれ? これは間違えたか? 士郎はハアハアと荒い息の下でバスの車体全体を見回す。このバスには本当に妖怪が乗っているのか? 車体の上に潜んでいたり、あるいはボディーの下に張り付いていたりするのか? 少なくとも、キナ子のいうように、幼稚園バスが妖怪にバスジャックされているというベタな展開は無いようだが。

 園児の着席を確認したバスの運転手さんがシートベルトを外して立ち上がった。

 まっすぐ士郎の方を見ながらゆっくりとバスを降りてくる。歳のころは五十代後半から六十代前半といったところだろうか。顔の皺と頭の白髪の割合から判断した年齢だが、背が高く、体格もがっしりしている。

 やべえ、怒られるか?と士郎は自転車に跨ったまま、身体を硬くした。こちらも妖怪サーチャーの情報を信じてこのバスを追跡したのだが、妖怪の姿がなければ不審に思われても仕方のない、しかもちょっと危険な行動だった。すこし教頭先生に感じが近いこの運転手さんに説教されるまえに、ここから早々に姿を消した方がいいようだ。士郎はペダルに足をかけて自転車をスタートさせようとした。

「え? どうしました?」

 という声に振り返ると、歩道の上に運転手さんがばったり倒れている。いまバスに乗った園児のお母さんが、驚いた顔で地面に横たわる運転手さんをのぞきこみ、手を出しかけた姿勢で固まっていた。ちょうどキナ子が追いついてきて、「どうしたんですか?」と士郎に聞いてくるが、こっちに聞かれても困る。

 とにかく様子をみにいこうと士郎たちが自転車を降りた時、シューっという圧搾空気の音を立てて幼稚園バスがブレーキを外し、ゆっくりとスタートした。

「あれ、運転手さんをおいてっちゃうんですかね」とキナ子が呑気な声を立てる。が、士郎の反応は素早かった。

 弾かれたように走り出し、ゆっくりと加速するバスの、開いたままの前部ドアに向かって手を伸ばした。

「妖怪だ!」それだけ言うのが精いっぱいだった。バスが加速し、伸ばした指の先からドアが離れてゆく。自転車で追いつかないものに、走って追いつけるわけがない。士郎はマシンのように正確かつ素早い動きで、制服のポケットからツバチェンジャーを取り出していた。スイッチに指をのせ、走りながら叫ぶ。

「剣豪チェンジ!」

 士郎の身体を赤い炎が一瞬包み、わずか三マイクロ秒のあいだに亜空間から転送されたブゲイスーツが彼の身体に装着される。両腕に籠手アーマー、両脚に脛当アーマー、腰の強化角帯に大小二本のブゲイソードが転送されてくる。面頬オン、そして、

「バイザーロック!」

 二歩走るあいだに着装完了した士郎は、三歩目でジャンプしてバスの閉まりかけた前部ドアの間に身体を割り込ませた。素早く体勢を立て直し、閉じようとするドアを力任せに開いてバス後方を振り返る。

 必死に走ってついて来ようとしているキナ子の姿が見えた。

「早く、チェンジしろ!」

 士郎が叫ぶが、キナ子は走りながらあちこちのポケットを探るばかりで、一向にツバチェンジャーを取り出そうとしない。

「無いっ、無いっ!」という悲鳴が、強化された士郎の聴力で聞き取れる。「ツバチェンジャーがない」

 アホかお前は!という言葉を飲み込んで手を伸ばす士郎の目の前で、どたどたと走る水戸キナ子の姿がだんだん小さくなる。彼女はやがて、ばったりとその場に倒れ込み、去ってゆくバスに向かって手を伸ばして叫んだ。

「嘘だー、ドンドコドーン!」

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