scene3 追跡し、捕捉せよ

 

 翌朝のこと。

 赤穂士郎が登校しようと、マンションの駐輪場から自分のママチャリを引っ張り出しているところへ、田島先生からの緊急連絡がきた。

「赤穂、朝っぱらからすまないが、妖怪だ」

「えっ、妖怪って、朝も出現するんすか?」印籠フォンを耳にあてた士郎はびっくりして大声をあげてしまい、あわてて周囲を見回す。幸運にもちかくに人はいなかったので、すばやく口元を手でおおって通話を続ける。「そういや、前回の塗壁も朝から活動してましたね。で、どこです? 近くですか?」

「街中を低速で移動している。時速三十キロくらいだ。位置情報を送信するから、追跡し、捕捉せよ」

「りょーかい。あ、でも先生、これ、長引いたら授業に間に合わないですけど、こういうのって公休になるんですよね」

「なるわけない。よって、授業に間に合うように、成敗せよ」

「まじすか?」

 と同時に通話が切れて、位置情報がきた。マップが開いて、赤いフラグで妖怪の現在位置が表示される。

 近い。東上線高架のこっち側だ。チャリを飛ばせば、真正面から迎撃できるかもしれない。

 士郎はママチャリに跨ると、印籠フォンを前かごに放り投げて、ペダルを踏み込んだ。

 ギアを軽くして長い坂道を力任せに駆け上がる。右折して直進。ゆるやかな下りに入る。印籠フォンの画面をのぞいて、二つ先の角を曲がれば正面から遭遇できることを確認する。下りの加速で勢いをつけ、二つ目の角を、車体を倒して一気に曲がる。ぎしぎしとフレームが嫌な音をたて、タイヤがきりきりと悲鳴をあげる。限界ぎりぎりの速度でコーナーに飛び込むと、通りを直進してきた別の自転車と接触しそうになる。あっと思って無理に内側へママチャリを切れ込ませる。相手の自転車も素早い反応でアウト側へ回避して接触は免れた。お互いに「すみません」と声をかけあって、互いの顔を確認する。

「あ、キナ子」

「赤穂さん」

「但馬守から連絡が行ったか?」

「はい」首からストラップで吊り下げた黄色の印籠フォンを指さす。ついでに胸ポケットからツバチェンジャーも出してみせた。すごく小さい鍔なので、士郎は一瞬目を見張った。

 士郎と黒田のツバチェンジャーは、拳が隠れる大きさがある。しかし、キナ子が一瞬見せたツバチェンジャーは、直径にしてその半分くらい。形状も丸や四角ではなく、小判型だった。

 ツバチェンジャーは、ブゲイジャーの変身アイテムであるが、同時にメインウェポンの一部でもある。つまりキナ子のブゲイソードの鍔はすっごく小さいということだ。つまり刀も小さい小太刀なのかもしれない。

「妖怪はこの真正面にいる。注意していけよ」

 士郎とキナ子は歩道を並走しながら次の角まで進んだが、妖怪の姿は見えなかった。

 二人はどちらからともなく自転車を止め、周囲を見回す。

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