scene10 要請

「古武道研究会。二年くらい活動休止しているみたいね。メンバーは十五人集めたわ。全員他の部活動に所属している生徒。顧問は田島先生。活動場所に関しては、以前と同じB棟三階の一番端の会議室を教頭先生に使用申請して一年間の使用許可をすでにとりつけてあります。研究会は、他の部活動に参加しているメンバー十五人以上に、顧問の教師一人集めれば、生徒総会の承認なしで活動再開が認められるはずよね。ここにいま部活未所属の赤穂くんを入れて十六名、あと一人黒田くんも入ってくれるはずだから。申請はこれでいいかしら?」

「ちょっ、……十五人って、……これバスケ部とバレー部の男子ばかりじゃない。幽霊部員じゃないでしょうね!」

 井出萌香が反撃を試みるが、あづち姫の防御は堅い。

「幽霊部員ではダメだ、とは、生徒会則には書かれていなかったけど?」

「だから、実際には活動しないくせに、部に名前だけ貸しているのなら、そんなメンバーは認められないわ」

「だったら、どうぞ。十五人全員に聞いて回ったらいかがかしら。『名前を貸しているだけか?』って」

 あづち姫は自信たっぷりな顔でにっこり笑った。

 バスケ部とバレー部は、どちらもあづち姫にはもの凄く世話になっている。女子の大事な公式試合や対外試合で彼女がなんども助っ人として試合に参加し、かなりの戦力として活躍してくれているからだ。それでなくとも、井出萌香と桃山あづちでは、男子がどちらの味方につくかは、推して知るべし、である。

「さっそく今日から活動再開させてもらいますから、よろしく」

「予算は出ないわよ」

「別にいらないわ」あづち姫は軽く吹き出す。「古武道って、お金かからないから」

 そこで井出萌香がにやりと笑った。士郎は嫌な予感がする。

「いいでしょう。古武道研究会の活動再開を認めます。なんの問題もないようだから。ところで、当校の研究会が週替わりで受けているボランティア活動の依頼が赤塚信用金庫さんからきているんだけれど、これ、今回はおたくの研究会に受けていただこうかしら。明日の土曜日、午後一時から、防犯訓練のお手伝い。銀行強盗の犯人役、お願いするわね。なぁに、簡単な仕事よ。覆面してモデルガン持って、カバンを受け取ったらあとは全速力で走るだけだから。よろしいかしら」

「あら、素敵じゃない。さっそくあたしたちの古武道が世間の役に立つようね。お受けするわ。じゃ、そういうことで」

 あづち姫は笑顔で丁寧に辞儀すると、「行きましょ、赤穂くん」と士郎をうながして生徒会室を後にした。

 士郎はドアをしめながら、背後から「きー」と妖怪みたいな軋り声が聞こえてきたのでおもわず吹き出しそうになり、あわてて口を押えた。

「やるなあ、あづち姫」

 士郎が笑いをかみ殺して、あづち姫の肩をぽんと叩くと、彼女は立ち止まり、腕組みして振り返った。

「同好会申請なんて、時間がかかって仕方ないから、休止している研究会の活動再開申請に切り替えたわ。だいたいあんたなんかに任せておいたら、何年かかるか分かったもんじゃないわよ。じゃ、さっき井出ちゃんが言っていた明日の信用金庫の防犯訓練、ちゃんと行ってきてよ。たのむわね」

 くるりと背中を向けて歩き去ろうとしたあづち姫は、ふと何かを思い出して立ち止まり、ふたたび振り返った。

「あ、そうだ。そのときにお願いがあるんだけど、お金はあたしが払うから、もらってきてもらいたいものがあるのよ」

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